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東の大陸編
53話 砂海の獣王
しおりを挟むボラタナが姿を現し驚いたのはヒジャウただ一人だった。尤もボラタナが見えているのはリリアイラとクプクプを除くと彼しか残っていないのだが。
大きく背伸びをしボラタナは立ち上がった。
「ふぁ~あ。それにしても随分と賑やかだね。今から邪神討伐にでも行くの? リリィ」
「けっ! そんなわけあるかよ。おまえはずっと寝てたんだろう? その男は戦えるのか?」
そう言ってリリアイラはヒジャウを指差した。ボラタナは未だに狼狽えている彼をしばらく見つめ破顔した。
「大丈夫。彼は強いよ。それこそリリィの宿主に負けないくらい」
「ほう、言うじゃねえか。それよりいい加減説明くらいしてやったらどうだ? ずっと固まったままだぞ」
促されてようやくボラタナはヒジャウの元へと歩み寄った。そして彼の周りをくるりと一周すると何度か頷いていた。
「いやぁ立派に成長したね。すっかり背丈が追い越されちゃったなぁ」
ボラタナが笑いかけるとヒジャウも釣られてくすっと笑った。
「君はあの頃とちっとも変ってないね。てっきり子供の精霊だと思ってたけど違ってたみたいだね」
「これは仮初の姿だからね。君が怖がるといけないと思ってこの姿を選んでたんだけどすっかり気に入っちゃったよ」
笑顔で語り合う二人はまるで親子か兄妹のようにも見えた。同じ緑色の瞳を交わしながら彼らはその再会を喜んでいた。
無事にボラタナの封印が解けたことで、改めて今後の方針が話し合われた。そしてまずは砂海を攻略し四人でダンジョン内に探索する事が決まった。
一日の休息日を挟みドゥーカ達は砂海へと出発した。アピはもうラクダはこりごりだと言って今日は飛んで移動している。ディンディングの先導により禿山をしばらく登ると頂上付近で一行は歩みを止めた。
「あれが砂海でございます」
ディンディングが指し示す方を見ると、そこにはまるで海のように波打つ砂漠が眼下に広がっていた。渦潮のような蟻地獄が所々に点在し、時折砂海ミミズが宛ら鯨の如くその巨体を現し、潮を吹くように砂をブシューっと吐き出している。
山の頂上より先はすでに切り立った崖で、そこに砂塵の荒波が幾度となく打ちつけている。おそらくその波によって浸食されたのだろう。砂海を取り囲むように連なる山々はどれも同じように削られていた。
「まさしく海だな。これは泳げたりするのだろうか?」
ドゥーカがそう呟くとヒジャウがそれに答えた。
「一度試してみましたが泳ぐのは砂が重くて体が沈んでいきます。船も帆を立てれば進みますが漕ぐ事は叶いません。停まってしまうと沈みます」
「パンバルと一緒に下に降りてみていいですか?」
不意にラウタンがそう申し出た。湿地帯を滑るように走るパンバルであれば砂海でも移動が出来そうだとドゥーカも思った。
「よし、じゃあおれも一度降りてみよう。アピも行くか?」
「靴の中が砂だらけになりそうだから私は行かなーい」
手をひらひらさせながらアピはいつの間にかラクダの背中に乗っていた。どうやら走って揺れたりしなければ座り心地は良いようだ。
まずはドゥーカが宙に浮きながらゆっくりと砂海へと降り立った。地に足がついた瞬間、ドゥーカの体は腰まで一気に砂の中へと沈む。
「うおっ! これは本当に海のようだな! まるで砂に引きずり込まれていくようだ」
ドゥーカが魔法で砂から脱出すると同時に崖の上からパンバルに乗ったラウタンが飛び降りてきた。地面に着地する瞬間、ラウタンが水魔法を真下に放ち落下速度を緩める。砂地は一瞬水浸しになるがすぐに押し寄せる波によって乾いた砂へと変わった。
一方、ふわりと降り立ったパンバルは顎から尻尾の先までをべったりと地に着けながら、まるで砂の上を滑るように動き回っていた。重心をうまく分散させる事により、まるで水面に浮かび泳いでいるかのようだった。
「おお素晴らしい! トケッタは実に見事な生き物ですね!」
嬉々とした表情で感嘆の声を上げたのはヒジャウだった。彼がパチパチと手を叩くとその横でディンディングも同じように拍手を送っていた。賞賛を受け満更でもないのか、パンバルは優雅に砂の波を乗りこなしていた。ラウタンも手を振りながら楽しそうに笑っている。
だがその時だった、ほんの僅かな地鳴りをボラタナが察知した。横にいたヒジャウの肩をちょんちょんと突くとにこやかに微笑んだ。
「ミミズ達が騒ぎだしてるよ~食事の時間なのかも」
ラウタンに危険を知らせようとヒジャウが口を開きかけたその刹那、迫り上がる砂の中から口を目一杯に広げた砂海ミミズがラウタン達に襲い掛かった。ヒジャウはすぐさま右手をかざし魔法を放つ。
「巨象の大掴み!」
飛び掛かる砂海ミミズの真横から、巨大な鞭のように砂の塊が絡みついた。そしてそのままぎゅうっと締め上げるとミミズを真っ二つに引き千切った。人の悲鳴にも似た声を上げ砂海ミミズは息絶えた。大量の体液が辺り一面に降り注ぎ、二つに分かれたミミズの亡骸は砂の中へと飲み込まれていった。
「すご……こんな土魔法初めて見たわ」
思わず息を呑んだアピがそう呟く。難を逃れたラウタンとパンバルが砂の上を移動しながらお礼とばかりにヒジャウに手を振っていた。それに手を振り返しながらヒジャウが言った。
「どうやらミミズ達の食事の時間らしい。そろそろ彼らには戻ってもらった方がいいかもしれない」
「ほんといつまで遊んでいるのかしら。私が伝えてくるわ」
アピが二人の元へ飛び立とうとしたその時、突如として砂海に巨大な蟻地獄が出現した。轟々と音を立て回転する砂の渦は次第にその速度を上げ、やがてその直上に竜巻を引き起こした。逃げ遅れたラウタンとパンバルがその風と砂によって蟻地獄の方へと吸い寄せられていく。
そして蟻地獄に捕まったのはラウタン達だけではなかった。砂の中から吸い上げられるようにして巨大な砂海ミミズが次々に渦に巻かれていた。数十体の砂海ミミズが蟻地獄の真ん中へと集まると地響きのような音が聞こえだした。
「転移!」
ドゥーカが瞬時に転移し引きずり込まれそうになっていたラウタンとパンバルを救い出す。その直後、蟻地獄の中央から鋏のような大顎を広げた魔物が突き上げるように飛び出してきた。そして大顎の奥の口をガパッと開くと砂海ミミズ達をいっぺんに飲み干した。
「私が食事の時間って言ってたのはあいつ方だよ~獣王ヴリトラナ。相変わらず豪快な食べっぷりだねえ」
ボラタナののんびりとした物言いに、ヒジャウは思わず口があんぐりと開いてしまった。
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