京都慕情

相良武有

文字の大きさ
27 / 65
第八話 恋のさや当て

①綾香と純と謙二

しおりを挟む
 銅版画や木版画、シルクスクリーンやリトグラフの作品などを照らしていたライトが消え、数台のカメラの動きが静止した。スタジオ内に流れていた緊張感が溶けて、スタッフの間に微かなざわめきが起こった。
副調整室のスタッフが本番終了を告げると、ディレクターの吉岡謙二はゆっくり立ち上がって、椅子の背凭れに架けてあった上着に腕を通しながら、スタジオへの階段を降りて行った。
 謙二がスタッフの一人と話しながらスタジオから出ると、三原純が廊下の壁に凭れて立っていた。純に気付いた謙二が訊ねた。
「よおォ、何しているんだ?」
「ちょっと、寄ったの、あなたが暇なら、お茶でも飲もうかと思って・・・」
「劇団の方、やっている?」
「まあまあね、やっているわよ」
 二人が入ったのは「京都テレビ」近くの喫茶店「マリヤ」だった。見るからにテレビ人間と思しき連中がそれぞれの席を占めていた。
テーブルに向かい合って座った謙二が純のネックレスに眼を留めた。
「良く似合うね、そのネックレス」
「これっ?」
胸に吊るしたネックレスを指で持ち上げながら純が答えた。
「そう?どうも有難う」
謙二は話の継ぎ穂を探すべく水を一口呑んだ。
「ねえ、あなたは私のこと、どう思っているの?」
「どうって?何を?」
「もう、嫌やになっちゃうなぁ。私のことを女として認めない男は、あなただけだわ」
「そうかい、そいつは失礼申し上げたね」
そう言いながら謙二が煙草を取り出すと、純がライターの火をすっと差出した。
「おい、止せよ」
そう言いつつも彼は、煙草にその火を点けて、話を続けた。
「男にライターの火なんか差出すのは、バーのホステスみたいで、余り良い感じじゃないぞ」
「あっ、そう。そういう言い方は全く関心の無い女には、普通、男はしないわよね」
「何だって?」
「だって、どうでも良い女なら、気に入らないネックレスをしていようが、ホステスの真似をしようが、気に障りもしないでしょう」
「さあ・・・」
「だからさ、あなたは少なくとも私に無関心じゃない、って考えてもいい訳だわ」
「おいおい、勝手な断定は下すなよ」
「何処が勝手なのよ。こんなことを言い出すのは、あなたがあんまりいつまでも私を子供扱いするからよ。もういつでも恋のお相手だって出来る年頃ですよ、って宣伝しているのよ」
「誰にしているんだ?」
「この人に」
純は真直ぐに謙二を指差した。
「ねえ、私、そんなに魅力無い?女として」
「おい、おい、あまり吃驚させるなよ」
「嫌や、誤魔化さないで!」
純の顔は笑っていなかった。真顔だった。
「ずっと前から好きだったわ。あなたも好きになってよ、私を!」
「よし、解かった」
 そこで謙二は不意に腕時計を見て立ち上がった。
「ちょっと、局へ電話を入れるよ。居場所を知らせておかないと、な」
彼は純の方を見ずにカウンターの向こうへ姿を消した。
謙二が席へ戻ると純が言った。
「じゃあ、又、来るわ」
「そうか・・・」

 その夜、仕上がって来たセーターを持って三原綾香は烏丸御池に在る吉岡謙二のマンションを訪れた。
彼は早速に腕を通して言った。
「暖かそうだな、有難う!色と言い、柄と言い、着心地と言い、流石にファッションデザイナー三原綾香の作品だね」
「どう?お気に召した?」
「気に召さぬも何も・・・」
謙二はそう言いながらそっと後ろから綾香を抱き締めた。
「駄目よ、謙二さん。今日はセーターを届けに来ただけなんだから・・・」
謙二がぐいっと綾香の両肩を捉まえた。
「何を今更、躊躇うんです?純ちゃんにですか?それとも、三原綾香と言うファッションデザイナーの名前にですか?」
「・・・・・」
「それとも、あなたが僕より歳上だからですか?尤も、歳上と言ったって三つしか違わない。そんなのは歳上の部類に入りませんよ」
彼は綾香を自分の方へ向き直らせ、両肩から腕を撫で擦った。
「何度言えば解かるんです?」
「だって、姉と妹が、同じ人を愛するなんて・・・」
「そんなこと、僕があなたを愛する障害にはなりません。僕はあなたが好きなんです、あなたの全てが欲しいんです」
唇が重なり合い、閉じた綾香の眼から涙が流れ出た。譫言のように彼女が言った。
「続かないわ、きっと・・・」
唇を離した謙二が綾香を諭した。
「あなたがそんなに気にするのなら、純ちゃんには僕からきちんと話しますよ」
「駄目、駄目・・・それだけは・・・」
綾香が声を抑えて消え入るように拒んだ。
「駄目よ、ね、駄目よ」
灯が消され、謙二の手が綾香を抱き上げて、二人は寝室へ入って行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

秋月の鬼

凪子
キャラ文芸
時は昔。吉野の国の寒村に生まれ育った少女・常盤(ときわ)は、主都・白鴎(はくおう)を目指して旅立つ。領主秋月家では、当主である京次郎が正室を娶るため、国中の娘から身分を問わず花嫁候補を募っていた。 安曇城へたどりついた常盤は、美貌の花魁・夕霧や、高貴な姫君・容花、おきゃんな町娘・春日、おしとやかな令嬢・清子らと出会う。 境遇も立場もさまざまな彼女らは候補者として大部屋に集められ、その日から当主の嫁選びと称する試練が始まった。 ところが、その試練は死者が出るほど苛酷なものだった……。 常盤は試練を乗り越え、領主の正妻の座を掴みとれるのか?

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

処理中です...