後ろに誰かがいる気がする

沢麻

文字の大きさ
上 下
12 / 22
阿久津武志

しおりを挟む
 「何見てんすか?」
 いきなり中学生くらいの男子に話しかけられた。武志は我に返った。見てない。お前なんて今初めて見たぞ。心の中で応えるが、その前に自分に「何してるんだ」という疑問が沸いた。まずい。武志はそのまま逃げるようにその場から離れた。
 例の女性のあとをつけていたのだった。あの角のアパートに住んでいるということは、数回の尾行で明らかになっていた。しかも尾行しているときはなぜか自覚がなく、あとで我に返って自己嫌悪に陥るという日々を過ごしていた。
 悪い癖が出てしまった。もう女性とリアルで関わってはいけない身分であるのに、自分は何をやっているのか。 
 そのままコンビニに寄り、弁当と煙草を買うと、公園で腰をおろして少し気持ちを落ち着けた。もう夜になっていて、誰もいない。
 さっきの中学生はイケメンで、リア充の空気を醸し出していた。羨ましい。武志にもそういう時期はあったはずなのに、なぜこうなってしまったのか。
 あの女性と話したい。これは完全に恋だった。武志がどんなに女性を遠ざけようとしても、むこうが挨拶してくるものだからどうしようもないではないか。
 「痴漢です! あの人!」
 脳裏に亜弥さんの声が浮かんだ。武志がかつて恋していた女性の、記憶にある最後の言葉だった。違う、誤解だ、やってない。そう言ったって何も聞いてもらえなかった。亜弥さんを好きだったのは本当だが、それすら犯罪となってしまった。逮捕されて、友達も仕事も何もかも失った。もう女性に関わってはいけない。遠くに引っ越した。精神疾患と診断され、精神科にかかるようになった。他人が怖くなり、話せなくなった。誰も信用できない。
 待てよ。さっきの中学生は何か言っていた。俺の彼女とかなんとか……。ということは、ひょっとしたら武志の事をまた誤解して犯罪者と決めつけているのではないだろうか。
 やはり人間は信用できない。そして自分には、他人を好きになることはやはり許されないのだ。
 
 最近隣の部屋に同世代とおぼしきカップルが越してきた。 はっきりではないが、壁が薄く、隣の部屋の様子が嫌でも伝わってくる。今は仲良く話しているなと思ったら喧嘩が始まったり、どちらかが誰かと電話していたり、セックスを始めたりする。苦痛だった。耐えられなくなり一度壁を殴って合図したことがあるが、残念ながら伝わらなかった。唯一の居場所だった部屋がこんな調子では、武志はどこでリラックスすればいいのかわからない。とりあえず家に居るときはイヤホンで耳を塞いでいるが、最近は公園で食事やスマホをするようにしていた。一般的な市民が夕飯を食べるあたりから公園は人がいなくなる。しかも武志は近隣にある二つの公園のうち、薄暗くて人気のない方を選んでいるので余計誰も来なかった。                
しおりを挟む

処理中です...