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第十話 行違った愛の思い
④信吾、招かれた美沙の別荘で酔っ払う
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夏になって、信吾は美沙から湘南逗子の別荘へ招かれた。
「あなたの実家は訪問したわ。今度はわたしのリゾートへ来てよ」
海がサファイアのように煌めき、其処此処に錨を下しているヨットは宝石の疵もさながらで、太平洋が巨大なトルコ石のように拡がっていた。ビーチには色鮮やかで豊満な肉体が幾つも幾つも横たわっていたし、大きな二つのホテルが、明るく輝く真っ平らな砂浜の上に、むっちりとした臀部の肉を想わせて盛り上がっていた。また、それを囲むようにダンシング・グレードとかカジノ・ブラッドレーとか、更には、東京の三倍の値段はする品物を並べた高級婦人服飾店や装身具の店などが十数件も集まっていた。
その日の夕刻、美沙の両親を交えての心愉しい晩餐会が別荘で催された。
信吾は請われるままによく話しよく呑んだ。が、酒に強い彼のいつもの実力は発揮されず、一時間も経つと、急に朦朧となって来た。舌がもつれて呂律が廻らなくなった信吾は自分でもそれに気付いて、分っていた。そして、これは困ったなぁ、と思うと同時に可笑しくて堪らない気持も動き出していた。
一目で状況を吞み込んだ美沙は、彼を外に連れ出さなければ、と思った。
家の外へ出てリムジンに乗り込み、暫く走ると、信吾が目を覚まし、声高に歌を唄い始めた。下卑た卑猥な歌だった。
♪♪入学式は超ミニで パンツちらちら色仕掛け 担当教授とホテル行き 単位の予約も済ませたの・・・夏のバイトは海の家 可愛い男を食い放題 秋のお見合い前にして お腹の赤ちゃん誰のもの・・・♪♪
美沙は信吾がこんな歌を平気で口遊む様を寛大に聞き流そうとしたものの、恥ずかしいやら不愉快やらで、口を固く閉ざしていた。
一時間のドライブで信吾の酒気は幾らか醒めた。帰宅した時の彼は少し賑やか過ぎるくらいで、美沙も、この分なら大丈夫か、と胸を撫で下ろした。だが、彼が迂闊にもついつい手にした二杯のカクテルで何もかもが目茶苦茶になってしまった。信吾は十五分もの間、両親に向かって大きな声で、然も、些か失礼なことを喋り続けた挙句に、そのまま椅子から滑り落ちて寝入ってしまった。両親は悍ましい貌で、黙殺にしか値しないと言う態で彼を眺めた。
翌日、目覚めた信吾は、美沙以外の人間にはどう思われようと構わなかったが、今日はおとなしく真面にやろうと考え、朝から全身に冷たいシャワーを浴びて酒気を追い払った。
そして、例の二人の生真面目な話し合いが始まった。
美沙が言った。
「あなたの酒好きは承知していたけれども、こんな状況は予想もしていなかったわ。結局、お互いは似合いの相手じゃないのではないかしら?人生に対する考え方が余りにも違い過ぎるわ」
信吾は酷く深刻な表情で聞いていた。
美沙が続けた。
「昨夜のことはよく考えてみなければならないわ。今日のうちに結論を出す心算は無いけれど、とても、とても残念だわ」
午後になって信吾は両親と長いこと話をしたが、その間、美沙は傍に坐ったまま何も言わずに話を聞いていた。
信吾は自分の非を詫びた。丁寧に意を尽くして詫びた。が、それだけだった。彼は卑屈になることも無く、誓約するでもなく、恐縮する訳でも無く、ただ人生についてのしかつめらしい考えを二言、三言述べただけだった。自尊心が高く、自分のことは他人から言われるまでも無く、自分で承知しているのが建前の信吾にしてみれば、それは極めて当然のことであった。
「酒は精神を高揚させ肉体を活性化します。酒を飲むと頭が冴え、血が沸き、肉が躍ります。酒は苦薬ではなく美薬です、百薬の長です」
「然し・・・」
「人生は瞬く夢の間です。女は美と輝きを増し、男は夢と昂揚を膨らませます。男も女も、人は誰しも皆、愛、横溢する生命、高揚、克己、許容、受容、矜持、誇り、希望などを、それらの一つ一つを、或は、幾つかを一からげにして、獲得して行きます。門は開け放たれ、太陽が昇り、並び立つ高層ビルの東方から美しいものが横溢します」
信吾は窓から見える大海原の水平線に接する輪郭線を眺めやって、そう叫んだ。
何と言う激しい情熱、溌溂たる生気!・・・
美沙が結論的に言った。
「この程度の失敗は誰にだって有るし、それに、人生を決定づける程の重大な失敗では無いわ」
