15 / 63
第8話 別れても・・・
⑥千穂と松木、古風な和食店へ出かける
しおりを挟む
二人は近くの古風な和食店へ行くことにした。芸能人が好むゴージャスな高級店は余りにも明る過ぎると思ったからである。そのことは別に千穂が主張した訳ではなく、彼女はただ美味しい刺身が食べたいと言ったのだった。しかし、松木は明るい場所へ行きたがらない千穂の気持を読み取っていた。
「何れにしてもよ」
刺身会席を半分ほど食べてから千穂が切り出した。
「私にちょっとしたアイディアが有るの」
松木は黙って彼女の次の言葉を待った。
「あなたに映画の脚本を書いて貰いたいのよ、私の為に。三十代を生きるブルースの歌手を演じたいの、わたし」
「成熟した女が唄うブルースってことかな?」
「ええ、まあ、そんなところね。あなたなら書けると思うの。音楽には造詣が在るし、私のことは詳しいし・・・」
「でもな、君。俺は今のところ別の仕事で手一杯なんだよ」
松木が言うと、千穂は瞬きをしてから、和服の仲居を呼んで熱燗を注文した。
「だから、出来たとしても大分先の話になるだろうな。半年先とかじゃないと無理だよ」
「まさか。そんな先に?冗談でしょう?」
「いや、ほんとうだ」
松木は少し考えてから、間を置いて言った。
「そうだ、もし君さえ良けりゃ、別の物書きを紹介するけど、どうだ?」
千穂は黙って熱燗をちびりと呑んだ。
松木が改めて訊ねた。
「今、何か、動いている仕事は有るのか?」
「うん・・・いや、別に。今はわたし・・・もう売れっ子じゃないから、正直言って。あなたなら解っているでしょう、この業界の仕組みについては。四本ほど立て続けに映画を撮って連中はたんまり稼ぐ。で、その次の一本が差引きゼロのトントンで、次の一本は儲け無しって言うか、赤字。それでお終いよ。そこ迄でお払い箱。もう何をどんなに売り込んだって誰一人として私の名前すら知らない・・・」
「ねえ、君。人伝に聞いたんだけど、別の問題も原因しているんじゃないのか?」
「ああ、お酒のこと?でも、周りの人はそのことを大袈裟に取り上げ過ぎているのよ。映画の興行成績さえ良けりゃ、私がどれだけ大酒呑もうが、誰一人、それを問題にしたりしないじゃない?それに・・・私、もうそれほど飲んでいないわ。何もかも、昔のようにはやっていないわ。私はもう変わったのよ」
「そう言えば、もう長い間、浮いた話も聞かないな。この前の男は見たとこ良さそうだったのになあ」
「あなたは週刊誌のゴシップ記事も読んでいるの?」
千穂は熱燗を飲み干して、片手で盃を弄んだ。
「彼は私が思っていたほどの男じゃ無かったの。プロデューサーとしては一流だけど、男としては最低だった。解るでしょう?私の言う意味・・・」
松木は返事をする代わりに、千穂が演じたいと言ったブルースについての話をした。そして、何人かの脚本家の名前を挙げて推薦した。
「レコード会社とコンタクトを取って、サウンド・トラックと交換に映画のプロデュースを引き受けてくれるよう交渉することだな、君」
「それが可能なら、自分も少しくらいの資金を出しても良いわ」
そう言った後、熱燗をもう一本注文した。
酒が運ばれて来た時、松木は店の者に勘定を頼んだ。
「此処は私の奢りよ」
「駄目だよ。俺は今どきのヤングとは違うんだ、勘定は男が持つものさ」
「何れにしてもよ」
刺身会席を半分ほど食べてから千穂が切り出した。
「私にちょっとしたアイディアが有るの」
松木は黙って彼女の次の言葉を待った。
「あなたに映画の脚本を書いて貰いたいのよ、私の為に。三十代を生きるブルースの歌手を演じたいの、わたし」
「成熟した女が唄うブルースってことかな?」
「ええ、まあ、そんなところね。あなたなら書けると思うの。音楽には造詣が在るし、私のことは詳しいし・・・」
「でもな、君。俺は今のところ別の仕事で手一杯なんだよ」
松木が言うと、千穂は瞬きをしてから、和服の仲居を呼んで熱燗を注文した。
「だから、出来たとしても大分先の話になるだろうな。半年先とかじゃないと無理だよ」
「まさか。そんな先に?冗談でしょう?」
「いや、ほんとうだ」
松木は少し考えてから、間を置いて言った。
「そうだ、もし君さえ良けりゃ、別の物書きを紹介するけど、どうだ?」
千穂は黙って熱燗をちびりと呑んだ。
松木が改めて訊ねた。
「今、何か、動いている仕事は有るのか?」
「うん・・・いや、別に。今はわたし・・・もう売れっ子じゃないから、正直言って。あなたなら解っているでしょう、この業界の仕組みについては。四本ほど立て続けに映画を撮って連中はたんまり稼ぐ。で、その次の一本が差引きゼロのトントンで、次の一本は儲け無しって言うか、赤字。それでお終いよ。そこ迄でお払い箱。もう何をどんなに売り込んだって誰一人として私の名前すら知らない・・・」
「ねえ、君。人伝に聞いたんだけど、別の問題も原因しているんじゃないのか?」
「ああ、お酒のこと?でも、周りの人はそのことを大袈裟に取り上げ過ぎているのよ。映画の興行成績さえ良けりゃ、私がどれだけ大酒呑もうが、誰一人、それを問題にしたりしないじゃない?それに・・・私、もうそれほど飲んでいないわ。何もかも、昔のようにはやっていないわ。私はもう変わったのよ」
「そう言えば、もう長い間、浮いた話も聞かないな。この前の男は見たとこ良さそうだったのになあ」
「あなたは週刊誌のゴシップ記事も読んでいるの?」
千穂は熱燗を飲み干して、片手で盃を弄んだ。
「彼は私が思っていたほどの男じゃ無かったの。プロデューサーとしては一流だけど、男としては最低だった。解るでしょう?私の言う意味・・・」
松木は返事をする代わりに、千穂が演じたいと言ったブルースについての話をした。そして、何人かの脚本家の名前を挙げて推薦した。
「レコード会社とコンタクトを取って、サウンド・トラックと交換に映画のプロデュースを引き受けてくれるよう交渉することだな、君」
「それが可能なら、自分も少しくらいの資金を出しても良いわ」
そう言った後、熱燗をもう一本注文した。
酒が運ばれて来た時、松木は店の者に勘定を頼んだ。
「此処は私の奢りよ」
「駄目だよ。俺は今どきのヤングとは違うんだ、勘定は男が持つものさ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる