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野地とプラスアルファについて
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「あんた、なんなの。ぼさっとしてさぁ。やることたくさんあるのに、何をのんきに座ってだらだらとやってんの。仕事が嫌いなわけ?」
パートの嶋津がまた野地に文句を言い始めた。野地はどんな反応しているかここからはわからない。何しろ野地は声が小さくて、更に喋る速度が非常にスロウで、普段から聞き取りが難しいのである。加えて表情は柔らかいが薄笑いのまま固定しており、何があろうとも感情の読み取りは困難なのだ。どうやら担当業務である印刷物のレイアウトを何故か今作っていたようだが、確かにそれは今やるべきことではなく、それよりも続々とやってくる顧客の注文をとり、弁当を作り、販売していかなければならない。こういった仕事はどうしても女が、しかも家事を担ってきた経験のある嶋津のような年代の女に向いているといえる。嶋津からすると、社員のくせにハキハキしていない野地は目障りに違いなかった。
この弁当チェーン「プラスアルファ」はちょっとおしゃれで美味しくて尚且つ入念に栄養バランスを考えた弁当をわりと安価で販売している。一応の仕込みはあるが、基本的に注文を受けてから素早く仕上げる「スピードできたて」も売りだ。若い女性や、もうすでに栄養を気にしても手遅れではないかというメタボの中年や、油っこいものがもう年齢的に不可能になった高齢者にも人気で、ここはその支店の三店舗目である。配達もあるし、栄養相談も受け付けている。契約すると指定した曜日にその顧客に合ったカロリーや栄養素の弁当を日替わりで用意するという個別サービスも行っている。野地はもともと本社で個別サービスのメニューを考案する栄養士だったが、今出向という形でこちらにいる。理由はどうやら、本社にいても使えないから、ということらしい。何しろ仕事が遅くて、デスクワークなんて自分のペースでしかできない業務だと普通の人間の三倍くらい時間がかかって効率が悪いとのことだった。
というわけで好きに使ってくれと言われて引き受けた人材ではあるが、普通の業務をやらせると周囲の反発が酷い。
「もういい加減に店長からも言ってくださいよ。あの人と一緒に働くだけでイライラする」
「うーん」
川島は頭を悩ませた。野地はやはり、この出向に納得していないと思う。コミュニケーションも不得手と聞く。だからだらだらと掲示物を作ったり、調理器具の調整をしたりしているのだ。川島も今でこそ店長として顧客対応をしているが、かつては人間が苦手で辛い思いをしてきた。だからこそ野地の気持ちもわかる。気弱なために表立った反発も出来ず、ストライキに走っているに違いなかった。使う立場ではあるが、川島と同じく二児の父親である野地をどうしても他人とは思えず、厳しく出られない自分がいるのだった。
野地がのそっと動き出して、ようやく伝票が何枚か並んでいるヘルシーカツの所へ行き、仕方なさそうに揚げ始めた。遅い。よりによってなぜカツへ行ったのか。同じ感想を持ったらしき嶋津が舌打ちしながら、他のサラダや十五穀米や減塩漬物の箇所を小走りで往復している。うーん、よくない展開。しかしせっかくカツのところへ行った野地を責めるわけにも行かず、川島はとりあえずレジ対応を頑張るしかなかった。
パートの嶋津がまた野地に文句を言い始めた。野地はどんな反応しているかここからはわからない。何しろ野地は声が小さくて、更に喋る速度が非常にスロウで、普段から聞き取りが難しいのである。加えて表情は柔らかいが薄笑いのまま固定しており、何があろうとも感情の読み取りは困難なのだ。どうやら担当業務である印刷物のレイアウトを何故か今作っていたようだが、確かにそれは今やるべきことではなく、それよりも続々とやってくる顧客の注文をとり、弁当を作り、販売していかなければならない。こういった仕事はどうしても女が、しかも家事を担ってきた経験のある嶋津のような年代の女に向いているといえる。嶋津からすると、社員のくせにハキハキしていない野地は目障りに違いなかった。
この弁当チェーン「プラスアルファ」はちょっとおしゃれで美味しくて尚且つ入念に栄養バランスを考えた弁当をわりと安価で販売している。一応の仕込みはあるが、基本的に注文を受けてから素早く仕上げる「スピードできたて」も売りだ。若い女性や、もうすでに栄養を気にしても手遅れではないかというメタボの中年や、油っこいものがもう年齢的に不可能になった高齢者にも人気で、ここはその支店の三店舗目である。配達もあるし、栄養相談も受け付けている。契約すると指定した曜日にその顧客に合ったカロリーや栄養素の弁当を日替わりで用意するという個別サービスも行っている。野地はもともと本社で個別サービスのメニューを考案する栄養士だったが、今出向という形でこちらにいる。理由はどうやら、本社にいても使えないから、ということらしい。何しろ仕事が遅くて、デスクワークなんて自分のペースでしかできない業務だと普通の人間の三倍くらい時間がかかって効率が悪いとのことだった。
というわけで好きに使ってくれと言われて引き受けた人材ではあるが、普通の業務をやらせると周囲の反発が酷い。
「もういい加減に店長からも言ってくださいよ。あの人と一緒に働くだけでイライラする」
「うーん」
川島は頭を悩ませた。野地はやはり、この出向に納得していないと思う。コミュニケーションも不得手と聞く。だからだらだらと掲示物を作ったり、調理器具の調整をしたりしているのだ。川島も今でこそ店長として顧客対応をしているが、かつては人間が苦手で辛い思いをしてきた。だからこそ野地の気持ちもわかる。気弱なために表立った反発も出来ず、ストライキに走っているに違いなかった。使う立場ではあるが、川島と同じく二児の父親である野地をどうしても他人とは思えず、厳しく出られない自分がいるのだった。
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