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第二話 やさぐれ同心
①河原で若い女が一人、殺された
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番屋へ続く大通りを右に折れた細小路の奥で遊び人風の男が二人、お店者と思しき四十路の男を痛ぶっていた。既に陽は西に沈みかけて辺りは薄暗かったが、夕陽の赤い残照が逆光線の中で男たちの争いを照らし出していた。
今日は月の晦日だった。お店者が手にぶら下げている掛取帳と中振りの袋から推して、集金帰りを襲われたようだった。遊び人の男二人は倒れた男をさんざん殴る蹴るしてから、その袋を奪い取って中を検め、顔を見交わしてにんまり笑った。二人はもう一度お店者を足蹴にし、それから徐に大通りの方へ歩き出した。
その様子の一部始終を大通りの角から眺めていた男がいた。男は黒の着流しに短めのぶっちゃけ羽織を着込み、刀をやや落とし差しにして白い鼻緒の雪駄を履いていた。町奉行所探索方の定周りでその名を鬼頭鋭之進と言う三十歳中半の同心だった。
しめしめとほくそ笑み乍ら大通りへ出て来た男二人を、いきなり、ものも言わずに十手でその顔や肩や腕を打擲して叩きのめした鬼頭は、それから徐に、板塀に頽れた男たちに顔を近づけてにっと笑った。男たちの眼は恐怖に慄き、貌は引き攣っていた。やおら男たちに袋を開けさせて、その前に片手を差し出し、掌に載せられた何枚かの小判をぎゅっと握って、鬼頭はそれを己が袂に入れた。
二人をじろっとねめまわすようにして立ち上がった鬼頭は低く、然し、鋭く言った。
「直ぐに其処の番屋へ自訴しろ、良いな。もし自訴しなかったら、見つけ次第に叩き殺すぞ!」
「へい」
その一言で男たちは這う這うの態で、互いを庇い合い乍ら痛む足を引き摺って、その場から逃げ失せた。
番屋や役宅の在る方角とは反対の道へ踵を返した鬼頭は、未だ細小路に倒れていたお店者には眼もくれず、すたすたと足早に歩き去った。
四半刻後、鬼頭が入って行ったのは路地の奥の長屋の一軒だった。二十五、六歳の年増女が鬼頭を迎え入れた。部屋には既に行燈の灯が入っていた。
上がり込んだ鬼頭は勝手に徳利から茶碗に酒を注ぎ入れて一息に飲み干し、それからゆっくりと羽織を脱ぎ、腰帯から刀を抜いて女の前に胡坐をかいた。
「お艶、何をぐずぐずして居る」
言うなり女を引き寄せて押し倒しその着物を剥ぎに掛かった。
「嫌ね、せっかちに」
直ぐに二人は激しく絡み合い、上になり下になりしてのたうち回った。
責められ喘ぎ、また責め立てられて、女は口いっぱいに絶叫しつつ仰け反って、何度も果てた。
女は鬼頭が捕縛した男の情女だった。
良い女だった。抜けるような色白の丸顔に目鼻立ちがくっきりし、その肉体には匂うような年増女の色香が漂っていた。それに、茶屋女にしては楚々とした品もあった。
「俺の言うことを聞けば情人の罪を軽くしてやるぞ」
そう言って、お為ごかしに中半は脅して、ものにした女だった。あれから既に二年余りが経っている。
一刻後、お艶に濡れ手拭いで身体を拭かした鬼頭はやおら帰り支度を始めた。
「あら、もう帰るんですか?」
情を交わした後の潤んだ眼でお艶が咎めた。
それには応えずに鬼頭はそそくさと長屋を後にした。
憎い人、と言うお艶の声が背中で聞こえた、気がした。
路地の木戸を抜けたところで下引きの源蔵と鉢合わせた。
「おう、そんな「へい、大川のに慌てて、何かあったのか?」
「へい、河原で若い女が一人、殺されました」
「なに、殺しだと?早速に案内して貰おうか」
川原には既に幾つかの提灯の灯が揺れ動き、大きな篝火が一本焚かれていた。それは向こう岸へ架けられた橋の直ぐ下の川原だった。
死体には蓆が掛けられ、与力、同心、下引き等が辺りを探索し始めていた。
鬼頭は蓆に近づくと無造作に十手の先でそれを撥ね退けた。死体は仰向けに寝ていたが何一つ身に纏ってはいなかった。濃い陰毛が風に吹かれて揺れていた。死体には喉元に締め跡があり何カ所もの刺し傷も有ったが、盛り上がった左の乳房の傷が殊に深く、鮮血が迸ってそれが致命傷のようだった。凌辱された様子は無かった。髪は髷を解いて洗い髪を梳いたように長く下ろされ後ろで束ねられていた。茶屋女の間でこのところ流行り出した髪型のようだった。近くに捨てられている着物は千々に引き裂かれて破れ、赤い蹴出しが夜目にも鮮やかに鬼頭の眼を射た。彼は側に居る誰にともなく呟いた。
「こりゃ、相当なもんだな。然し、久し振りに面白い捕物になるぞ」
舌なめずりするようなうっそりした表情だった。
それから、死体に蓆を掛け直した鬼頭は片手拝みに仏を弔った。
