悪役令嬢は、宰相殿がお好き

山森おにぎり

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04. 悪役令嬢は、殿下がお嫌い

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 #擬死__ぎし__#というものがある。


 これは俗に言う死んだふりのことであり、動物が自分の身を守るために行う行動である。種によってその擬死は異なっており、哺乳類のフクロネズミがこの行動をとっているのが一般的である。


 もう少し具体的に説明すると、昆虫のテントウムシが固まって手足をひっこめるのを一度は目にしたことがあるだろう。


 しかし、この死んだふりというのが実際に天敵からから自分の体を守ることに繋がるのだろうか。


 熊と遭遇した時、人は絶対に背中を見せて逃げてはならないとされている。
 それはなぜか。


 背中を見せて逃げた場合。熊は相手が自分よりも弱い獲物であると瞬時に判別し、迫って来るということである。時速60キロ以上で追いかける大型の肉食動物に勝てることは、人間にはまず不可能であり、無謀な策と言える。


 このような事態にならないためにまずは絶対に背中を見せないということが重要なのだ。


 昔から言われている「死んだふり」であるが、熊は、死体も食べるのである。
 助かることもあるようだが、危険なリスクが伴うため行わない方がよいだろう。


 ともかく、どんな生き物にも擬死をしたり、背中を見せるということを人間は行わない方がいい。


 いつ自分が獲物になるか分からないのだから。





 ――死んだふりをしようか。





 ありえないこの状況に自分の中の悪魔が囁く。
 寝ぼけていた頭がすっかり冷え、よくよく周りを見回すと、お父様やロドリゲス様、執事のジェラールを含めた公爵家の使用人たちがこちらを唖然とした表情で見ていた。




 何をどうしたら皇太子殿下に啖呵を切る公爵令嬢がいるのだろうか。




 終わった――。
 公爵家解体の5文字がでかでかと記されている。


 (ふ、不敬罪で処される。……二度と日の目が拝めないのか。あぁ、さようなら第2の人生、ごめんなさい周りの皆さん。ご迷惑をおかけします――)



 あのダンスパーティーよりも早くバッドエンドを迎えるようです。


 青いベルベットのマントをばさばさと動かして黒髪の美少年は、鬼の形相で怒鳴る。せっかくの美貌も蛮行によって形無しである。


 「――オイ、誰かこの女を連れて行かないかッ! 貴様らも見ていたであろう! この俺に無礼な振舞いをしよって!ただでは済まさんッ――」


 辞世の句でも読むか、と半ば諦めかけていたその時。地獄の中に落とされた光輝く糸が足らされたのを、私は見た。



 「では、私が代わりに参りましょう」



 息巻いていた殿下にそう言ったのは、私が大きい物体だと思っていた。



 「元々は私が殿下に失礼な物言いを仰ったのです。ご令嬢ではなく、私が処されるのが筋というものでしょう。彼女は何も悪くありません」



 金糸の束をを集めたような長髪を靡かせる、凛とした佇まい。切れ長の目。青く澄んだ瞳はまるでブルームーンストーンのように神秘的な輝きを放っており、白磁器のような肌に映えている。


 真珠のような煌めきを反射している外套の下には、金のカフリンクスが光を放つ白いタキシード。
 美という美を一か所に集めたような青年――シルヴァン・オーギュスト宰相だった。


 そんな宰相の自分が悪いという手のひらを返したような発言に絶句する王子。


 「貴様、何を――]


「ご令嬢にここまで言わせたのです。周りから見て私たちは相当だったということですよ、皇太子殿下。本当に反省すべきは私です。殿下が女性に故意とはいえ、人に危害を加えるような行動をみすみす許してしまった私は国王陛下に処されるべきでしょう」


 「…………」


 「――一つだけ言わせていただくならば、私は殿下に謝ることのできない大人になっていただきたくないということです。あなたは将来陛下の跡を継ぎこのユニオールを、国を、支えていく一人として立派な紳士になって頂かねばならないだから」


 ではこれで、失礼いたします。


 風に吹かれた金の髪を払い、会場から去ろうとするシルヴァン。
 会場はただひたすらにひっそりとしており、もはや話声一つも聞こえない。



 そんな玄関へと向かうシルヴァンの後ろ姿を私は茫然として眺める。


 (な、なんだ。何なんだ。私のせいで大事になっちゃったのか?!)


