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競技の天才と武道の俺との距離
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「よろしくね?」
超有名人の未惟奈にそう言われれば、誰だって動揺はするだろう。
でも、未惟奈のたった一言で浮かれすぎるのも情けないので、さすがにこれはアメリカナイズされた彼女ならではのリップサービスであろうと、ざわついた心を一旦収めた。
そんな時に…
保健室の引き戸が、大げさな音と共に激しく開けられた。
突然のことで部屋にいた誰もが一瞬**「ビクリ」**と緊張した。
パーテーションから顔を出した面々は、その開かれた引き戸の上枠に頭が届きそうなくらいに大柄な男性を見て驚嘆した。そして、その姿はあまりに学校の保健室にはそぐわなかった。
背が高いだけではない。異常な肩幅から始まる逆三角形と丸太のような大腿部。そして何よりも印象的なウィリス未惟奈と同じ青い瞳。
俺も一瞬**「怪訝な顔」**をしたが、すぐにその表情は別のものに変わっていた。
それはそうだろう。
この男は陸上に興味のない俺だって知っている世界のスーパースター、エドワード・ウィリス。そして未惟奈の父親だ。
彼からしたら俺は**「娘を危険に合わせた相手」**ということになる。
俺は背中からいやな汗が噴き出し、焦燥感で顔が歪んだ。
前途有望な大事な大事な一人娘を体育館の壇上から転げ落とした男を見た父親が取るリアクションは?
『おのれ小僧!!』
と怒鳴られるだけならまだいい。
『野郎ぶっ殺してやる!!』
なんてことにだってなりかねない。
案の定、エドワード・ウィリスは、空手着を着た俺に鋭すぎる視線を向け、舐めるように俺の身体を見据えた。
「や、やばい……」
本気で生命の危機を感じとった俺の行動は早かった。
「申し訳ございません!!」
そう叫びながら俺は恥も外聞もなく両膝をつき突っ伏して詫びた。
「おいおい!なんだ君は、いきなり?」
俺の突然の**「土下座」**に面喰ったウィリス父は、鋭い眼光を奥に引っ込めてくれた。
「ええっと、君は?」
「あの、先ほど体育館で未惟奈さんと対戦した神沼翔と言います」
「ああ、だよね。なるほど未惟奈を負かしたのは君か……ああ、申し遅れたが私は未惟奈の父親のエドワード・ウィリスだ」
「ええ、もちろん存じ上げてます。先ほどはホントに申し訳ございませんでした。もっとやりようはあったと思うのですが……娘さんをこんな危ない目に合わせてしまって」
「翔?あんたが悪く思うことないわよ?」
「え?」
突然、未惟奈が会話に入ってきて驚いた。しかもいきなり名前呼びをされたことに不覚にも激しく動揺してしまった。
「そ、それはどういうこと?」
俺は動揺している心をなんとか押さえ込んで、それでもたどたどしく未惟奈が言った意味を尋ねた。
「あんな馬鹿げた企画を無理やりTV局と学校に持ち込んだ張本人がこの人だからよ」
俺は改めてウィリス父の顔に視線を向けると、ウィリス父は苦笑いをしつつ言葉を継いだ。
「まあ、その通りだ。だから君はそれに巻き込まれただけ。気にすることは全くない」
「な、なんだってそんな企画を?」
「ほら、この人現役引退してるでしょ?だから暇なのよ。だから今は私のプロデュースに躍起になってるんだけど……やることがズレまくって迷惑ったらありゃしないわよ」
未惟奈が苦々しく応えた。
「そう……なんだ。でも万が一怪我でもしたら大変なことになっていた訳だから、気にしないでいいと言われても」
そうだ。今回は不幸中の幸いで大事には至っていないが、あの状況ではどんな怪我をしても不思議ではなかったはずだ。
「えっと翔君だったかな?……それは違うな。未惟奈はあれくらいで怪我をする程、**「鈍く」**はない」
「でも、現に頭を打ってるみたいだし」
「打ってはいないよ。なあ未惟奈?」
「まあね……ただ落ちた衝撃で少し頭が振られたから一瞬意識が飛んだだけ」
「一瞬意識が飛んだだけ?いやいや**「だけ」**じゃ済まされないでしょ?」
「翔?いいのよ、私のことは心配ないから」
