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俺はまだ、咲坂雪菜の痛みに触れられない。
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廊下に出ると、すぐに小杉先輩と森内の姿があった。
二人は俺が出てくるのを待っていたようだった。
彼らにしても田尻研究室というマイナーなサークルではあるが積極的にメンバーと関わろうとしているのだろう。
俺たち三人は1Fの自販機の前に進み、各々が思い思いの飲み物を買い、廊下の長椅子に座った。
俺はいつも通り微糖のコーヒーを買った。
そして、いきなりオカルト女子の和風美人、森内が話しかけてきた。
「咲坂さんはどうしたの?」
なぜか目を輝かせている森内。
「田尻に呼ばれて、話してる。直ぐ来ると思うよ」
「そう」
森内は意味深な笑みを浮かべた。
「ん?何?」
「櫻井君と咲坂さんは付き合ってるの?」
俺は飲みかけた缶コーヒーを「ブハッ」と吐き出してしまった。
「な、そんな訳ないでしょ?」
「そう?とても近しい関係に見えたから、ねえ?小杉さん?」
と隣にいた小杉に森内は同意を求めた。
「けしからんな、君は。あんな綺麗な人と付き合うなんて」
だから人の話聞けよ?
付き合ってないって言ったよね?
人の話にあまり興味を示さないオタク安定のリアクションに萎えた。
「いやいや、付き合ってないです。つい先日会ったばかりだし」
「フフフ……。ならば、よほど相性がいいのね。二人のアイコンタクトとか恋人そのものよ」
なんだこの恋愛脳は?
なんで俺と咲坂のアイコンタクトしっかり観察してんだよこのオカルト娘は?
「あれだ……櫻井と咲坂さんはソウルメイトってやつだな」
今度は至極まじめな顔で、小杉先輩が意味不明なことを賜った。
いきなり何言ってんだこの人?ソウルメイト?あんたもスピリチュアルなネタ好きなのかよ?
そんなワード出したもんだから、案の定森内さん食いついた。
「だよね?だよね?私もそう思った。魂の伴侶、ソウルメイト。いいなあ」
ホントなんなのこの人たち?
森内はオカルト脳だけじゃなくて恋愛脳の方が強そうだな……注意が必要だ。
「おまたせ」
そう言いながら咲坂が階段から下りてきた。
「あらためまして咲坂です。よろしくお願いします」
咲坂らしく魅力的な笑顔を添えて律儀に頭を下げた。
田尻に呼び止められた時は、不安な顔をしていた咲坂だが、今見る表情は少しばかり明るい。
「咲坂、大丈夫か?」
「うん、平気。後で話すね」
「そうか」
そんな俺たちの、淀みないやり取りをウットリ見つめていた森内がボソリと言った。
「いいわあ……」
だからその恋愛脳ヤメレ。
小杉先輩と森内と別れた後、俺と咲坂はキャンパスを出て駅に向かっていた。
俺は田尻の得体のしれない能力を目の当たりにしてかなり動揺していたが、小杉先輩と森内との暢気な会話に付き合わされて、気持ちはすっかり平常モードまで回復していた。
また俺は思いのほか、咲坂の表情が明るかったので、少し安心して咲坂に尋ねてみた。
「どうだった?田尻の話」
「うん。田尻先生、私の抱える問題、ほぼ理解しててびっくりした」
「まあ、だろうな」
「義人は、私が呼ばれた時、それに気付いてんだよね?」
「ああ、自己紹介の前に俺の考えを一瞬で読んで見せたからな。田尻ならそれくらいたやすいと思ったよ」
「そうなんだ。もう私は“なんで?なんで?”って驚いてばっかりだったよ」
咲坂は田尻を思い出しているのか、顔が引きつっていた。
「まあ普通はそうなるよな……あんなのもう超能力レベルだよ」
俺は苦笑しつつそう応えた。
「でも、義人はすぐに田尻先生の能力に気づいたんでしょ?私は全く気づけなかったのに」
「あれは、咲坂よりも前に俺の思考を読んできたからな」
あのシチュエーションでは田尻の能力を直接突き付けられたのは俺だけだ。
だから俺以外、田尻の超人的な洞察力に気付きようがない。
俺だってその能力が俺に向けられたものでなければ、当然気付かなかったはずだ。
それくらい田尻の能力は、あまりに隙がなく鋭利すぎた。
それは音もなく相手を破壊するステルス戦闘機のようだった。
「で、田尻はなんて?」
「うん、まあ……ね」
咲坂は急に言い淀んでしまった。
そうか、まだ言いたくないか。
まだそこは踏み込んではいけなかった。
ついうっかりと距離を詰め過ぎた。
咲坂の表情が明るかったので、見誤ってしまった。
咲坂の男を惹きつけすぎる“魔性”は、彼女が特別美しいとか、天賦の魅力とか、そんな曖昧な言葉では説明できない。
それはきっと彼女の深い部分に、その遠因がある。
そして、そこは誰もが簡単に踏み込んでいい場所ではない。
あれだけの異常性だ。その遠因が非常にデリケートかつプライベートすぎる内容であるのは間違いない。
だから咲坂もそれに触れようとすると、心が拒否反応を示す。
俺は上條社長の前で宣言した「咲坂に告白する」というミッションは、未だに実現していない。
情けないが、上條社長に啖呵を切った割に彼女の、その深い部分にまで踏み込む勇気が持てないでいる。
俺がこんな中途半端な状態なのに、彼女が心を開けるわけがない。
「無理して話さなくていいからな?」
「ご、ごめんね……」
咲坂は悲痛な顔でそう小さく呟いた。
その表情は辛いというよりも、少し寂しげに見えた。
その寂しげな表情は、咲坂自身が心を開けないというもどかしさからくるものなのか?
