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第二章 フリーの一見客
①突然、一組の男女が飛び込んで来た
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夜空を切り裂くような稲妻の閃光と底腹に響く雷鳴が暫く続いたかと思うと、忽ち大粒の雨が落ちて来た。
嶋木が入口の扉を開けて外の様子を窺うと、軒や庇の無いビル街の大通りでは行き交う人々が右往左往して走り出し、先を競ってメインストリートのアーケードの下へ避難する姿が見て取れた。
雨は瞬く間に急激に烈しくなって来た。地面にしぶきを上げる雨脚が、暗い道路上にぼんやりと光って撥ねている。嶋木は、一瞬、吹き降りの雨を見上げ、直ぐに扉を閉めて店の中へ戻った。
此処クラブ「純」は、メインストリートと交叉する大通りを一筋北へ入った瀟洒なホワイトビルの一階に在る。入口を入ると直ぐ右手にクロークとカウンターが列なり、その奥に壁に沿ってコの字型のボックス席が設えられている。中央はカラオケステージになっていて、そのステージで客の一人が「雨の酒場で」をムーディーに唄っていた。
「わぁっ、濡れた、濡れた!」
腕や肩に降りかかった雨滴を素手やハンカチで拭いながら、突然、一組の男女が飛び込んで来た。二人はカウンターの一番奥に座るなり、直ぐにひそひそと話し始めた。
男がカウンターの中の嶋木にチラと目線を走らせたが、何も言わなかった。
「ああ、こんなに遅くなってしまったわ。私どうしたら良いんだろう」
そういった声は、二十五、六歳の若い女だった。
「どうってことはないよ。途中雨に降られて雨宿りをして来たと言えば、誰も何も言わないさ」
男がそう答えた。女扱いに慣れている物言いだった。
「常務が悪いんだから」
女は極めつけるように言った。
「カルチャーセンターへ行くまでの時間、途中で一寸待ち合わせて、軽く食事でもして直ぐに別れるんだろうと思ったのに、やっぱりあそこへ連れて行くんだから」
「何言っているんだよ。お前だって黙って従いて来たじゃないか」
常務と呼ばれた男はそう言って、含み笑いをした。
「そりゃ誘われれば女は弱いものよ。わたし、もう常務から離れられないわ」
女が男の肩に首を傾げて、不意に沈黙が落ち、男が女の肩を抱き寄せた。
話の様子では、同じ会社で不倫関係にある常務とその部下とが、終業後、途中で落ち合って、宜しくやって来たということであるらしい。
嶋木は胸の中で舌打ちした。
お前ら、そのうちに地獄を見ることになるぞ!・・・
腹の中で嶋木がそう罵った時、女が夢から覚めたかのように呟いた。
「でも、わたしたち、こんなことを続けていて、これから先、どうなるのかしら?」
「心配するなって。俺に任せろって言っているだろう!」
「奥さんと離婚して、私と結婚してくれるの?」
「勿論、そうだよ」
「でも、社長であるお父様が承知なさるかしら?」
「大丈夫だよ。親父には何れきちんと話をするよ」
「ほんとう?うれしい!」
そこで二人はまた肩を寄せて顔をくっ付け合った。
嶋木は苛々して、シェーカーを持った左腕の時計に眼をやった。時刻は午後十時半を過ぎていた。雨は幾分小降りになったようだった。
「ねえ」
女が甘い声を出した。
「もしもの話だけど・・・」
「何だよ」
「もしもよ、子供が出来たらどうする?」
「子供?」
男はぎょっとしたような声を出した。そして急に笑い出した。
「脅かすんじゃないよ、お前・・・・・」
「私、脅かしてなんか居ないわ」
女の声がキッとなった。
「ひょっとすると、そうかも知れないって、言っているの」
「・・・・・」
「だってもう二ヶ月もアレが無いのよ」
「まさか」
男はまた笑ったが、虚ろな笑い声だった。
「お前そうやって、俺の気持を試そうというのか?」
「そうじゃないってば!」
女は烈しい口調で言った。
「ほんとうに妊娠したかも知れないのよ」
「・・・・・」
「どうする?」
「どうするって、お前・・・」
男は困惑したように言った。
「もう少し経ってみなきゃ解らんだろうが・・・」
「もう少し経って、もしほんとうだったら、どうするの?」
「・・・・・」
「奥さんや社長にちゃんと話してくれるの?」
「ああ」
男は冷たい声で言った。
「その時はそうするより仕方無いだろうよ」
「きっとよ、ね」
「解った、解った」
男は急いで付け加えた。
「その話はまた今度ゆっくりしよう。さあ、もうそろそろ帰らなきゃならん時間だろうから、気をつけて帰れよ」
「送ってくれないの?」
「家の人や近所の人に出逢っても拙いだろう」
「そうね」
先ほど肉体を重ねた余燼が未だ残っているのか、女はあっさりと素直に肯んじた。
「また逢ってくれる?」
「ああ・・・。雨が降っているから、車は直ぐに拾えるかどうか判らんぞ」
「解った」
女は軽く男に片手を上げて、徐に、店から出て行った。
暫くして、男が独り言ちた。
