悪役令嬢は、宰相殿がお好き

山森おにぎり

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05.   悪役令嬢は、母様がお好き

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 ヴィシャス侯爵家の白薔薇と黒薔薇。

 
 

 社交界を騒がせたヴィシャス家の姉妹―――エリーゼ・ヴィシャスとイレーナ・ヴィシャス。




 この姉妹は互いを愛し、慈しみ、非常に仲の良いことでも有名であった。

 

 エリーゼは白薔薇のように触れれば落ちてしまいそうな繊細さを持ち、イレーナは黒薔薇のように艶やかな妖艶さで人々を魅了した。

 
 
 優しく清らかな白薔薇、厳しく煌びやかな黒薔薇。
 正反対のこの2人はつかず離れず、どこにいても何をしても一緒の毎日を過ごしていた。



 
 白薔薇が不治の病に倒れるまでは。




 体は氷のように冷え、次第に歩くことさえもできなくなっていく姉。――

 

 妹は魔法医をすぐさま呼ぶと、姉を見てもらった。



 「今まで長いこと生きてきたが、こんな症状は見たことがない」



 そう答える老いたエルフの魔法医は、悲しそうにして黒薔薇を見つめた。


 
 そんなこと、あるはずがない。


 黒薔薇は姉を助けるために手の限りを尽くした。

 
 

 世界樹に生える命の葉。人魚が落とす雫の涙。金鶏が産出す金の卵。――

 

 
 世界中のあらゆる方法を試した。

 世界中のあらゆる治療法を探した。

 されど見つからない。

 探せど探せど、見つからない。




 あらゆる医者。あらゆる魔法医を呼んでも、「病が分からない」と返される。




 どこの誰でもいい。姉を助けておくれ。




 そう願えども、だれも助けてくれない。




 人々は、謎の病を移されては敵わないと次第に姉妹から離れていった。



 もう無理なのか。


 黒薔薇は嘆き悲しんだ。




 あれほど姉を美しいと賞賛していた男ども。

 あれほど姉を優しいと話していた女ども。




 姉は多くのものを人に分け与えてきた。

 姉は多くのものを手放した。

 

 
 優しすぎた。




 そのせいできっと。

 そう、命までも。
 
 悪魔に持っていかれる。



 
 黒薔薇はひたすらに探し続けた。ひたすらに祈り続けた。



 
 あぁ、神様。何でも致します。
 姉を、心優しい姉を助けてくれる人を、どうか。



 そう願った黒薔薇に、神はある二筋の光を与えた。



 「イレーヌ殿、私もお手伝いいたします。必ずやエリーゼ殿を救う手立てを考えましょう」

 「3人で力を合わせれば、きっと探し出せます!」


 アルバート・ドゥシャン男爵。
 シルヴァン・オーギュスト伯爵子息。



 一人は黒薔薇のために、もう一人は白薔薇のために。
 治療法を探す手伝いを申し開いた。



 ――あぁ神よ。この方たちが、姉を助けてくれる人なのですね。



 イレーヌは驚喜した。

 そうして、3人は不治の病を探し続けると、遂にその手掛かりを発見する。



 王宮にある禁断書庫。
 


 王族へ必死に頼み込み、一度だけ入ることを許された3人が血眼になって治療法を探している時のことだった。

 たまたま脚立から足を滑らせたアルバートは、本棚の上にあった箱を掴み派手な音を立てて落ちてしまう。その落ちてきた箱に目を付けたシルヴァンは、空箱の底に隠してあった古びた本に気がついた。


 「黒妖精の呪い」



 隠されていた本には、妖精の呪いについて事細かに記されていた。――



 闇に染まったダークフェアリーは清らかな乙女を媒体に、少しずつ体を弱らせて。

 悟られぬように、養分を吸い取っていく。

 養分を吸い取られた乙女は身体の限界を迎えると動けぬようになり、やがて眠るように死んでいく。



 治療方法はただ一つ、乙女の髪から黒妖精の残していく赤い糸を探して引き抜くということだった。




 3人はこれを読み終えると歓喜の涙を零しながら抱きしめあって喜んだ。




 これでエリーゼを助けられる。



 

