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第一話 女渡世人
②五年前、十八歳になったばかりのお倫が凌辱された
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五年前、お倫は未だ十八歳になったばかりであった。
雲ひとつ無いよく晴れた一日、仲の良い町家の娘三、四人と、城下外れにある県神社の秋祭に出かけた。神社へ続く道の両側には食べ物や細工物、身の回り品や子供の玩具等の露店が所狭しと軒を連ね、境内には幟や旗が立ち並んで、城下一の大祭とあって大勢の見物人が押し寄せ、ごったがえしていた。
お神楽を見物し、神輿の練り歩きを見、餅撒きの餅を拾い、おみくじを引いて、露天を覗いているうちに、気がつけば仲間たちと逸れてしまっていた。日は既に西に傾きかけている。お倫は慌てて仲間達を探したが、溢れかえる人混みの中では見つけようも無かった。
お倫は急いで家路へと歩を進めたが、参道を抜け、村を抜けて、商家の並ぶ我が家まで帰り着くには、小半刻を要する道のりであった。
参道を出て、田圃や畑が両側に拡がる広い道に差し掛かった時、酒に酔った二人の浪人者に道を塞がれた。爪楊枝を口に咥え、濁った眼でお倫を見た二人は、やにわにお倫を桑畑の連なる脇道に連れ込んだ。道には未だかなりの通行人があったが、酔った食い詰め浪人二人を相手にお倫を助けてくれる者は誰一人として居なかった。誰もが見て見ぬ素振りで急ぎ足に遠ざかって行った。
お倫は必死に抗った。赤い鼻緒の草履が脱げ、髪飾りの根掛が落ちた。しかし、屈強な侍崩れの男二人に若い娘が一人では到底抗い切れなかった。お倫は地面に押さえつけられた。直ぐに帯が解かれて長く延び、着物は肩からずり落とされた。お倫は凄まじい叫び声で助けを求めた。一人の男がお倫の口を塞いだ。お倫は眉根を寄せて激しく首を振ったが、男は両膝でお倫の左右の腕を押さえつけた。後の一人がお倫の足を一本ずつ持って拡げ、着物の裾を捲った。赤い襦袢の中からお倫の白い太腿が露わになった。お倫は男達の手を逃れようと必死に足を蹴り上げようともがいたが、押さえられた男の力でそれも敵わなかった。左右の腕を押さえていた男がお倫の上に被さって来た。
「嫌やあ~!」
お倫の絶叫が虚しく夕暮れの空に吸い込まれて行った。
事が終わって、淫猥な笑い声を残した男達が立ち去った後、身も心もボロボロになったお倫は、そのまま、桑畑の向こうを流れる大川に身を投げた。お倫の身体は、川筋が大きく右へ折れ曲がる溜りで対岸へ流され、川の水が白く砕けている石岩の根元に引っかかって止った。
対岸で悠ったりと釣り糸を垂れていた老剣客菅谷十内が川上へふっと視線を投げた時、石岩の根元に何かが引っかかっているのが見えた。
黒く流れているのが髪の毛、引っかかっているのが赤い着物、白く漂っているのは女の裸身と解った途端、十内は川岸を走り出した。齢五十半ばの老客とは思えぬ素早い身のこなしと疾走であった
ああ、陵辱されたな、と一目で判った。長襦袢を腰から下に巻きつけて、両足をしっかりと腰紐で縛り、覚悟の入水であろう。腰に巻いた白い襦袢の腿の付け根の辺りに血痕が残っていたが、他に外傷は無いようであった。
十内は娘を川原へ引上げると、防寒と雨除けに羽織っていた厚手の陣羽織を脱いで、その身体をすっぽりと包んでやった。更に十内は、丁度折良く堤の上を通りかかった荷車を引いた農夫に頼んで、娘を直ぐ近くの自分の庵へ運び込んだ。娘は二十歳くらいであろう、色の白い柔らかな肌の解けてしまいそうな美人であった。
「お光、お光は居らぬか」
「は~い、先生、お帰りなさい」
庵の奥から二十二、三歳の若い女が走り出て来た。
「まあ、お倫ちゃんじゃないの!」
顔を確かめたお光が眼を見張った。娘は庵から少し離れた先の宿場で、最も大きい土産物屋を営んでいる「福元屋」の姉娘であった。