 大変なことになってしまった。自分のせいで王子と宰相殿が仲たがいするなんて。


 ますます血の気が引き青ざめていくフィアンナ。


 
 だが、そんな静寂が支配する会場で、ただ一人、この静けさを打破した者がいた。



 「――迷惑を、かけた」



 空耳ではないか。

 誰もがそれを考えたことだろう。



 殿下が深々と頭を下げていなかったのなら。



 その声に吃驚したシルヴァンはゼンマイ仕掛けの玩具のようにこちらを振り返ると、さらにその顔を驚愕で埋め尽くした。





 「殿下……!」

 「……僕がいけないんだ。授業が上手くいかなくて、八つ当たりをしたッ! このまま上手くいかないまま、失敗を続けるんじゃないかと、焦ってばかりで、頑張っても頑張っても上手くいかなくてッ!! でもッ、それでもあきらめないでやり続けてきたけどッ!! 上手くいかなくてッ!!!」

 ボロボロと泣きじゃくりながら、嗚咽をこぼす目の前にいる王子に私は声も出さずに固まってしまっていた。





 そうだ。そうだったのだ。





 彼は人の気持ちを持っている。私と同じように、悩んで考えている。
 死神なんかじゃない、一人の男の子なのだ。

 確かにフィアンナを彼は罪に問うた。でも、それは本当に彼がやりたかったことなのか。

 恋人と婚約者との板挟み。

 彼もまた、『運命の恋人』によって人生が変化したのだ。




 大きくなったら、結婚しよう。




 何気なく交わした口約束は蝶の羽ばたきのような囁きから、大きな大きな波となって膨れ上がり、彼の手では抑えられなくなったのかもしれない。



 ロザーリアが魔法の花園に向かうイベントでは、殿下はロザーリアに、これからの国のことの不安、変わってしまった婚約者、耐えられない重圧、全てを吐き出しながら縋る場面がある。





 周りが変わっていくんだ。僕もそうだ。みんなそうだ。

 どうしたらいい? どうすればよかった? 僕はあの頃みたいに、みんなと一緒にいたいのに、変わっていってしまう。


 
 ただあの頃みたいにみんなと笑っていたかった。それなのに。



 全部崩れていく。掌からこぼれて、溶けていくんだ。拾っても拾っても拾っても、溶けて消えていく。



 フィアンナもシルヴァンも父上も母上も兄弟たちも友人でさえも。
 恨みがましい目で僕を見るんだ。




 僕はただ。僕は。





 みんなと一緒にいたいのに。





 これは彼の本音だった。
 これが彼だった。
 これが願いだった。

 彼は蝶になれなかった。

 本当は誰よりも叫びだしたかった。けど周りがそれを許さなかった。
 崩れていくそれに、浸食される。




 婚約者は二人もいらないと思わないかい。




 怖がりな彼は蛹のまま。
 手にした運命を守るために全てに抗ったのだろう。


 壊れたもの《フィアンナ》を美しい思い出のままにするために、手から離した。



 「殿下……私も無礼な振舞いをいたしましたことを大変申し訳なく思っております。いかような罰も受ける覚悟です」


 宰相は懐からハンカチを取り出すと、笑いかけながら殿下の涙を優しく拭き取って抱きしめた。


 「ずっと一緒に頑張って来たでしょう。あなたにはすでに王の器を得ているのです。一体いつ言ってくださるのかと、頼ってくださるのかと、私も不安に思って大人げない態度をとってしまいました」

 「うん」
 グスグスと泣きじゃくり、宰相の服に顔をこすりつける殿下はうんうんと返事を返す。


 「これからだってそうです。いっしょに頑張っていくのです。足りないところがあれば、支えあって満たせるようにするのです。私が足らないものをあなたが、あなたに足りないものを私が、差し出しあって生きていくのです」

 「うん」


 「あなたは決してできないと、仰ってはくれなかった。頑張ることはとても良いことです。でも、いずれは疲れてしまいます。頑張り続けるのではなく、休んで、周りを見ることが大切です」



 今日のお茶会みたいに。



 そういうと宰相殿は私にさりげなく目配せをする。




 「さぁ、殿下。涙を拭いてください。ご令嬢に見せられるお顔にしましょう」


 「うん」



 宰相はぐちゃぐちゃになったハンカチを開いて畳みなおすと殿下に手渡した。それを受け取るとごしごしと顔を拭っていく。ズズッと鼻をすすりあげ、ハァと深呼吸し、殿下私と対面する。


 「ぶつかって、ごめんなさい」

 髪はぼさぼさで乱れており、顔はこすりあげたせいで真っ赤、目元は涙が光っている少年。王子らしさは抜け落ちていたが、こちらの彼の方が




 「私も――いっぱい意地悪いって、ごめんなさい」




 私も好きだなと思った。



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