何か手掛かりになるものは無いかと辺りを物色し始めた鬼頭の視線の先に、少し離れた茂みの中に、絵の切れ端らしきものが散乱していた。彼は何気なくその一枚を拾ってみたが、特段関係無いか、と無造作にその場に捨てた。暗い夜目にはその他には何も見つけることは出来なかった。筆頭与力の葛西が身元割り出しの為の聞き込みを一同に指示して、その夜の探索は終わった。更けた夜の闇の中ではこれ以上はやり様が無かった。
今日は月の晦日だった。お店者が手にぶら下げている掛取帳と中振りの袋から推して、集金帰りを襲われたようだった。遊び人の男二人は倒れた男をさんざん殴る蹴るしてから、その袋を奪い取って中を検め、顔を見交わしてにんまり笑った。二人はもう一度お店者を足蹴にし、それから徐に大通りの方へ歩き出した。
その様子の一部始終を大通りの角から眺めていた男がいた。男は黒の着流しに短めのぶっちゃけ羽織を着込み、刀をやや落とし差しにして白い鼻緒の雪駄を履いていた。町奉行所探索方の定周りでその名を鬼頭鋭之進と言う三十歳中半の同心だった。
しめしめとほくそ笑み乍ら大通りへ出て来た男二人を、いきなり、ものも言わずに十手でその顔や肩や腕を打擲して叩きのめした鬼頭は、それから徐に、板塀に頽れた男たちに顔を近づけてにっと笑った。男たちの眼は恐怖に慄き、貌は引き攣っていた。やおら男たちに袋を開けさせて、その前に片手を差し出し、掌に載せられた何枚かの小判をぎゅっと握って、鬼頭はそれを己が袂に入れた。
二人をじろっとねめまわすようにして立ち上がった鬼頭は低く、然し、鋭く言った。
「直ぐに其処の番屋へ自訴しろ、良いな。もし自訴しなかったら、見つけ次第に叩き殺すぞ!」
「へい」
その一言で男たちは這う這うの態で、互いを庇い合い乍ら痛む足を引き摺って、その場から逃げ失せた。
番屋や役宅の在る方角とは反対の道へ踵を返した鬼頭は、未だ細小路に倒れていたお店者には眼もくれず、すたすたと足早に歩き去った。
四半刻後、鬼頭が入って行ったのは路地の奥の長屋の一軒だった。二十五、六歳の年増女が鬼頭を迎え入れた。部屋には既に行燈の灯が入っていた。
上がり込んだ鬼頭は勝手に徳利から茶碗に酒を注ぎ入れて一息に飲み干し、それからゆっくりと羽織を脱ぎ、腰帯から刀を抜いて女の前に胡坐をかいた。
「お艶、何をぐずぐずして居る」
言うなり女を引き寄せて押し倒しその着物を剥ぎに掛かった。
「嫌ね、せっかちに」
直ぐに二人は激しく絡み合い、上になり下になりしてのたうち回った。
責められ喘ぎ、また責め立てられて、女は口いっぱいに絶叫しつつ仰け反って、何度も果てた。
女は鬼頭が捕縛した男の情女だった。
良い女だった。抜けるような色白の丸顔に目鼻立ちがくっきりし、その肉体には匂うような年増女の色香が漂っていた。それに、茶屋女にしては楚々とした品もあった。
「俺の言うことを聞けば情人の罪を軽くしてやるぞ」
そう言って、お為ごかしに中半は脅して、ものにした女だった。あれから既に二年余りが経っている。
一刻後、お艶に濡れ手拭いで身体を拭かした鬼頭はやおら帰り支度を始めた。
「あら、もう帰るんですか?」
情を交わした後の潤んだ眼でお艶が咎めた。
それには応えずに鬼頭はそそくさと長屋を後にした。
憎い人、と言うお艶の声が背中で聞こえた、気がした。
路地の木戸を抜けたところで下引きの源蔵と鉢合わせた。
「おう、そんな「へい、大川のに慌てて、何かあったのか?」
「へい、河原で若い女が一人、殺されました」
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川原には既に幾つかの提灯の灯が揺れ動き、大きな篝火が一本焚かれていた。それは向こう岸へ架けられた橋の直ぐ下の川原だった。
死体には蓆が掛けられ、与力、同心、下引き等が辺りを探索し始めていた。
鬼頭は蓆に近づくと無造作に十手の先でそれを撥ね退けた。死体は仰向けに寝ていたが何一つ身に纏ってはいなかった。濃い陰毛が風に吹かれて揺れていた。死体には喉元に締め跡があり何カ所もの刺し傷も有ったが、盛り上がった左の乳房の傷が殊に深く、鮮血が迸ってそれが致命傷のようだった。凌辱された様子は無かった。髪は髷を解いて洗い髪を梳いたように長く下ろされ後ろで束ねられていた。茶屋女の間でこのところ流行り出した髪型のようだった。近くに捨てられている着物は千々に引き裂かれて破れ、赤い蹴出しが夜目にも鮮やかに鬼頭の眼を射た。彼は側に居る誰にともなく呟いた。
「こりゃ、相当なもんだな。然し、久し振りに面白い捕物になるぞ」
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それから、死体に蓆を掛け直した鬼頭は片手拝みに仏を弔った。
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