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23話 ジョーカーよ再び

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 それから高橋とは以前のような関係に戻った。あの薄っぺらい謝罪を私が受け入れたとでも思ったのだろう。

 
 ある日の放課後、私は音楽室へと呼び出された。私は一人、誰もいない北校舎の廊下を歩いていた。

 今日クラスの子達が言ってたな。

 ――秘密の個別指導の噂。

 あれはもしかしたら自分のことかもしれない。もしくはお姉ちゃんと高橋のことか。私が高橋との関係を公にすれば噂は真実となる。

 もうこの切り札を出すしかないだろうか。

 桐谷先生には私のメッセージは届かなかったか……

 

 音楽室のいつもの場所にあいつはいた。あいつの手が私の体に触れる。
後何度、我慢すればいいのだろう……心を殺す時間が始まる。


 その日はやけに夕日が赤かった。まるで血に染まったかのように。

 高橋に体を穢される度に、私の心も少しずつ血を流しているかもしれない。
 そろそろ限界か……

 その時、音楽室のドアがガタリと音を立てた。高橋は慌ててズボンを上げると音の方向へと歩いていった。

 
「どうかしました? 高橋先生」

 私は乱れた制服を整えながら高橋に声を掛けた。

「いや、なにか物音がしたから……気のせいだったかな」

 高橋は振り向いて微笑むと、私の頬を撫でる。そのまま抱き寄せキスをしてきた。
その手には桜の栞が握られていた。

 ようやくあのメッセージが届いた。さっきここにいたのは桐谷先生だろう。

 まずはお前の幸せをひとつ潰す――

「ねぇ先生、私のこと好き?」

 奴の目に映るのは若い体に対する情欲。どこまでも下衆な男だ。

 不快な笑みを浮かべ奴は答えた。
 
「ああ、愛してるよ」

 ゾクリと背中に走る寒気を誤魔化すためニコリと微笑んだ。


 
 翌日、図書室でテスト勉強をしていると桐谷先生がやってきた。

「こんにちは。城山祐加理さんだったよね? テスト勉強?」

 先生はいつもと変わらぬ様子で私に話掛けた。高橋の浮気をまだ信じてない?
それとも相手が私だったと気づいてないのか?

「こんにちは桐谷先生。はい、私家じゃ集中できなくて。」

「世界史のテスト勉強も頑張ってる? 城山さん世界史ちょっと苦手でしょ?」

「はい、世界史はカタカナの名前とか覚えるのが苦手で……あと年表とかも」

「あら~じゃあ日本史とかも苦手なの?」

「島田先生は写真の問題が多いんです。私お寺とか神社は好きなんで」

 なぜか先生は険しい表情になった。なんか不味いことでも言ったかな?

「じゃあ勉強頑張ってる城山さんにご褒美! ちょっとだけ世界史のテスト問題のヒントあげちゃう」

「えぇ~いいんですか!? ばれたらやばいですよ?」

「大丈夫大丈夫。うっすらヒントだから。世界史の教科書って持ってきてる?」

 はい一応、と言いながら私はカバンから世界史の教科書を出し先生に渡した。

「そうね~今度の試験では~」

 そう言った瞬間、彼女はめくっていた手をピタッと止めた。
そこには桜の栞を挟んでいた。高橋から返却された本にもそれと同じものが挟まっていたはずだ。

「城山さん……これってあなたの栞?」

 そう言った彼女の声は僅かに震えていた。

 私は栞をゆっくり手に取り答えた。お姉ちゃんの顔を思い浮べながら。

「はい、これは私の姉が手作りした押し花の栞なんです。花が好きな人だったので、特に桜の花が……」

「そうなんだ……」

 先生は栞を見つめしばらく何かを考えていた。きっと気づいてくれる。私と高橋との繋がりを。

 あなたの彼氏は私と浮気してるのよ――


 すると突然、先生はなにかを思い出したようにはっと目を見開いた。じっと私を見つめるその顔を見て確信した。

 ――ようやく気付いた。

「もしかして昨日見ちゃいました?」

 私は嬉しさのあまり顔を綻ばせていた。

 
 それから私は高橋との関係を話した。先生は泣くのを堪えているようだった。本当は浮気相手の女なんか憎くてしょうがないだろう。

 でも私は彼女を傷つけたい訳じゃない。どうかあいつの本当の姿に気づいて欲しい。

「桐谷先生、私は彼の事は好きじゃありません。むしろ死ぬほど嫌いです」

 先生は怪訝な顔で私を見た。きっと理解不能だろう。

「じゃあいろいろ頑張ってる先生にご褒美でヒントをあげます」

 ――先生なら真実に辿り着いてくれるはず

「高橋先生が前にいた学校を調べてみてください」

 私は彼女の耳元でそう囁いた。


 その言葉を聞いて、彼女は私を見つめ呆然としていた。



 それからしばらくは、桐谷先生からも高橋からもなんの音沙汰もなかった。
 明後日にはテストが終わる。桐谷先生は高橋の過去を調べてくれてるだろうか?

 自分の部屋で勉強している時、スマホに知らない番号からの着信があった。

 もしかしたら桐谷先生か? 番号はまだ教えてないはずだけど……

「もしもし?」

 僅かな沈黙の後、相手は答えた。

「城山祐加理か?」

 知らない男の声だった。一体誰だ?

「はいそうですが……どちら様でしょうか?」

「佐山乃亜が持っていた動画は今おれが持っている。まだ買う気はあるか?」

 一瞬頭が混乱した。動画ってあの動画のことか?

「どういうことですか? 佐山さんの家は燃えたはずじゃ……」

 その時、あの動画の音声が聞こえてきた。確かにあの時聞いたのと同じものだ。

「乃亜から話は聞いてた。お前の姉ちゃんと高橋とかいう奴が映ってる動画をおれが今持ってるんだよ。百万。用意できるのか?」

「佐山さんにもそう言われたけど、やっぱり学生の私にはそんな大金は無理です。でもどうしてもその動画が欲しいんです! お願いします!」

 一度は諦めた最強の切り札。あれさえあればもっと高橋を追い込める。
少し間を置いて電話の相手は答えた。

「お前高校生か?」

「はい。高二です」

「明日の夕方、おれが指定する場所に一人で来い。誰にも言うなよ。もし誰かに喋ったらこの話はなしだ」

 時間と場所は後で伝える、と言って電話は切れた。

 私は大きくふぅーっと息を吐いた。

 喉はカラカラに乾いていた。




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