「冗談じゃないよ。そんなことが親父に知れたら、俺は会社を首になって家からも追い出され、ホームレスになっちまうよ」
小降りになった雨は、そのまま止んでいく気配である。未だ雨音はしているものの、それも次第に弱まって来ていた。
嶋木が入口の扉を開けて外の様子を窺うと、軒や庇の無いビル街の大通りでは行き交う人々が右往左往して走り出し、先を競ってメインストリートのアーケードの下へ避難する姿が見て取れた。
雨は瞬く間に急激に烈しくなって来た。地面にしぶきを上げる雨脚が、暗い道路上にぼんやりと光って撥ねている。嶋木は、一瞬、吹き降りの雨を見上げ、直ぐに扉を閉めて店の中へ戻った。
此処クラブ「純」は、メインストリートと交叉する大通りを一筋北へ入った瀟洒なホワイトビルの一階に在る。入口を入ると直ぐ右手にクロークとカウンターが列なり、その奥に壁に沿ってコの字型のボックス席が設えられている。中央はカラオケステージになっていて、そのステージで客の一人が「雨の酒場で」をムーディーに唄っていた。
「わぁっ、濡れた、濡れた!」
腕や肩に降りかかった雨滴を素手やハンカチで拭いながら、突然、一組の男女が飛び込んで来た。二人はカウンターの一番奥に座るなり、直ぐにひそひそと話し始めた。
男がカウンターの中の嶋木にチラと目線を走らせたが、何も言わなかった。
「ああ、こんなに遅くなってしまったわ。私どうしたら良いんだろう」
そういった声は、二十五、六歳の若い女だった。
「どうってことはないよ。途中雨に降られて雨宿りをして来たと言えば、誰も何も言わないさ」
男がそう答えた。女扱いに慣れている物言いだった。
「常務が悪いんだから」
女は極めつけるように言った。
「カルチャーセンターへ行くまでの時間、途中で一寸待ち合わせて、軽く食事でもして直ぐに別れるんだろうと思ったのに、やっぱりあそこへ連れて行くんだから」
「何言っているんだよ。お前だって黙って従いて来たじゃないか」
常務と呼ばれた男はそう言って、含み笑いをした。
「そりゃ誘われれば女は弱いものよ。わたし、もう常務から離れられないわ」
女が男の肩に首を傾げて、不意に沈黙が落ち、男が女の肩を抱き寄せた。
話の様子では、同じ会社で不倫関係にある常務とその部下とが、終業後、途中で落ち合って、宜しくやって来たということであるらしい。
嶋木は胸の中で舌打ちした。
お前ら、そのうちに地獄を見ることになるぞ!・・・
腹の中で嶋木がそう罵った時、女が夢から覚めたかのように呟いた。
「でも、わたしたち、こんなことを続けていて、これから先、どうなるのかしら?」
「心配するなって。俺に任せろって言っているだろう!」
「奥さんと離婚して、私と結婚してくれるの?」
「勿論、そうだよ」
「でも、社長であるお父様が承知なさるかしら?」
「大丈夫だよ。親父には何れきちんと話をするよ」
「ほんとう?うれしい!」
そこで二人はまた肩を寄せて顔をくっ付け合った。
嶋木は苛々して、シェーカーを持った左腕の時計に眼をやった。時刻は午後十時半を過ぎていた。雨は幾分小降りになったようだった。
「ねえ」
女が甘い声を出した。
「もしもの話だけど・・・」
「何だよ」
「もしもよ、子供が出来たらどうする?」
「子供?」
男はぎょっとしたような声を出した。そして急に笑い出した。
「脅かすんじゃないよ、お前・・・・・」
「私、脅かしてなんか居ないわ」
女の声がキッとなった。
「ひょっとすると、そうかも知れないって、言っているの」
「・・・・・」
「だってもう二ヶ月もアレが無いのよ」
「まさか」
男はまた笑ったが、虚ろな笑い声だった。
「お前そうやって、俺の気持を試そうというのか?」
「そうじゃないってば!」
女は烈しい口調で言った。
「ほんとうに妊娠したかも知れないのよ」
「・・・・・」
「どうする?」
「どうするって、お前・・・」
男は困惑したように言った。
「もう少し経ってみなきゃ解らんだろうが・・・」
「もう少し経って、もしほんとうだったら、どうするの?」
「・・・・・」
「奥さんや社長にちゃんと話してくれるの?」
「ああ」
男は冷たい声で言った。
「その時はそうするより仕方無いだろうよ」
「きっとよ、ね」
「解った、解った」
男は急いで付け加えた。
「その話はまた今度ゆっくりしよう。さあ、もうそろそろ帰らなきゃならん時間だろうから、気をつけて帰れよ」
「送ってくれないの?」
「家の人や近所の人に出逢っても拙いだろう」
「そうね」
先ほど肉体を重ねた余燼が未だ残っているのか、女はあっさりと素直に肯んじた。
「また逢ってくれる?」
「ああ・・・。雨が降っているから、車は直ぐに拾えるかどうか判らんぞ」
「解った」
女は軽く男に片手を上げて、徐に、店から出て行った。
暫くして、男が独り言ちた。
「冗談じゃないよ。そんなことが親父に知れたら、俺は会社を首になって家からも追い出され、ホームレスになっちまうよ」
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