「この娘を知っているのか、お光。それじゃ直ぐにその福元屋とやらに知らせてやってくれ。必ず主人かかみさんに直接知らせるのだぞ。店の者に言うのじゃないぞ」
「解かりました、先生。では、一走り知らせに行って来ます」
程無くしてお光は福元屋の主人善右衛門と妻の美禰を連れて戻って来た。
善右衛門と美禰は驚愕した。何が起こったかは一目瞭然であった。
妻の美禰は取り乱したが、主人の善右衛門は、さすが大店の主人で、直ぐに落ち着きを取り戻した。
「菅谷先生、誠に勝手なお願いで恐縮ですが、この娘を暫く此方様で静養させてやっては戴けませんでしょうか」
「当方は一向に構わぬが、じゃが、何故にかな?」
「はい。身体は程無く回復するでしょうが、精神的な痛手は計り知れないほど大きなものがございましょう、心身が少し癒えるまで暫くの間、誰にも会わせないでそっとしておいてやりたいと思いまして。店には奉公人も居りますし、お客様も大勢いらっしゃいます。何かと口さがないことも有りますので・・・勿論お礼の方はきちんとさせて頂きます。どうぞ宜しくお願い致します」
十内にも特段異論は無かった。むしろ、口さがない他人の好奇の眼に晒すより、この庵でゆっくり静養させてやる方が娘にとっては良かろうと考えた。
福元屋夫婦が引き返してから一刻ほどして、十両の金子と娘の着替えを妻女の美禰が持参した。
お倫は七日ほど寝込んだ。善右衛門の言った通り、身体は間も無く回復したが、精神的な衝撃が酷くて病人同然であった。食欲も無いし誰にも会いたがらない、無理も無いことであった。
無論、本人は何があったのかを喋ろうとはしなかった。が、誰が見ても何が起こったかは一目で判った。福元屋の主人善右衛門はこの不慮の出来事を隠し通すことに全力を注いだ。使用人たちには、娘は身体をこわして転地療養に出かけていると言った。他に事実を知っているのは娘を助けた菅谷十内とお光だけであったが、善右衛門はこの二人の人柄にはそれなりの信頼を置いたようだった。
雲ひとつ無いよく晴れた一日、仲の良い町家の娘三、四人と、城下外れにある県神社の秋祭に出かけた。神社へ続く道の両側には食べ物や細工物、身の回り品や子供の玩具等の露店が所狭しと軒を連ね、境内には幟や旗が立ち並んで、城下一の大祭とあって大勢の見物人が押し寄せ、ごったがえしていた。
お神楽を見物し、神輿の練り歩きを見、餅撒きの餅を拾い、おみくじを引いて、露天を覗いているうちに、気がつけば仲間たちと逸れてしまっていた。日は既に西に傾きかけている。お倫は慌てて仲間達を探したが、溢れかえる人混みの中では見つけようも無かった。
お倫は急いで家路へと歩を進めたが、参道を抜け、村を抜けて、商家の並ぶ我が家まで帰り着くには、小半刻を要する道のりであった。
参道を出て、田圃や畑が両側に拡がる広い道に差し掛かった時、酒に酔った二人の浪人者に道を塞がれた。爪楊枝を口に咥え、濁った眼でお倫を見た二人は、やにわにお倫を桑畑の連なる脇道に連れ込んだ。道には未だかなりの通行人があったが、酔った食い詰め浪人二人を相手にお倫を助けてくれる者は誰一人として居なかった。誰もが見て見ぬ素振りで急ぎ足に遠ざかって行った。
お倫は必死に抗った。赤い鼻緒の草履が脱げ、髪飾りの根掛が落ちた。しかし、屈強な侍崩れの男二人に若い娘が一人では到底抗い切れなかった。お倫は地面に押さえつけられた。直ぐに帯が解かれて長く延び、着物は肩からずり落とされた。お倫は凄まじい叫び声で助けを求めた。一人の男がお倫の口を塞いだ。お倫は眉根を寄せて激しく首を振ったが、男は両膝でお倫の左右の腕を押さえつけた。後の一人がお倫の足を一本ずつ持って拡げ、着物の裾を捲った。赤い襦袢の中からお倫の白い太腿が露わになった。お倫は男達の手を逃れようと必死に足を蹴り上げようともがいたが、押さえられた男の力でそれも敵わなかった。左右の腕を押さえていた男がお倫の上に被さって来た。
