我ら同級生たち

相良武有

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第四話 女庭師、遼子

①孤児遼子と級友後藤

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「久し振りに逢ったのに、なんだお前、浮かぬ顔をして」
居酒屋のカウンターで熱燗を啜り熱いおでんを頬張り乍ら、謙一が片頬に苦笑いを浮かべて後藤に言った。
後藤と謙一は小学校からの同級生で仲の良い友人同士だった。
後藤は高校を卒業した後、父親の営む家業の造園業で修業を積んでいたが、その父親が亡くなった今は後を継いで自前でやっている。
「どうだ、景気が上向いて来て、結構忙しいのだろう?」
「ああ、忙しいのは忙しいな。でもな、目一杯コストを叩かれるから一向に儲からんよ」
「結構じゃないか。塵も積もれば山となる、さ」
二人は暫く、仕事のこと、世間のこと、お互いの近況などを当り障り無く話し合った。
後藤は庭作りの話になると能弁になって楽しく話した。謙一が相槌を打ち質問をし、頷きながら後藤の話を聴いた。
それから、不意に後藤が話題を変えて謙一に聞いた。
「あのな、俺たちのクラスに小泉遼子という子が居たのを憶えているか?」
「ああ、憶えているよ。児童養護施設から通っていた可愛い子だろう」
「そうだ。あの可愛い娘だ」
 二人は高校時代のあの頃を懐かしく思い出した。
あの頃、後藤には遼子に淡い恋の憧れがあった。切れ長の涼しげな瞳に筋が通って先の尖った鼻、抜群のプロポーションで長い黒髪を波打たせて歩く遼子は男子生徒の憧れの的であった。だが、何かの折に鋭い尖った眼をして暗い陰りを覗かせる遼子には誰もが近寄り難かった。皆、遠くから眺めているだけだった。
 後藤と遼子は仲が良かった。
小学五年生に進級する時、初めてのクラス替えがあったが、五年一組に名を連ねた後藤は、どうか遼子も同じクラスであってくれ、と祈りにも似た必死の思いで、その名前が呼ばれるのに耳を澄ませた。
「五年一組、小泉遼子!」
結局、後藤と遼子は六年間同じクラスで机を並べることになった。あの時の、やったあ!という幸福感は今でも鮮明に思い出すことが出来る。
「小泉、また一緒や、な」
「うん、宜しく、ね、後藤君」
そして、年に一度の小学校の学芸会で、CDプレイヤーから流れる軽快な音楽に合わせて踊る遼子の姿を、後藤は、綺麗だ、と呆けるように見惚れたし、秋の運動会では、長身の遼子が長い脚を駆って疾走し、苦悶の表情を浮かべて他の生徒を追い抜いて行くのに喝采を送ったものであった。
 中学一年の夏休みが明けた或る日、遼子はクラスの男子生徒に白い半袖シャツの上から隆起が目立って来た胸を触られた。
「何するのよ!」
遼子は食って掛かって行ったが、相手はへらへらと嘲笑って他の仲間達とより一層囃し立てた。カッと腹を立てた遼子は、自分よりも体格の大きな相手に、矢庭に掴み掛かって行った。同級生達は男の子も女の子も、見て見ぬ振りで素知らぬ顔をしていた。
後藤はそんなクラスメイトに訳の解らぬ怒りを覚え、自分の大事な宝ものを汚されたようにも感じて、遼子に加勢して、一人で相手に殴り掛かって行った。机や椅子が乱れ、男の子が騒ぎ、女の子が叫喚した。それから何時とは無しに、遼子の後ろには後藤が付いて居る、ということになって、誰も遼子をからかったりする者は居なくなった。
 高校二年の秋の或る日、施設の遼子宛に一通の手紙が届いた。それはラブレターだった。ラブレターは同じ高校の同級生から出されたものであった。