な、なんだよ。その馴れ馴れしさは……いちいち動揺する俺もなさけないのだが。
「そうだ、この件はこれで終わりだ」
ウィリス父は、ピシャリとこの話を打ち止めるべく言葉を強めた。俺はまだ腑に落ちない所もあったが、本人とその父親がいいと言うならそれ以上言うことはない。
「そんなことより、翔君?見たところ、君はあまりトレーニングしてないね?」
「はぁ?」
いきなり失礼なことを言うもんだと思ったが、たしかに一流アスリートと比較されれば、自信もって**「そんなことはありません!」**と言い切れない。
それでも一応毎日の鍛錬は欠かしてはいないのだが、スポーツ選手のそれとはまったく違う。
「翔?この人が言いたいのは、ウェイトトレーニングの話しだよ。一応、この人はアスリート養成のプロでもあるから、身体の筋肉の付き方に人一倍目が行くのよ」
未惟奈がウィリス父の話を補足してくれた。そうか、そう言う話なら確かにそうだ。
「ええ、ご指摘の通りです。筋トレは一切やっていません。」
「ほう、全くやっていない。それはまたなぜだ?」
ウィリス父は、不思議そうに首をかしげた。
「彼は試合とかに興味がないそうよ」
未惟奈は俺が口を開く前にウィリス父の問いに応えた。だがそれは少し違う。
「確かに試合に興味がないのは事実だけど、試合に出ないから俺がウェイトトレーニングをしない訳じゃないんだ」
「はあ?」
未惟奈は眉間に皺を寄せ、また怪訝な顔をした。
そしてウィリス父は、俺を揶揄するように口角が上がった。
「翔君?それはどう言うことかな?」
まるで哀れな子供を見るような表情のウィリス父。まあ確かに片や世界のスーパースター。俺はただの高校生。ここで議論しても勝ち目はないし、俺が間違っている可能性だって大いにある。
でも彼らと俺がやっていることは似て非なるもの。
それだけは譲れない。
「上手く伝える自信はないけど、俺が興味があるのは**「パワー」とか「スピード」ではなく「技術」**ってことでしょうか」
「翔?全く意味分からない」
さっきから思ってたんだが、なんでちょいちょいカットインして会話に入ってくんだよこの娘は?いつから俺たち仲のいい友だちになったんだよ?
「未惟奈、この話は翔君とまた後でゆっくりしたらいい」
俺が言い澱んでいる様を感じとってくれたウィリス父は、一見大雑把に見える外見とは裏腹に空気を読んでこれ以上この話題を続けることを止めてくれた。
「じゃあ未惟奈はこれから念のため病院に行くから」
「あ、はい。それでは、ホントに申し訳ございませんでした」
「だから翔君、気にしなくていいからね?」
「はい。ありがとうございます」
「ところで翔、何組?」
「へ?……あ、に、二組だけど」
「そう。私は五組だから。またね」
「あ、ああ……また」
なんなんだ?
さっきの攻撃と言い、この会話といい。
あんた距離詰めるの早すぎでしょ?
やれやれ。
俺は攻撃をかわすのは出来ても、会話をかわすのはどうやら苦手らしい。
超有名人の未惟奈にそう言われれば、誰だって動揺はするだろう。
でも、未惟奈のたった一言で浮かれすぎるのも情けないので、さすがにこれはアメリカナイズされた彼女ならではのリップサービスであろうと、ざわついた心を一旦収めた。
そんな時に…
保健室の引き戸が、大げさな音と共に激しく開けられた。
突然のことで部屋にいた誰もが一瞬**「ビクリ」**と緊張した。
パーテーションから顔を出した面々は、その開かれた引き戸の上枠に頭が届きそうなくらいに大柄な男性を見て驚嘆した。そして、その姿はあまりに学校の保健室にはそぐわなかった。
背が高いだけではない。異常な肩幅から始まる逆三角形と丸太のような大腿部。そして何よりも印象的なウィリス未惟奈と同じ青い瞳。
俺も一瞬**「怪訝な顔」**をしたが、すぐにその表情は別のものに変わっていた。
それはそうだろう。
この男は陸上に興味のない俺だって知っている世界のスーパースター、エドワード・ウィリス。そして未惟奈の父親だ。
彼からしたら俺は**「娘を危険に合わせた相手」**ということになる。
俺は背中からいやな汗が噴き出し、焦燥感で顔が歪んだ。
前途有望な大事な大事な一人娘を体育館の壇上から転げ落とした男を見た父親が取るリアクションは?