「嫌やあ~!」
お倫の絶叫が虚しく夕暮れの空に吸い込まれて行った。
事が終わって、淫猥な笑い声を残した男達が立ち去った後、身も心もボロボロになったお倫は、そのまま、桑畑の向こうを流れる大川に身を投げた。お倫の身体は、川筋が大きく右へ折れ曲がる溜りで対岸へ流され、川の水が白く砕けている石岩の根元に引っかかって止った。
対岸で悠ったりと釣り糸を垂れていた老剣客菅谷十内が川上へふっと視線を投げた時、石岩の根元に何かが引っかかっているのが見えた。
黒く流れているのが髪の毛、引っかかっているのが赤い着物、白く漂っているのは女の裸身と解った途端、十内は川岸を走り出した。齢五十半ばの老客とは思えぬ素早い身のこなしと疾走であった
ああ、陵辱されたな、と一目で判った。長襦袢を腰から下に巻きつけて、両足をしっかりと腰紐で縛り、覚悟の入水であろう。腰に巻いた白い襦袢の腿の付け根の辺りに血痕が残っていたが、他に外傷は無いようであった。
十内は娘を川原へ引上げると、防寒と雨除けに羽織っていた厚手の陣羽織を脱いで、その身体をすっぽりと包んでやった。更に十内は、丁度折良く堤の上を通りかかった荷車を引いた農夫に頼んで、娘を直ぐ近くの自分の庵へ運び込んだ。娘は二十歳くらいであろう、色の白い柔らかな肌の解けてしまいそうな美人であった。
「お光、お光は居らぬか」
「は~い、先生、お帰りなさい」
庵の奥から二十二、三歳の若い女が走り出て来た。
「まあ、お倫ちゃんじゃないの!」
顔を確かめたお光が眼を見張った。娘は庵から少し離れた先の宿場で、最も大きい土産物屋を営んでいる「福元屋」の姉娘であった。
「この娘を知っているのか、お光。それじゃ直ぐにその福元屋とやらに知らせてやってくれ。必ず主人かかみさんに直接知らせるのだぞ。店の者に言うのじゃないぞ」
「解かりました、先生。では、一走り知らせに行って来ます」
程無くしてお光は福元屋の主人善右衛門と妻の美禰を連れて戻って来た。
善右衛門と美禰は驚愕した。何が起こったかは一目瞭然であった。
妻の美禰は取り乱したが、主人の善右衛門は、さすが大店の主人で、直ぐに落ち着きを取り戻した。
「菅谷先生、誠に勝手なお願いで恐縮ですが、この娘を暫く此方様で静養させてやっては戴けませんでしょうか」
「当方は一向に構わぬが、じゃが、何故にかな?」
「はい。身体は程無く回復するでしょうが、精神的な痛手は計り知れないほど大きなものがございましょう、心身が少し癒えるまで暫くの間、誰にも会わせないでそっとしておいてやりたいと思いまして。店には奉公人も居りますし、お客様も大勢いらっしゃいます。何かと口さがないことも有りますので・・・勿論お礼の方はきちんとさせて頂きます。どうぞ宜しくお願い致します」
十内にも特段異論は無かった。むしろ、口さがない他人の好奇の眼に晒すより、この庵でゆっくり静養させてやる方が娘にとっては良かろうと考えた。
福元屋夫婦が引き返してから一刻ほどして、十両の金子と娘の着替えを妻女の美禰が持参した。
お倫は七日ほど寝込んだ。善右衛門の言った通り、身体は間も無く回復したが、精神的な衝撃が酷くて病人同然であった。食欲も無いし誰にも会いたがらない、無理も無いことであった。
無論、本人は何があったのかを喋ろうとはしなかった。が、誰が見ても何が起こったかは一目で判った。福元屋の主人善右衛門はこの不慮の出来事を隠し通すことに全力を注いだ。使用人たちには、娘は身体をこわして転地療養に出かけていると言った。他に事実を知っているのは娘を助けた菅谷十内とお光だけであったが、善右衛門はこの二人の人柄にはそれなりの信頼を置いたようだった。
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