 
 この時までは、そう信じていたのだ。――






 「――盗み見なんて、ずいぶんとご趣味がよろしいのね。陛下」




 そう話すのは黒羽が重ね填められた扇で、口もとを隠した濃艶な美女。




 ヴィシャス公爵家、現当主。――イレーナ・ヴィシャス公爵夫人だった。



 
 白薔薇と黒薔薇が交わるヴィシャス家の庭園で行われた騒ぎが収束した後。
 ここぞとばかりにイレーナは見守っていた者たちへと話しかける。



 その黒薔薇と言われるに値する美しい濃紺のドレスを纏ったイレーナは二人の人物の方を冷たく見据えた。


 
 対してその2人の人物とは。



 「な、なにを言っているのだ! イレーナ! ロドリゲス先生と、国王陛下を間違えるなど――」



 その夫、アルバート・ヴィシャス。そして、魔法医のロドリゲス。



 「……ほほぅ。陛下に見間違えられるとは、わしもまだまだ捨てたもんじゃないのう」



 ロドリゲスはそういうと、その雲のように長いひげをふさふさと手で摩る。



 嬉し気に語るロドリゲスを、イレーナはその紫色の眼で突き刺すように見つめる。

 

 「夫の眼は誤魔化せても私は騙されませんわ。……そのローブの下から出ている王族家の紋様は、どうご説明なさるおつもり」


 ロドリゲスのローブの下。



 アルバートとロドリゲスはギョッとした顔つきで反射的にそれを見ると。
 ロドリゲスの足元に青く輝く革靴。王族家の紋様がしっかりと編み込まれたそれがあった。



 「なっ――」



 あっけにとられるアルバート暫くその足元を眺め、開いた口が塞がぬままその視線をロドロゲスへと向けた。



 「もしや――あなたは」

 

 「……フフフ。相変わらず食えない女だ、大人しく黙っておけばいいものを」

 

 豹変したロドリゲスの声と態度に、アルバートの疑念は徐々に確信へと変わる。



 ロドリゲス。否、ロドリゲスだった何者かは、ローブの懐から杖を取り出すと無言のままそれを振るうと、ぼふんと桃色の煙を手品のように出し、あっという間に黒髪の大男へと容姿を変化させたではないか。
 


 「――ふむ、変化が解けかかっていたのは、こちらの落ち度だが。たまの息抜きくらいゆっくりとさせてくれてもいいじゃあないか」



 ユニオール国の頂点に立つ、カアン・レオミュール国王。

 青の国色を中心に覆い固めたその豪儀な甲冑は、よりその雄大な体を引き立て、更に大きく見せていた。

 
 
 「一体いつから入れ替わられておられたのです!?」

 
 
 たいそう驚いた様子でアルバートは思わずそう聞き返した。

 

 「ふむ、まぁお前がロドリゲスの部屋へ来た時からな。たまにロドリゲスがどうしても席を外さなければならないときに私が、少しの間仕事を代わってやるのだよ」


 悪びれず口述する国王にアルバートの口もとは引きつった。


 まさか初めからだったとは。

 
 「人の娘をこんな三文芝居に巻き込んでよくもまぁいけしゃあしゃあと。息抜きのおままごとはどうぞ王宮で致したらいかがかしら?ご立派な舞台があるのだから、親子そろって、どうぞいくらでも、お遊びなさって」


 
 イレーヌはバチンと扇を閉じると、嫌々しそうに睫毛を下げる。

 

 「大体悪趣味にもほどがあると思いませんか? 私の娘に妖精の呪いなど。――よくもその汚い口から言えたものですわね。……禄に助けもしてくれなかった癖に」



 「イレーナ!陛下になんてことを!!」



 アルバートは自分の妻が国王に放つ暴言に顔色を青ざめさせた。
 そんな夫妻にからからとカアン国王は笑って答える。



 「――いや、いや。よいのだ、アルバート。少々こちらの言い方が悪かったのだ。……10年前の話を持ち出すようにしてしまったのは申し訳なかった」



 だがな。

 そう続ける国王は、途端真剣な表情を浮かべる。

 


 
 「確かにお前の娘には、妖精の呪いが掛けられていたのだ」


 

 
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