『おのれ小僧!!』
と怒鳴られるだけならまだいい。
『野郎ぶっ殺してやる!!』
なんてことにだってなりかねない。
案の定、エドワード・ウィリスは、空手着を着た俺に鋭すぎる視線を向け、舐めるように俺の身体を見据えた。
「や、やばい……」
本気で生命の危機を感じとった俺の行動は早かった。
「申し訳ございません!!」
そう叫びながら俺は恥も外聞もなく両膝をつき突っ伏して詫びた。
「おいおい!なんだ君は、いきなり?」
俺の突然の**「土下座」**に面喰ったウィリス父は、鋭い眼光を奥に引っ込めてくれた。
「ええっと、君は?」
「あの、先ほど体育館で未惟奈さんと対戦した神沼翔と言います」
「ああ、だよね。なるほど未惟奈を負かしたのは君か……ああ、申し遅れたが私は未惟奈の父親のエドワード・ウィリスだ」
「ええ、もちろん存じ上げてます。先ほどはホントに申し訳ございませんでした。もっとやりようはあったと思うのですが……娘さんをこんな危ない目に合わせてしまって」
「翔?あんたが悪く思うことないわよ?」
「え?」
突然、未惟奈が会話に入ってきて驚いた。しかもいきなり名前呼びをされたことに不覚にも激しく動揺してしまった。
「そ、それはどういうこと?」
俺は動揺している心をなんとか押さえ込んで、それでもたどたどしく未惟奈が言った意味を尋ねた。
「あんな馬鹿げた企画を無理やりTV局と学校に持ち込んだ張本人がこの人だからよ」
俺は改めてウィリス父の顔に視線を向けると、ウィリス父は苦笑いをしつつ言葉を継いだ。
「まあ、その通りだ。だから君はそれに巻き込まれただけ。気にすることは全くない」
「な、なんだってそんな企画を?」
「ほら、この人現役引退してるでしょ?だから暇なのよ。だから今は私のプロデュースに躍起になってるんだけど……やることがズレまくって迷惑ったらありゃしないわよ」
未惟奈が苦々しく応えた。
「そう……なんだ。でも万が一怪我でもしたら大変なことになっていた訳だから、気にしないでいいと言われても」
そうだ。今回は不幸中の幸いで大事には至っていないが、あの状況ではどんな怪我をしても不思議ではなかったはずだ。
「えっと翔君だったかな?……それは違うな。未惟奈はあれくらいで怪我をする程、**「鈍く」**はない」
「でも、現に頭を打ってるみたいだし」
「打ってはいないよ。なあ未惟奈?」
「まあね……ただ落ちた衝撃で少し頭が振られたから一瞬意識が飛んだだけ」
「一瞬意識が飛んだだけ?いやいや**「だけ」**じゃ済まされないでしょ?」
「翔?いいのよ、私のことは心配ないから」
な、なんだよ。その馴れ馴れしさは……いちいち動揺する俺もなさけないのだが。
「そうだ、この件はこれで終わりだ」
ウィリス父は、ピシャリとこの話を打ち止めるべく言葉を強めた。俺はまだ腑に落ちない所もあったが、本人とその父親がいいと言うならそれ以上言うことはない。
「そんなことより、翔君?見たところ、君はあまりトレーニングしてないね?」
「はぁ?」
いきなり失礼なことを言うもんだと思ったが、たしかに一流アスリートと比較されれば、自信もって**「そんなことはありません!」**と言い切れない。
それでも一応毎日の鍛錬は欠かしてはいないのだが、スポーツ選手のそれとはまったく違う。
「翔?この人が言いたいのは、ウェイトトレーニングの話しだよ。一応、この人はアスリート養成のプロでもあるから、身体の筋肉の付き方に人一倍目が行くのよ」
未惟奈がウィリス父の話を補足してくれた。そうか、そう言う話なら確かにそうだ。
「ええ、ご指摘の通りです。筋トレは一切やっていません。」
「ほう、全くやっていない。それはまたなぜだ?」
ウィリス父は、不思議そうに首をかしげた。
「彼は試合とかに興味がないそうよ」
未惟奈は俺が口を開く前にウィリス父の問いに応えた。だがそれは少し違う。
「確かに試合に興味がないのは事実だけど、試合に出ないから俺がウェイトトレーニングをしない訳じゃないんだ」
「はあ?」
未惟奈は眉間に皺を寄せ、また怪訝な顔をした。
そしてウィリス父は、俺を揶揄するように口角が上がった。
「翔君?それはどう言うことかな?」
まるで哀れな子供を見るような表情のウィリス父。まあ確かに片や世界のスーパースター。俺はただの高校生。ここで議論しても勝ち目はないし、俺が間違っている可能性だって大いにある。
でも彼らと俺がやっていることは似て非なるもの。
それだけは譲れない。
「上手く伝える自信はないけど、俺が興味があるのは**「パワー」とか「スピード」ではなく「技術」**ってことでしょうか」
「翔?全く意味分からない」
さっきから思ってたんだが、なんでちょいちょいカットインして会話に入ってくんだよこの娘は?いつから俺たち仲のいい友だちになったんだよ?
「未惟奈、この話は翔君とまた後でゆっくりしたらいい」
俺が言い澱んでいる様を感じとってくれたウィリス父は、一見大雑把に見える外見とは裏腹に空気を読んでこれ以上この話題を続けることを止めてくれた。
「じゃあ未惟奈はこれから念のため病院に行くから」
「あ、はい。それでは、ホントに申し訳ございませんでした」
「だから翔君、気にしなくていいからね?」
「はい。ありがとうございます」
「ところで翔、何組?」
「へ?……あ、に、二組だけど」
「そう。私は五組だから。またね」
「あ、ああ……また」
なんなんだ?
さっきの攻撃と言い、この会話といい。
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