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南の大陸編
15話 バンジールの民
しおりを挟むその日、僕は一人で大型のイモリ、トケッタに跨り少し遠くで狩りをしていた。日が傾き始めどこまでも広がる湿原の緑が徐々に茜色と混ざり合っていく。
今は珍しく雨が止んでいる。久し振りに見る夕日を僕は暫く眺めていた。
「そろそろ帰ろうパンバル」
僕の相棒、トケッタのパンバルは卵の時からずっと一緒だ。トケッタは水中に卵を産むから卵の時ってのは言い過ぎたけど、孵化した瞬間から僕が育てた。だからパンバルは家族も同然だ。
「今日もたくさん捕れましたね。ラウタン」
僕の後ろでパンバルに跨る守護精霊、ジャイランの声がした。
今から約一年位前、その日は僕の十歳の誕生日だった。目が覚めるとベットの横に見知らぬ女性が立っていた。きらきらとした白金の長い髪に、夏に咲く露草のような青い瞳。きっと天使が舞い降りてきたんだと思った。
「私は精霊ジャイラン。今日からあなたの守護精霊となります。以後お見知り置きを」
優しい物腰でそう話した天使様。聞けば彼女――精霊に性別はないみたいだけど――は水魔法を操る精霊で、『精霊の護り』として今日から僕に宿るのだと言う。
彼女の姿は僕にしか見えない。もちろん声も。暫くみんなには内緒にしてたけど、流石に両親には隠し通せなかった。それから僕に精霊の護りが宿っている事は、両親含め族長と他数人のみが知る事となった。
ランジールの民は全員が水魔法を使える。だけどジャイランが宿ってから、僕の水魔法はどんどん強くなった。村が魔物に襲われそうな時も、戦士達よりも先に見つけて倒していた。
ある日、僕は大老様にこう言われた。
「ラウタン。お主の力はいずれ強大なものとなるであろう。それこそ邪神様を倒す程に」
「そんな! 邪神様はバンジールの民をお救いくださるのではないのですか!?」
「古くからの言い伝えではそうなっておるのぉ。だが外の世界の者達はこう言っておる。邪神が魔物や魔人を生み災厄を起こす。そしていずれ人の世を滅ぼすと」
「大老様はそれを信じてるのですか?」
「うむ。儂は奴らの世迷言ではないと思っておるぞ」
「けどっ! 王国の奴等は僕たちをこんな辺境の地に追いやって――」
「確かに争った事もあった。だが儂らは同じ人間じゃ。いつか手を取り合い生きていく。そんな未来があってもいいんじゃないかの。元族長がそんな事を言っては怒られるかのぉ」
そう言って大老様は声を上げて笑った。そして再び真剣な眼差しで語った。
「もし邪神様と戦う事となっても民の掟に決して惑わされるな。どちらが善か、どちらが悪かはお主の心に訊くんじゃ。迷えば人は弱くなる。悪とは常に弱き所を狙っておるぞ」
僕は黙って話を聞いていた。すると大老様は隣にいるジャイランをちらりと見た。
「儂から言える事はこんなとこかの。ラウタンの事は頼みましたぞ精霊様」
「大老様は精霊が見えるのですか!?」
「はっきりとは見えんがの。さぞお綺麗な方だとはわかるぞい」
大老様が再び大笑いをするとジャイランもにこりと微笑み口を開いた。
「大老様のお言葉、私もしかと胸に刻みました」
「おお! 精霊様の声が聞けるとは! 長生きはするもんじゃの」
子供のようにはしゃぐ大老様の姿を見て僕も思わず嬉しくり一緒に笑った。
「どうしましたラウタン? 急に笑い出して?」
パンバルの背中で揺られながら、僕はあの時の事を思い出して笑っていたようだ。
「ちょっと大老様の事を思い出して。今日は大老様が好きな魚も捕れたし、帰ったら一番に持って行ってあげよう」
村の入り口へと近づいていると、なにやら少し騒がしい声が聞こえてきた。ジャイランが僅かに身を乗り出し、止まってくれという仕草をした。
「なにやら妙な気配がします。ひとまず身を隠しましょう」
僕はその言葉に頷くと小声で魔法を唱えた。
「朧月」
僕とバンパルの姿は濃霧に包まれ暗闇へと消えていく。音を立てないよう、ゆっくりと移動しながら入り口を通り抜けた。すると族長の屋敷の前で大老様がなにやら叫んでいた。
「ダメじゃ! ラウタンをそなた達に渡す訳にはいかん!」
「煩いじじいだ。引き渡さなければ阿片の取引も止めるぞ?」
大老様にそう答えた男は確か……東ロンガの領主テガンガだ。彼の言葉を聞いて族長が慌てふためいた。しかし大老様はテガンガに尚も言い寄った。
「ふんっ! そんなものこの馬鹿息子が勝手にやってる事じゃ。そんなくだらん事のためにラウタンを渡す訳なかろう」
するとテガンガの横にいた、杖を持った見知らぬ老人が前へ進み出た。
白い髭を撫でながら嘲笑うかのように冷笑しこう言った。
「バンジールの民ともあろう者がクリシャンダラ様に逆らう気か? よもや民の掟を忘れてしもうたか?」
「民の子供一人も守れぬのなら、そんな掟など糞喰らえじゃ!」
大老様が言い返す。するとその老人は更に不敵な笑みを浮かべた。
「仕方ないのぉ。ならば勝手に探すまで。雷黒」
老人が杖を振ると黒い稲妻が放たれ一瞬で大老様を貫いた。真後ろへと吹き飛ばされた大老様の胸には大きな穴が開いていた。
あっという間の出来事に、周りにいた村の戦士達は暫く唖然としていた。
「大老様っ!!」
「待って! ラウタン!」
大老様に駆け寄ろうとバンパルから飛び降りた僕をジャイランが引き留めた。
「あれは魔神ドゥルバザ。これはきっとあなたを誘き出す罠です。耐えてください」
「でも! 大老様が!」
「あなたを守ろうとした彼の意志を無駄にしてはいけません! 今のあなたではすぐに殺されてしまう」
いつも彼女は感情を表に出さない。でも、僕を掴んだジャイランの手は怒りで震えていた。
その時、屋敷の前で爆音が響いた。大老様の周りにいた数十人の戦士が一斉に魔法で攻撃を始めた。
「よくも大老様をっ!!」
彼らは村では最強の戦士達だ。次々に水魔法で攻撃し魔神ドゥルバザを追い込んでいく。
しかし突然、どこからともなく真っ白い肌の大男が現れた。戦士達は標的を変えその大男目掛け魔法を放つ。だが何度魔法を撃ち込まれても大男はびくともしなかった。
やがてその大男は手にしていた弓をゆっくりと構えると天に向かって弦を引いた。それを見たジャイランが驚きの表情で叫んだ。
「あれは神弓ガンディバ! まさかあれは魔神アジュナ!!」
魔神アジュナが引き絞った弦から指を離すと、雷鳴と共に無数の稲妻の矢が天から降り注ぎ、一瞬で全ての戦士の体を射抜いた。どさっどさっと次々にその場に倒れた戦士達は誰一人、ピクリとも動かない。唯一生き残った族長がしゃがみ込んでぶるぶると震えていた。
「ここを離れます。急いでラウタン」
ジャイランに腕を引かれ再びパンバルに跨る。宵の闇へ紛れて逃げようとしたその時、僕の耳元で誰かが囁いた。
「こんなとこに隠れておったか。おまえがラウタンじゃな」
そこには口元を歪め、ニヤリと笑う魔神ドゥルバザの顔があった。
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