君が好きだ、ゆっくり二人で話がしたい、就いては、今週の土曜日、午後二時に高校と同じ地名の名前が冠されている橋の下の河原で待っている、是非来て欲しい、そういう内容が熱い思いと共に綴られていた。
 翌日、遼子は下校時に後藤の袖を引っ張って相談を持ち掛けた。
「へえ~。なかなか彼奴もやるじゃない、行って来れば?」
「冗談言わないで、真剣に考えてよ」
「お前、行きたいのか行きたくないのかどっちなのだ?それが先決だろうが・・・それに、俺にどうしろと言うのだ?」
「そりゃ、あの人は、背は高いし、ハンサムだし、それに、秀才だし・・・でもね、私、あの人がこんな手紙を出す人にはどうしても思えないのよ」
「と言うと、どういうことだ?」
「誰かの悪戯じゃないかと思うの。誰かが私をからかって陰で嗤っているんじゃないかと、そんな気がするのよね。ねえ、ねえ、後藤君が行って見て来てくれない?」
「冗談言うなよ。俺が行ってどうするのだよ?」
「真実に来ているかどうか、見て来てくれれば、それで良いのよ」
「そうか、そう言われれば、東京の国立大を目指して受験勉強に忙しい秀才がそんなことを考えている余裕はないかも知れないな。よし解った。俺が行って見て来てやるよ。土曜日の午後二時だよな」
 結果は遼子の予測した通りだった。
誰かが秘かに隠れて様子を見ていたかも知れないが、当の秀才の姿は何処にもなかった。
後藤は遼子以上に憤慨し激怒した。
「必ず犯人を暴き出して吐かせてやるからな。待っていろよ、な、小泉」
後藤は謙一や信頼出来る仲間等に協力を仰ぎ虱潰しに聞き込みを始めた。
 十日後、後藤、遼子、謙一の三人は悪質な悪戯の犯人を特定して、当の河原へ呼び出した。体操部の女生徒二人に男子生徒一人の三人だった。男子生徒は、手紙にも宛先や差出人にも男文字が必要だ、と二人に頼まれたことをすらすらと喋ったが、女生徒は二人とも頑なにしぶとく白を切った。
「可愛い顔して、良いスタイルして、なのに、頭は低能なのか、二人は!少しは恥を知りなさいよ!」
辛抱し切れなくなった遼子は髪を振り乱して二人を袋叩きにした。自分でも訳の判らぬ凶暴さに駆り立てられていた。後藤が吃驚して途中で止めに入った程だった。男子生徒は立ち会っていた謙一に這いつくばって謝り、一発パンチを喰らって、そそくさと逃げ去った。
それから、遼子は、あいつは親無し子の孤児だ、やくざの妾の子だ、何をするか解らない怖い奴だ、と皆から白い眼で見られて蔑まれた。遼子は負けずに何時もきつい冷ややかな眼差しで睨み返したが、その度に胸の中に憤怒の波が大きく逆立った。
 後藤と遼子は卒業するまで仲良く過ごした。
学園祭の前夜祭では校庭に設えられた大きなキャンプファイアーを囲んでフォークダンスに興じたし、春休みには、他の仲間たち数人を誘って、桜の散り敷くサイクリングロードを歌声合わせて走った。白いマフラーを風に靡かせて軽快にペダルを漕ぐ遼子は誰よりも魅力的だった。
 だが、卒業した後、遼子からは音信が遠ざかり、やがて消息が絶たれてしまった。後藤にとっては甘酸っぱい淡い青春の思い出となった。
「俺たちと同い歳だから、もう結婚して、ひょっとすれば、子供も出来ているかも知れないな。お前、何処かで逢ったのか?」
「うん、逢った。だがな、悪いことに、あいつ、男を刺して刑務所に入っているんだ」
「えっ?どうしたんだ、また?」
「それが・・・」
「あいつは孤児院を巣立ってからどんな暮らしをして来たんだ?」
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