翻る社旗の下で

相良武有

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第一章 悔恨

第11話 麗子、佐々木に信頼を寄せる

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 「剣道は人間形成の道なんだ。流汗悟道、つまり、汗水流して一生懸命ものごとをやれば、自ずと道は開ける、ということだよ」
集中力と決断力、責任感と自主精神、相手を尊重する態度、健康と安全、敏捷性と巧緻性、それらを育むのが剣道の狙いなんだ、と佐々木は言った。
「気剣体の一致、元気な掛け声、三つの先、隙を打つ、これが、俺が道場で習った教えだよ」
「三つの先、と言うと?」
「先の先、対の先、後の先、要は先手必勝ということだ」
「隙を打つというのはどういうことなの?」
「心の隙、構えの隙、動きの隙、この三つの隙を突くということだね」
「なるほど、そういうことなの。何か囲碁や将棋なんかと通じるものが有るように思うわね」
「稽古は試合の如く、試合は稽古の如く、という道場の教えも有ったよ。日頃稽古する時には試合を意識して真剣に臨み、試合では稽古の時のようにリラックスして余計な力を抜いて戦えば良い結果が導かれる、ということだ。尤も俺の場合は、稽古は稽古の如く、試合は試合の如くで、練習にはさっぱり緊張感が無く、試合に及んでは緊張しまくっていたけれどね」
佐々木はそう言って快活に笑った。
「勝負には勝つ時もあれば負ける時もある。唯、勝った時も負けた時も、其処で終わってしまっては成長がないから、何故勝ったのか?何故負けたのか?気持はどうだったのか?間合いはどうだったのか?技はどうだったのか?試合を振り返りながらそういったことを反省し、次の工夫に活かし、それを目指して努力する、そういうことが大切なんだと思うのだが・・・な」
日頃の穏やかで寡黙な言動からは隠れて見えない、その中に潜んでいる佐々木の矜持の強さを垣間見て、麗子は彼に深い興味と関心を持った。
そして、佐々木の持っている、何事からも逃げない、難題にも冷静に対峙していく芯の強さと、少々のことは飲み込んでしまう寛容さと優しさに、その懐の深さに、次第に信頼を寄せるようになった。
 麗子は佐々木と居ると気持ちが和んで楽だった。嶋と居る時に感じた気負い立つような張り詰めた感情が、佐々木との間には無かった。
 佐々木は麗子とのことについて比較的オープンでフランクだった。麗子には嶋と逢っていた時のような他人に隠れて忍び合う罪悪感のようなものが無かった。
 やがて、ティールームでコーヒーを啜り合う二人の姿やレストランで微笑み合ってディナーを摂る姿、バーの止まり木やクラブのカウンターに並んで座っている姿やコンサートへ腕を組んで出かける姿が見かけられるようになった。二人は次第に友人としての垣根を越えて行くようだった。
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