愛の裏切り

相良武有

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第十四話 セレブな女

②三条麗子の誕生パーティー

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 八月の第二日曜日、それは三条麗子の誕生パーティーが軽井沢の別荘で開かれる日であった。何もかもが気怠くのんびりした日だった。
 その青年はロックバンドと一緒にやって来た。尤も、彼はミュージシャンではなくイベント会社から派遣されて来たアルバイトの学生だった。
 麗子が最初に彼を見たのは、昼少し前、青年が片膝を着いて、プールの周りの木立にエレキのコードを巻き付けている時だった。彼は良く陽に焼けた細身の身体に短いスポーツ刈りと言った姿で、麗子の聞いたことの無いメロディを口遊んでいた。
 木立を掻き分けながらビーチから戻って来た麗子を見上げた彼は、身じろぎもせずにそのまま麗子を見詰めた。彼女は白いビキニを着て、その身体は水に濡れてきらきらと光り、テニスで鍛えた肢体はよく締まっていた。全身隈なく小麦色だった。
見詰められた麗子は内心ギクッとしたが、何気無いように気楽に装って彼に向かって近づいて行った。
「あなた、何方?」
「イベント会社の学生バイトです」
思ったより太く低い声で彼は話した。
二十歳くらいだろうか?・・・
「今日の午後、此処でパーティーがあるんでしょう?」
「ええ、そうよ」
青年が名乗った。
「俺、多田哲司と言います、宜しくお願いします」
「そう。私は三条麗子よ、宜しくね」
続けて麗子が言った。
「そろそろ、昼時ね。冷たいコーヒーでも煎れてあげましょうか?」
「ああ、それは有難いですね。是非お願いします」

 その日の午後はパーティーの所為で賑やかな午後になった。
麗子は何しろ理事長の娘である。大学や病院の関係者、学生時代の友人たち、テニスの仲間たち、チャリティー団体の人々などなど、大勢の招待客が所狭ましと詰めかけていた。唯、麗子の両親や家族の者は誰も姿を見せてはいなかった。
 誕生日を祝うスピーチがあり、客達の取り留めない雑談があり、気に入った友人や互いに見知らぬ人たちの間で交わされる挨拶があり、その間にはロックバンドの演奏もあった。新しい女房と上手く行っていないと不満を訴える男友達が居たし、別れた男との打ち明け話をする女友達が居た。金利の低下と国の財政赤字を嘆き合っている赤ら顔の男たちや熱海が避暑地としては廃れてしまったと言う女たちも居た。
 浩介が麗子の別荘に辿り着くと、門を入る前にパーティーのざわめきが聞こえて来た。玄関のエントランスに設えられた帽子掛けにパナマ帽をかけてから、彼は人で混み合っているフロアに足を踏み入れた。ブルーのサングラスは胸のポケットに仕舞い込んだ。
 ボリューム一杯に鳴る音楽が部屋を振動させていた。その広々としたフロアにパーティー用の紙帽子を被った男女が踊り狂い、踊っていない客同士が音楽のボリュームに負けない大声で怒鳴り合うように話していた。
浩介は入口に近い壁に寄りかかって手持ち無沙汰に突っ立った。麗子は何処にも見当たらないし、其処に居る誰一人として知っている者は居なった。
酒と煙草が匂い、テーブルの上にはハムやチーズやローストビーフ、ポテトチップスやクラッカーや野菜サラダなどの摘みと幾種類ものディップ、それにバラ寿司や手巻きの寿司が並んでいた。例のパーティー帽やラッパも山積みされていた。
蠢く人の中に麗子の姿を求めて浩介が辺りを見渡した時、桜井祥子とばったり顔を突き合わせた。
「麗子!麗子!」
祥子が音楽のボリュームに負けまいと大声で叫んだ。
「桂木さんが、浩介さんが来ているわよ!」
 祥子が手を振った。部屋の奥の方に麗子の姿が見えた。
彼女は胸の大きく開いた黒のドレスを着て短いスポーツ刈りの若い男と踊っていた。彼女は浩介の方を見て微笑しながら手を振ったが、そのまま踊り続けた。
「ねぇ、何か飲物を持って来てあげましょうか?」
祥子に訊かれて浩介は答えた。
「うん、そうだな、ウイスキーの水割りでも貰おうか」
祥子はバーの在る屋台の方へ歩き去り、浩介はその間も踊る麗子をじっと見詰めていた。
彼女の肉体にはエネルギーと力が溢れ、その小さくて激しい動きは短いスポーツ刈りの若者さえ圧倒しているようだった。麗子を見つめながら、彼は喉が渇いて、胃の辺りに重々しいものを感じ始めた。自分の周りに居る者は、見渡す限り、固くて引き締まった肉体の若者ばかりに見えて来た。異世界へ入った浦島太郎のような感覚を浩介は憶えた。
「はいっ、浩介さん、あなたの飲物よ」
突然、祥子の声がした。
「氷も少し多い目に入れて来たわ、良いでしょう?」
その時、若い背の高い男が祥子の手を取ったかと思うと、彼女を引浚うかのように身軽に踊りに誘い込んで行った。
次の瞬間、突然、音楽が止み、急に踊りを中断された男女が口々に文句を言い出した。
「何やっているんだよう!もう・・・」
 