はたまた俺がいつまでも中途半端な状態で接するからなのか……ついには知ることができなかった。
「俺こそ申し訳ない。無遠慮に訊ねすぎた」
「義人は悪くないよ……悪いのは勇気のない私だから」
そうではない。
咲坂に全く非はないんだ。
また俺は、咲坂にこんなにも辛そうな顔をさせてしまったことを後悔する。
「そういえば田尻先生、義人のことは評価してたよ?」
暗くなってしまった空気を断ち切るように、咲坂は表情を明るくしてそう話題を変えた。
「え? そうなのか?さっきは自己紹介でダメダメなところしか見せてない気がしたけど?」
どう考えても、田尻が俺を評価するべきポイントが思い浮かばない。
「義人を頼ったのは正解だって」
「えっ!? そんなことを田尻が?」
「うん。それが嬉しかったの」
そうか、だから咲坂の表情は明るかったのか。
つまり、咲坂が勇み足で俺を頼ったことが間違っていなかったことを安心したんだ。
田尻が何をどう判断して俺が必要と言ったのか、俺にはまったく理解できない。
ただ――あの田尻がそう言ったのなら、確かにそうなのだろうとも思う。
「田尻がそう言った」
今の俺にとってこの言葉が、今は、もっとも確実な説得力を持つ。
田尻は、おそらく間違えない。
しかし、だとしても俺はこれから何をしたらいいのか?
もう躊躇してばかりはいられない。
そう――もう咲坂のあんな顔を見たくない。
二人は俺が出てくるのを待っていたようだった。
彼らにしても田尻研究室というマイナーなサークルではあるが積極的にメンバーと関わろうとしているのだろう。
俺たち三人は1Fの自販機の前に進み、各々が思い思いの飲み物を買い、廊下の長椅子に座った。
俺はいつも通り微糖のコーヒーを買った。
そして、いきなりオカルト女子の和風美人、森内が話しかけてきた。
「咲坂さんはどうしたの?」
なぜか目を輝かせている森内。
「田尻に呼ばれて、話してる。直ぐ来ると思うよ」
「そう」
森内は意味深な笑みを浮かべた。
「ん?何?」
「櫻井君と咲坂さんは付き合ってるの?」
俺は飲みかけた缶コーヒーを「ブハッ」と吐き出してしまった。
「な、そんな訳ないでしょ?」
「そう?とても近しい関係に見えたから、ねえ?小杉さん?」
と隣にいた小杉に森内は同意を求めた。
「けしからんな、君は。あんな綺麗な人と付き合うなんて」
だから人の話聞けよ?
付き合ってないって言ったよね?
人の話にあまり興味を示さないオタク安定のリアクションに萎えた。
「いやいや、付き合ってないです。つい先日会ったばかりだし」
「フフフ……。ならば、よほど相性がいいのね。二人のアイコンタクトとか恋人そのものよ」
なんだこの恋愛脳は?
なんで俺と咲坂のアイコンタクトしっかり観察してんだよこのオカルト娘は?
「あれだ……櫻井と咲坂さんはソウルメイトってやつだな」
今度は至極まじめな顔で、小杉先輩が意味不明なことを賜った。
いきなり何言ってんだこの人?ソウルメイト?あんたもスピリチュアルなネタ好きなのかよ?
そんなワード出したもんだから、案の定森内さん食いついた。
「だよね?だよね?私もそう思った。魂の伴侶、ソウルメイト。いいなあ」
ホントなんなのこの人たち?