信吾は彼女との仲が再び繋がったことに満足し、美沙は美沙でほっと胸を撫で下ろしたけれども、自分たちにとっての絶好の機会が永遠に去ってしまったことには二人とも気付かなかった。
「あなたの実家は訪問したわ。今度はわたしのリゾートへ来てよ」
海がサファイアのように煌めき、其処此処に錨を下しているヨットは宝石の疵もさながらで、太平洋が巨大なトルコ石のように拡がっていた。ビーチには色鮮やかで豊満な肉体が幾つも幾つも横たわっていたし、大きな二つのホテルが、明るく輝く真っ平らな砂浜の上に、むっちりとした臀部の肉を想わせて盛り上がっていた。また、それを囲むようにダンシング・グレードとかカジノ・ブラッドレーとか、更には、東京の三倍の値段はする品物を並べた高級婦人服飾店や装身具の店などが十数件も集まっていた。
その日の夕刻、美沙の両親を交えての心愉しい晩餐会が別荘で催された。
信吾は請われるままによく話しよく呑んだ。が、酒に強い彼のいつもの実力は発揮されず、一時間も経つと、急に朦朧となって来た。舌がもつれて呂律が廻らなくなった信吾は自分でもそれに気付いて、分っていた。そして、これは困ったなぁ、と思うと同時に可笑しくて堪らない気持も動き出していた。
一目で状況を吞み込んだ美沙は、彼を外に連れ出さなければ、と思った。
家の外へ出てリムジンに乗り込み、暫く走ると、信吾が目を覚まし、声高に歌を唄い始めた。下卑た卑猥な歌だった。
♪♪入学式は超ミニで パンツちらちら色仕掛け 担当教授とホテル行き 単位の予約も済ませたの・・・夏のバイトは海の家 可愛い男を食い放題 秋のお見合い前にして お腹の赤ちゃん誰のもの・・・♪♪
美沙は信吾がこんな歌を平気で口遊む様を寛大に聞き流そうとしたものの、恥ずかしいやら不愉快やらで、口を固く閉ざしていた。
一時間のドライブで信吾の酒気は幾らか醒めた。帰宅した時の彼は少し賑やか過ぎるくらいで、美沙も、この分なら大丈夫か、と胸を撫で下ろした。だが、彼が迂闊にもついつい手にした二杯のカクテルで何もかもが目茶苦茶になってしまった。信吾は十五分もの間、両親に向かって大きな声で、然も、些か失礼なことを喋り続けた挙句に、そのまま椅子から滑り落ちて寝入ってしまった。両親は悍ましい貌で、黙殺にしか値しないと言う態で彼を眺めた。
翌日、目覚めた信吾は、美沙以外の人間にはどう思われようと構わなかったが、今日はおとなしく真面にやろうと考え、朝から全身に冷たいシャワーを浴びて酒気を追い払った。
そして、例の二人の生真面目な話し合いが始まった。
美沙が言った。
「あなたの酒好きは承知していたけれども、こんな状況は予想もしていなかったわ。結局、お互いは似合いの相手じゃないのではないかしら?人生に対する考え方が余りにも違い過ぎるわ」
信吾は酷く深刻な表情で聞いていた。
美沙が続けた。
「昨夜のことはよく考えてみなければならないわ。今日のうちに結論を出す心算は無いけれど、とても、とても残念だわ」
午後になって信吾は両親と長いこと話をしたが、その間、美沙は傍に坐ったまま何も言わずに話を聞いていた。
信吾は自分の非を詫びた。丁寧に意を尽くして詫びた。が、それだけだった。彼は卑屈になることも無く、誓約するでもなく、恐縮する訳でも無く、ただ人生についてのしかつめらしい考えを二言、三言述べただけだった。自尊心が高く、自分のことは他人から言われるまでも無く、自分で承知しているのが建前の信吾にしてみれば、それは極めて当然のことであった。
「酒は精神を高揚させ肉体を活性化します。酒を飲むと頭が冴え、血が沸き、肉が躍ります。酒は苦薬ではなく美薬です、百薬の長です」
「然し・・・」
「人生は瞬く夢の間です。女は美と輝きを増し、男は夢と昂揚を膨らませます。男も女も、人は誰しも皆、愛、横溢する生命、高揚、克己、許容、受容、矜持、誇り、希望などを、それらの一つ一つを、或は、幾つかを一からげにして、獲得して行きます。門は開け放たれ、太陽が昇り、並び立つ高層ビルの東方から美しいものが横溢します」
信吾は窓から見える大海原の水平線に接する輪郭線を眺めやって、そう叫んだ。
何と言う激しい情熱、溌溂たる生気!・・・
美沙が結論的に言った。
「この程度の失敗は誰にだって有るし、それに、人生を決定づける程の重大な失敗では無いわ」
信吾は彼女との仲が再び繋がったことに満足し、美沙は美沙でほっと胸を撫で下ろしたけれども、自分たちにとっての絶好の機会が永遠に去ってしまったことには二人とも気付かなかった。
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