 音楽が変えられている間に、麗子が先ほどの若い男を後ろに従えて浩介の処へやって来た。
「ねえ、どう?最高のパーティーでしょう?」
そう言いながら彼女は浩介にハグし、多田哲司、と言うその若い男を紹介した。彼女が浩介の耳元で囁いた。
「この子、今日の私のボーイフレンドなの。でも、気にしないで、ね」
 新しい客が入って来た。
彼女はその客に寄り添うとパーティー帽を手渡して中へ招じ入れた。テーブルの上の食べ物の山からワインを一本抜き取りながら、浩介の方を向いて言った。
「ねえ、浩介さん。こちら中井明君って言うの。私の高校時代の同級生なの。中井君はねえ・・・食品スーパーの後を継いで・・・ねぇ・・・」
 麗子は手にしたグラスを半分ほど空けていたが、浩介には彼女が酔っ払っていることが直ぐに解かった。未だ、足元はしっかりしていたが、もはや素面とは言えなかった。眼には薄い膜が掛かり、口元の微笑は固定したままピクリとも動かなかった。
気が付くと、多田哲司も中井明も何処かへ姿を消して、フロアには更に増えた客達が溢れるほどに犇めいていた。
麗子は飲みながら浩介に話し続けた。
「ねえ、あなたのマンションのことだけど、あそこは少し模様替えをした方が良いんじゃない?だって、あなたの持っている物は暗くて地味で古ぼけちゃっているでしょう。何もかも、黒っぽくてヘビーで、ほら、あの本棚、あんなのはもう要らないでしょう?何処かに預けるか捨てたらどう?私の言いたいことが解かる?」
浩介は黙って肩を少し持ち上げ、両掌を開いて麗子の手を握った。その掌が濡れていた。
「それに、あなたの処、鏡が無いのよねぇ」
麗子はテーブル越しに自分の一寸強張った全身を鏡に映しながら言った。
「鏡が在ると部屋がう~んと明るくなるわ。広くも見えるし、あんな物、簡単に取り付けられるしね・・・」
 人混みの中から多田哲司が現れて、麗子の手を乱暴に掴むとダンスフロアに彼女を連れて行き、二人は話し乍ら、先刻よりももっと激しく踊り始めた。

 浩介は静かにドアの方へと後退りを始めた。そして、パナマ帽を手に取ると玄関から門まで一気に走り、あの孤独で暗い自分のマンションへと再び帰って行った。
ああ、やっぱり、住む世界が違ったんだぁ・・・
浩介は思っていた。
生まれが違う、育ちが違う、環境が違う、立場が違う、身分が違う。当然ながら、価値観も違うだろう。二人は不似合いだ、不似合いは不縁の元だ・・・
彼はこれまで見ていた浮ついた夢から覚めて我に返り、足を地に着けた現実の自分に戻った。
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