森内はオカルト脳だけじゃなくて恋愛脳の方が強そうだな……注意が必要だ。
「おまたせ」
そう言いながら咲坂が階段から下りてきた。
「あらためまして咲坂です。よろしくお願いします」
咲坂らしく魅力的な笑顔を添えて律儀に頭を下げた。
田尻に呼び止められた時は、不安な顔をしていた咲坂だが、今見る表情は少しばかり明るい。
「咲坂、大丈夫か?」
「うん、平気。後で話すね」
「そうか」
そんな俺たちの、淀みないやり取りをウットリ見つめていた森内がボソリと言った。
「いいわあ……」
だからその恋愛脳ヤメレ。
小杉先輩と森内と別れた後、俺と咲坂はキャンパスを出て駅に向かっていた。
俺は田尻の得体のしれない能力を目の当たりにしてかなり動揺していたが、小杉先輩と森内との暢気な会話に付き合わされて、気持ちはすっかり平常モードまで回復していた。
また俺は思いのほか、咲坂の表情が明るかったので、少し安心して咲坂に尋ねてみた。
「どうだった?田尻の話」
「うん。田尻先生、私の抱える問題、ほぼ理解しててびっくりした」
「まあ、だろうな」
「義人は、私が呼ばれた時、それに気付いてんだよね?」
「ああ、自己紹介の前に俺の考えを一瞬で読んで見せたからな。田尻ならそれくらいたやすいと思ったよ」
「そうなんだ。もう私は“なんで?なんで?”って驚いてばっかりだったよ」
咲坂は田尻を思い出しているのか、顔が引きつっていた。
「まあ普通はそうなるよな……あんなのもう超能力レベルだよ」
俺は苦笑しつつそう応えた。
「でも、義人はすぐに田尻先生の能力に気づいたんでしょ?私は全く気づけなかったのに」
「あれは、咲坂よりも前に俺の思考を読んできたからな」
あのシチュエーションでは田尻の能力を直接突き付けられたのは俺だけだ。
だから俺以外、田尻の超人的な洞察力に気付きようがない。
俺だってその能力が俺に向けられたものでなければ、当然気付かなかったはずだ。
それくらい田尻の能力は、あまりに隙がなく鋭利すぎた。
それは音もなく相手を破壊するステルス戦闘機のようだった。
「で、田尻はなんて?」
「うん、まあ……ね」
咲坂は急に言い淀んでしまった。
そうか、まだ言いたくないか。
まだそこは踏み込んではいけなかった。
ついうっかりと距離を詰め過ぎた。
咲坂の表情が明るかったので、見誤ってしまった。
咲坂の男を惹きつけすぎる“魔性”は、彼女が特別美しいとか、天賦の魅力とか、そんな曖昧な言葉では説明できない。
それはきっと彼女の深い部分に、その遠因がある。
そして、そこは誰もが簡単に踏み込んでいい場所ではない。
あれだけの異常性だ。その遠因が非常にデリケートかつプライベートすぎる内容であるのは間違いない。
だから咲坂もそれに触れようとすると、心が拒否反応を示す。
俺は上條社長の前で宣言した「咲坂に告白する」というミッションは、未だに実現していない。
情けないが、上條社長に啖呵を切った割に彼女の、その深い部分にまで踏み込む勇気が持てないでいる。
俺がこんな中途半端な状態なのに、彼女が心を開けるわけがない。
「無理して話さなくていいからな?」
「ご、ごめんね……」
咲坂は悲痛な顔でそう小さく呟いた。
その表情は辛いというよりも、少し寂しげに見えた。
その寂しげな表情は、咲坂自身が心を開けないというもどかしさからくるものなのか?
はたまた俺がいつまでも中途半端な状態で接するからなのか……ついには知ることができなかった。
「俺こそ申し訳ない。無遠慮に訊ねすぎた」
「義人は悪くないよ……悪いのは勇気のない私だから」
そうではない。
咲坂に全く非はないんだ。
また俺は、咲坂にこんなにも辛そうな顔をさせてしまったことを後悔する。
「そういえば田尻先生、義人のことは評価してたよ?」
暗くなってしまった空気を断ち切るように、咲坂は表情を明るくしてそう話題を変えた。
「え? そうなのか?さっきは自己紹介でダメダメなところしか見せてない気がしたけど?」
どう考えても、田尻が俺を評価するべきポイントが思い浮かばない。
「義人を頼ったのは正解だって」
「えっ!? そんなことを田尻が?」
「うん。それが嬉しかったの」
そうか、だから咲坂の表情は明るかったのか。
つまり、咲坂が勇み足で俺を頼ったことが間違っていなかったことを安心したんだ。
田尻が何をどう判断して俺が必要と言ったのか、俺にはまったく理解できない。
ただ――あの田尻がそう言ったのなら、確かにそうなのだろうとも思う。
「田尻がそう言った」
今の俺にとってこの言葉が、今は、もっとも確実な説得力を持つ。
田尻は、おそらく間違えない。
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