後ろに誰かがいる気がする

沢麻

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真由美

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 いつものように惣菜中心の夕飯を食べ終えると、優花は自分の部屋に籠ってしまう。早くシャワーに入りなさい、と数回促してようやく彼女が腰を上げたのは十一時近かった。受験勉強などをしているとは思えないが、部屋の中に乗り込んでどうこうする気力は真由美には無かった。
 急に肌寒さを感じた。精神科にかかるようになってから、夏であっても冷えることがある。ルームウエアのカーディガンを取りに、脱衣場に入った。浴室から水の音に混ざって優花の歌声が聞こえる。優花が怒るから、すぐに出なければならない。しかしカーディガンを手に取ると、そこに控えていた優花のスマホが目に留まった。見てはいけない。自分が子供の頃、母親に日記を読まれないようにといつも隠していたことを思い出す。家族と言えど、プライバシーがあるから……。
 《俺もユウカちゃんのこと好きだよ。いけないのはわかってるけど、好きなんだ。早く日曜日になればいいね》
 ……。
 出来心で触れたスマホに現れた文字を見て真由美は絶句した。ストーカーより何より、自分の娘が怖いと思ったその時、風呂場の扉が開いた。
 「ちょっとなにしてんの!?」
 優花の怒声が響く。真由美はごめん、と言い残しすぐにその場から逃げるように去った。入らないでっていつも言ってるよね! と怒鳴り声が響く。再び戸の閉まる音。まだシャワーを浴びている。手の先がものすごく冷たい。震える。カーディガンを着ても、寒い。真由美は慌てて頓服薬を探し、噛み砕いて飲んだ。
 夫が亡くなったのは癌のせいで、真由美や彼に落ち度があってあのような結果になったのではない。だから優花がそのせいで歪むのは理不尽な気がして、しかしあの子は、型通り歪んでいる。
 もう寝ないと明日の仕事に差し支える。今頓服を飲んだが、気持ちが乱れて睡眠薬もいつもの倍飲まないと寝れない気がした。優花はシャワーから上がったら、またさっきのラインを続けるのだろうか。ラインだけの関係ならまだいい。そうであってくれ、と強く思い、真由美は倍量の睡眠薬を流し込んだ。
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