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相良武有

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第二章 フリーの一見客

⑤老人三人が覚束ない足取りで入って来た

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 老人三人が覚束ない足取りで入って来た。
「はい、こんばんわ、お邪魔しますよ」
三人は被っていた揃いの白いパナマ帽を脱いで、帽子掛けに掛けた。三人とも七十歳過ぎの老人で杖を突いていた。テレビや雑誌で時折、見かける顔のようだった。
一人は小説家で白い麻のジャケットをラフに羽織って下駄を履いていたし、もう一人はエッセイストで黒っぽい長袖のシャツを着て、腕捲りをしていた。三人目は売れない落語家で半そでのポロシャツに夏用のベストを着込んで黒縁の眼鏡を架けていた。三人三様の伊出達だった。
 酒の注文も一癖あった。
「ヤマザキのロックを下さい」
「俺はウイスキーの濃い水割りだ」
「僕は焼酎のビール割りを頂戴」
おいおい、大丈夫か、と嶋木は思った。
 三人はお通しを摘まみ乍ら早速に話し始めた。三人とも表情はニコニコしている。
「男と女の愛情なんて精々持って七年だよな」
「だから七年目の浮気ってことが言われるのか?」
「その後は夫々が惰性で暮らすだけなんだな」
「大体男が家に居ちゃいかんのだ。家の中に居るから直ぐに互いに飽きが早く来る」
「大凡、男が家の中で決めることなんて何も無いわさ。だから家にいる必要は無いんだよ」
「離婚するか別居するか、ということか?」
「或は家庭内別居だな。一つ屋根の下に棲んで、別々の部屋で暮らすか、一階と二階に別れて暮らすか、だ」
「要は、出来るだけ関わらないということがベターと言うことだな」
「旅に出るのも良いんじゃないか?」
「そうだ、旅行は良いね、気軽にひょこっと友達と旅に出る。旅は自分を解放し男を立て直すのに最適だね」
「俺たちも嫌やと言うほど一緒に旅をしたが、不思議と旅先で喧嘩したことは無いね、普段はしょっちゅう愚痴喧嘩をしているのに」
「玄関へ入るなり、いきなり口喧嘩したりして、さ」
「旅先では利害が一致しているから喧嘩しないんだよ」
「そうだな。折角の旅を楽しく快適に過ごしたいという思いは共通しているからな」
「女房や家族が居なくても良いが、友達が居ないと駄目だね。一緒に酒を飲める友達が居ないと、な」
「だから、酒は独り家で飲んで居ちゃ駄目なんだ、外で友達と与太話をしながら飲むもんだ。大勢の人と電車が往き来する夜の明るいプラットホームを、暗い酒場の窓からぼんやり眺めつつ、都会のオアシスだ、などとオダを上げ乍ら飲むのが良いんだよ」
「若い頃は、よくラブレターを書いたっけなぁ」
「ああ、書いた、書いた。恋文ってやつだ」
「ラブレターを書くと返事が気になったよな。早く来ないものかと心待ちにしたよ」
「返事が来て封を開ける時の一寸したときめきのようなものは今でも忘れ難いな」
「然し、返事は待ち遠しいが、余りにも早く返って来てしまうと却って興ざめだった。待つという期待の時間が奪われてしまって、な」
「時間をかけて言葉を探し、自分の思いを何とか相手に伝えたいと書いたラブレターに呆気無く返事が返って来ると、嬉しさが一寸希釈されたように感じたもんだ」
「書くことは考えることだよな。書くという行為は、自分の考えが徐々に整理されて行くのが実感出来るからな」
「誰もが使う出来合いの言葉を避け、自分の実感に最もフィットする言葉を探し乍ら書くという行為は、自分の考えを整理すると共に、思ってもいなかった考えの飛躍を齎すことがある。それは、普段、何かを突き詰めて考えるということが少ない所為だろうと思うよ」
「最近、メールやツイッターという用を足す為の短文だけになってしまっているが、ちょっと心配だな」
「メールやツイッターは思考の断片化を促進するからな。短い言葉だけで用を足す生活に慣れ過ぎると、物事を基本に立ち返って考える習慣に乏しくなる。用を足すだけの短文で友人や恋人と繫がっていて、果たして真実に大丈夫なのか、と俺も思うよ」
「コミュニケーションの基本には元々言語化出来ない感情や思想が有って、それを便宜上デジタル化した言語で相手に伝えようとする訳だろう。伝えられた方が単にデジタル情報として読み取るのではなく、デジタル情報の隙間から漏れて終った相手の思いや感情を自分の内部に再現して初めてコミュニケーションは成立するんだな」
「真実のコミュニケーションというのは、相手が言語化し切れなかった「間」を読み取ろうとする努力以外の何ものでもない筈だ。それが例えば、思い遣り、とも呼ばれるところのものであるだろうよ」
「心から愛するということも近頃はあまり聞かなくなったな」
「ある特定の相手の前に立つと、自分が最も輝いていると感じることがあるだろう。それが即ち、相手を愛しているということなんだよな。その相手の為に輝いて居たいと思うことが愛するということだからな」
「それはちょっと利己的過ぎないか?愛とは相手を深く理解し想うことであって、掛け替えの無い存在として相手を大切にすることではないのか?極論すれば、自分を捨ててでも相手に尽くすという利他的なものだと思うよ。自分の輝きを見つける為に相手を愛するというのは本末転倒だろう」
「然し、な。相手を深く愛し自分より大切に思えると言うのは、それはそれまでに無かった新しい体験だろう。ああ、自分はこんなにも相手を深く思うことが出来るんだという喜びを感じる時、そう思える自分は輝いているよな。輝いている自分をはっきり感じることが出来るだろうが、な」
「愛する人を失った時、失恋でも死別でも、それが痛切な痛みとして堪えるのは、愛の対象を失ったからではなく、その相手の前で輝いていた自分を失ったからだ、ということか?」
「そうだ、そうだ、その通りだ」
 一頻り小理屈をこねた後、最後に三人はココナッツ入りの白カレーを注文した。
嶋木は驚いた。
七十過ぎの老人三人がしこたま酒に酔った挙句に、こんな濃厚な白カレーを食べるのか?
だが、三人が三人ともペロリと綺麗に平らげてしまった。
「俺たちは最後に、未だ、これが喰えるから良いんだよな」
三人はそう言って千鳥足で帰って行った。
「有難うございました。杖などお忘れ物の無いようにして下さいね」
「あっ、いけねえ」
そう言ってエッセイストが元の席へ引き返して杖を持った。
「旨かったよ、有難うね」
なんとも憎めない矍鑠とした不良老人だった。
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