時代小説の愉しみ

相良武有

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第一話 女渡世人

㉒お倫、忘れ得もせぬ憎っくきごろん棒浪人二人を討ち果たす

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 賽子勝負に気が集まっていてお倫が気付かなかったのか、それとも初手から子分達の後ろに退いていたのか、二人の侍崩れの用心棒が徐にお倫の前に姿を見せた。その顔を一目見るなり、お倫の両眼に憎悪と憤怒の赤い炎がめらめらと燃え立った。忘れもしない顔だった。六年前のあの貌だった。
 後ろに置いた三味線を掴んで立ったお倫は、ぴたっと浪人の眼を見据えて言った。
「ご浪人さん、わたしの顔に見覚えはござんせんか?」
問われた浪人は二人とも、はてな?という表情をしながら
「とんと見覚えが無いな、その方の顔なんぞ見たことも無いぞ」と答えた。
「もう一度、お訊ね致します。ご浪人さん、お二人とも真実に見覚えはござんせんか?」
「くどい!女の顔などいちいち覚えておらぬわ!」
「そうでござんすか。ならばわたしも存分にやらせて頂きます、お覚悟を!」
「何を四の五の言ってやがるんだ!」
叫んだ岩五郎と代貸がお倫に斬りかかろうとした、ようだった。と、同時にお倫の身体も少し動いて、何か白いものが手元できらりと閃いた、ようだった。一歩下がって身構えた子分達が見たものは、その一瞬後に見たものは、横たわって動かぬ岩五郎と代貸の姿だった。
 浪人が二人、一人は上段に構え、もう一人は右片手で刀をだらりと下げて、左右から殆ど同時にお倫に斬り込んだ。お倫の身体が、瞬時、低く沈んだかと思う間も無く、二つの大きな身体がどどっと前のめりに倒れた。一人は心の臓を突かれ、もう一人は喉元を抉られて既に息絶えていた。
 お倫は裾を叩いて静かに立ち上がった。刃は既に三味線の竿に納まっていた。
額から鼻頭にかけて赤い血を流している岩五郎と腹からどくどくと太い血が茣蓙の上に溢れ出ている代貸の傍へ行ったお倫が言った。
「丁半の勝負までは生粋の博打でしたよ。それが済んでの刃物沙汰は外道ですね、親分さん。渡世を一歩踏み出しての悪足掻きは、これはもう犬猫の喧嘩沙汰ですよ。お前さんもお終いまで混ざりっ気無しの博打打ちで居りゃ、生命に別状は無かったものを、踏み外しましたねぇ」
それから、お倫は四方の子分達を見渡して声高に言った。
「無作法な居合いの突き斬りをお見せして失礼致しましたね、皆さん方。ですが、此処の縄張りは確かに居合いのお倫が柴宿の富蔵の名代としてそっくり貰い受けましたよ。然し、岩五郎親分や用心棒の先生方を斬ったのは渡世人のわたしじゃござんせん。これは渡世上の争いではござんせんから、其処んところのけじめは間違いの無いよう、きちんと付けておいて下さいましよ。それとも文句のある方がお出でなら、この倫がお相手致しますが・・・」
子分達は蜘蛛の子を散らすように、わあっ!と叫んで、逃げ散じた。
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