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第3話 級友の突然死
⑨不意に、焼香台の前で若い女性が泣き崩れた
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不意に、焼香台の前で泣き崩れた若い女性が居た。
へたり込んで辺り憚らず、身も世も無く、さめざめと泣き続けた。
高校の級友が高田謙一にそっと告げた。
「あの娘が達哉君の恋人よ」
「えっ、あいつにそんな相手が居たのか?」
「うん。わたし、何度か二人を見かけたことが有るの。肩を並べて弾けた笑顔で歩いていたし、一度は手を繋いでいたこともあったわ」
「で、お前、紹介されたのか?」
「ううん。余りにも楽しそうだったから、私の方から避けたの」
女性は桜木江梨子と言う名の女子大生だ、とのことだった。
「あの娘、達哉君と同じ大学の二年後輩なのよ」
急に降り出した雨に慌てて速足で歩き始めた達哉に、十字路の角でセーラー服の少女が接触した。抱えていた達哉の本とノートが路上に散らばった。
「わあっ、済みません。私、拾います」
「いいよ」
一冊のノートに同時に二人の手が触れて、二人は微笑み合った。
取り敢えず二人は、四つ角の大きな時計店の店先に駆け込んで雨を避けた。
「私、お兄さん、知っています」
「えっ?」
高校へ自転車通学する達哉を、中学へ登校する少女が毎日擦れ違って見かけた、と言う。
「と言うことは、あの小高い山の麓にある閑静な住宅街に君は住んでいると言うこと?」
「はい、そうです」
良く動く黒い瞳が愛らしい十七歳の江梨子に、その純真な初々しさに達哉は惹かれた。達哉が十九歳の大学二年の頃だった。
初めての夜、江梨子は達哉との愛の交歓に慄きつつも、幼いながらに初々しく、心と肉体を震わせて応えた。
「俺たち二人は、何方が一人居なくても寂し過ぎるよな」
「そうね。そして、誰が一人入り込んでも喧し過ぎるのよね」
「俺たちはこうして、お互いの身体を押し合いくっつけ合って、温もり合っていれば良いんだよ」
「押し合いくっつけ合って、肌に繫がる温もりを感じ合っていれば良いのね」
「たとえ夜を掴んでどろどろになった掌でも、二人は握り締め、握り緊め合って、二人の平和の旗を打ち振り守り、温もり合って、二人で歩いて行けば良いんだ」
「私たちは私たち自身の生を呟いて居れば良いのね」
二人は自分たちの愛と信頼を確かめ、深め合ったのだった。
遺族席の最前列に座っていた達哉の姉が、つと立ち上がって、江梨子の肩に優しくそっと手をかけ、泣きじゃくる彼女を抱き起して遺族席の後方へ連れて行った。
江梨子は顔を両手で覆い、涙をぼろぼろ溢して泣き続けていた。姉は江梨子を両手で抱き締め彼女の背中を優しく撫でてやった。姉の方も時折、ハンカチで目頭を押さえていた。
高田謙一は、江梨子が、私はもっと達哉さんのことを知りたかったのに、もっと達哉さんと一緒に居たかったのに、もっともっと達哉さんと二人の人生を生きたかったのに、と訴えているように思った。
やがて、止め焼香が終わって愈々最後のお別れの儀となった。
棺の蓋が開けられ、家族や親族、親しい知人友人たちが棺の中へ華を手向け始めた。
若い達哉の死顔は凡そ死者のそれではなかった。頬の削げも眼の窪みも無く、鼻腔と耳に脱脂綿が詰められてはいたが、ただ眼を閉じて眠っているかの如くであった。
級友達も手渡された花を一本ずつその顔の横に置いてやった。
出棺の準備が手際よく整って出発のクラクションが一鳴りし、霊柩車は恭しく動き出した。江梨子は達哉の姉に終始付き添われて後続車に乗って行った。参列者は皆、深く頭を垂れて達哉を見送った。
へたり込んで辺り憚らず、身も世も無く、さめざめと泣き続けた。
高校の級友が高田謙一にそっと告げた。
「あの娘が達哉君の恋人よ」
「えっ、あいつにそんな相手が居たのか?」
「うん。わたし、何度か二人を見かけたことが有るの。肩を並べて弾けた笑顔で歩いていたし、一度は手を繋いでいたこともあったわ」
「で、お前、紹介されたのか?」
「ううん。余りにも楽しそうだったから、私の方から避けたの」
女性は桜木江梨子と言う名の女子大生だ、とのことだった。
「あの娘、達哉君と同じ大学の二年後輩なのよ」
急に降り出した雨に慌てて速足で歩き始めた達哉に、十字路の角でセーラー服の少女が接触した。抱えていた達哉の本とノートが路上に散らばった。
「わあっ、済みません。私、拾います」
「いいよ」
一冊のノートに同時に二人の手が触れて、二人は微笑み合った。
取り敢えず二人は、四つ角の大きな時計店の店先に駆け込んで雨を避けた。
「私、お兄さん、知っています」
「えっ?」
高校へ自転車通学する達哉を、中学へ登校する少女が毎日擦れ違って見かけた、と言う。
「と言うことは、あの小高い山の麓にある閑静な住宅街に君は住んでいると言うこと?」
「はい、そうです」
良く動く黒い瞳が愛らしい十七歳の江梨子に、その純真な初々しさに達哉は惹かれた。達哉が十九歳の大学二年の頃だった。
初めての夜、江梨子は達哉との愛の交歓に慄きつつも、幼いながらに初々しく、心と肉体を震わせて応えた。
「俺たち二人は、何方が一人居なくても寂し過ぎるよな」
「そうね。そして、誰が一人入り込んでも喧し過ぎるのよね」
「俺たちはこうして、お互いの身体を押し合いくっつけ合って、温もり合っていれば良いんだよ」
「押し合いくっつけ合って、肌に繫がる温もりを感じ合っていれば良いのね」
「たとえ夜を掴んでどろどろになった掌でも、二人は握り締め、握り緊め合って、二人の平和の旗を打ち振り守り、温もり合って、二人で歩いて行けば良いんだ」
「私たちは私たち自身の生を呟いて居れば良いのね」
二人は自分たちの愛と信頼を確かめ、深め合ったのだった。
遺族席の最前列に座っていた達哉の姉が、つと立ち上がって、江梨子の肩に優しくそっと手をかけ、泣きじゃくる彼女を抱き起して遺族席の後方へ連れて行った。
江梨子は顔を両手で覆い、涙をぼろぼろ溢して泣き続けていた。姉は江梨子を両手で抱き締め彼女の背中を優しく撫でてやった。姉の方も時折、ハンカチで目頭を押さえていた。
高田謙一は、江梨子が、私はもっと達哉さんのことを知りたかったのに、もっと達哉さんと一緒に居たかったのに、もっともっと達哉さんと二人の人生を生きたかったのに、と訴えているように思った。
やがて、止め焼香が終わって愈々最後のお別れの儀となった。
棺の蓋が開けられ、家族や親族、親しい知人友人たちが棺の中へ華を手向け始めた。
若い達哉の死顔は凡そ死者のそれではなかった。頬の削げも眼の窪みも無く、鼻腔と耳に脱脂綿が詰められてはいたが、ただ眼を閉じて眠っているかの如くであった。
級友達も手渡された花を一本ずつその顔の横に置いてやった。
出棺の準備が手際よく整って出発のクラクションが一鳴りし、霊柩車は恭しく動き出した。江梨子は達哉の姉に終始付き添われて後続車に乗って行った。参列者は皆、深く頭を垂れて達哉を見送った。
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