Dear〜親愛なる貴女へ〜

芋けんぴ

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第一章

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 どれ程泣いていただろうか。
 もうすっかり日が暮れていて。
 買い物帰りの女性が歩いているのが見えた。

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 第一章
  鍵
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「あら、皆お帰り。」

 背後から声を掛けられた。振り向けば先程見かけた女性が立っている。白髪混じりの頭や顔の皺から見るに年配の女性だろう。

「もう、そんなに目を腫らして。何かあったの?」

 その女性が親指で私の涙を拭う。あまりに馴れ馴れしい言動に、誰かと知り合いなのかと互いに顔を見合わせるも皆首を振る。

「嫌っ、桜ちゃんだけじゃなくって、皆泣いてたの?」 

 女性が私の名前を知っている。この女性とは今初めて会ったのに、何故私の事を知っているのだろうか。

「とにかく。もう遅いんだから早く家入りなさい。」

 そう言って女性が私達3人の背中を力強く押す。あまりにグイグイ押すものだから椿が道の小さい段差に躓いた。

「何かあったならいつでも叔母さんに言いなさいね。幾らでも話聞いてあげるから。」

 それじゃあね。と言い残し、その女性はレジ袋を提げて、斜め向かいの文化住宅にさっさと帰って行った。その姿を見送った後、私達は再び顔を見合わせた。

「桜さん、あの叔母さんと知り合いなんですか?」
「ううん。初めて会った。」

 楓の問いに答える。何故知らない人が私の名前を知っているのか。私は思わず首を傾げた。

「この世界では僕等はあの叔母さんと知り合いなのかもしれませんね。」

 椿が振り向いて言う。きっとそうなのだろうと私も楓も頷いた。自分の家もその周りの環境も何もかも違う事を目の当たりにした。自分を取り巻く環境が元の世界とこの世界で全く違うのは何も不思議ではないのだ。

「……あの叔母さんに頼めば一晩泊めてくれるかもしれない。」

 楓がふと思いついた様に言う。あの叔母さんは此方の世界の私達と親しい様だった。楓の言う通り、一晩位なら私達を泊めてくれるかもしれない。

「頼んでみようか。」

 私が先陣を斬って歩く。あの叔母さんの元へ迷い無く進む私の後を2人が少し離れて着いてくる。叔母さんの家に着き、その戸を右手で叩くために左手に持ち替えた春色のコートからチャリンと音がした。不思議に思ってコートを激しく上下に振ればチャリチャリと音が鳴り続ける。コートのポケットの中に手を入れれば金色の鈴が付いた何かの鍵が出てきた。

「何これ。」

 私のコートから出てきたものではあるが見覚えが無い。後から到着した2人に鍵を見せるが2人の物でもないらしい。暫く鍵を眺めていると、椿が

「あっ。」

 と小さく呟いて、私の掌の上の鍵を奪った。来た道を走って戻って行くので私と楓も慌てて椿の後を追う。椿はあの平屋の前で立ち止まった。そして私達2人が到着したのを確認してから、私から奪った鍵をその家の玄関の鍵穴に差した。驚く事に、その鍵はすんなり回る。がちゃんという音と共にその引き戸が少し開いた。

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