【天才アスリート少女】普通男子と天才少女の物語【普通男子の武道家】

里見 亮和

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俺のそばには二人の女神がいた

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「翔!どうなのよ!」

目の前にいる異様に顔立ちの整った女性はあまりの好奇心からか、目をランランと輝かせ、しかも何の遠慮もなく勢い余って鼻がぶつかる程に顔を寄せてきている。

俺は思わず仰け反って顔を背けたが、耳がかっと熱くなる程に動揺してしまった。

だから目の前の女性は俺が赤面していることに目聡く気付いてしまった。

「ほら、そんな真っ赤になるってことは、未惟奈ちゃんといい感じなんでしょ?」

俺の姉であり、そして俺が道ならぬ”恋心”を抱いている神沼檸檬は俺が赤面した理由を当然履き違えている。

「毎日、未惟奈ちゃんと一緒に帰ってるんでしょ?もう二年生の間でも”おまえの弟どうなってんだ!!”って凄い噂なんだから!」

「だからそれは、純粋に空手の練習のためだよ。それ以外のことは残念ながら”全く”起こる気配はないんだな」

「そうなの?なんなのよ?しっかりしなさいよ!」

檸檬は急にガッカリした表情を見せた。

「何をしっかりするんだよ?」

「だってこんなチャンスないでしょ?未惟奈ちゃんと付き合わないの?」

「おいおい、簡単に言うなよ?相手は世界のウィリス未惟奈だぞ?田舎の普通高校生とどうにかなる可能性がどこにあるんだよ?」

「そんなことはないよ!姉から見ても翔はお薦め物件だよ?そんな肩書に惑わされないでガンガンいきなよ!」

むろん俺を励まそうと聴き心地のいいセリフを言っているのは重々分かっている。それでも俺は檸檬から”お薦め物件”と言われてまた少し顔を赤らめていたに違いない。

弟の幸せを思うこんな姉のリアクションは全くもっておかしなことではない。

ただ俺からすれば、この状況は好きな女性から他の女性を薦められるという複雑な場面だったりするのだ。

百歩譲って義弟なら、義姉との恋という話は僅かばかりの可能性を考えたって許されるのだろう。しかし俺は正真正銘の実弟だ。

だから俺にとっての”この気持ち”は気付いた瞬間がイコール、その恋が決して叶わないことを突き付けられた「ジ・エンド」の瞬間ということになる。

俺はそんな檸檬との会話に耐えられず、ついに自分の部屋に逃げ込んでしまった。

*  *  *

俺が姉の檸檬のことを「姉」ではなく「女性」として意識したのは中学2年の時だ。一つ上の檸檬は中学3年ということになる。だからそれほど前のことではない。

檸檬はあの容姿、スタイルだから学校ではとにかくモテた。だから男子生徒から告白されるなんてことは日常茶飯事で俺もいちいちそのことに関心を示すことはなかった。

そんな”日常の風景”になりつつあった檸檬への告白劇がある時期から鳴りを潜めてしまった。

そして俺は友人の及川護からは思わず絶句するような事実を聞かされた。どうやら檸檬がついに“高嶺の花””女神”とまで形容されることになり”抜け駆け告白するなかれ”という箝口令が男子生徒の間で敷かれてしまったというのだ。

及川護の大袈裟な話は半分としても、きっとそんな暗黙のルールが男子生徒の中で芽生えていたのは事実なのだと思う。

そんな状況で、男子生徒は校内での告白は”抜け駆け”と諌められるから”校外で待ち伏せて告白”ということが起こり始めた。

”乱暴目的”ではないとはいえ、”自宅近くで待ち伏せ”となると檸檬の心理的ストレスは大きなものになってしまっていた。

そして俺はたまたま学校の帰り道に”その現場”に遭遇することになる。

――遠目からも、背が高く体格のいい男子生徒から檸檬が”言い寄られてる”ということがすぐに分かった。

俺も”またか?”とは思いつつも一応警戒して二人との距離をこっそり詰めその様子を陰から見張っていた。

するとなんとその男子生徒は、下級生の俺でも知る”有名人”だった。

サッカー部のエースで、見た目も間違いなく”イケメン”と呼ぶにふさわしい涼しげな眼鼻立ちをしている人気者だ。

檸檬は基本的に普段からあまり”愛想のいい”ほうではない。前に校内で見かけた檸檬の男子生徒の”フリ方”といったら酷いものだった。

まさに”瞬殺”と呼ぶにふさわしいもので、相手に一言も言わせず”その気ないからごめんなさい”の一言を一方的に言って逃げるように去っていった。

そんな檸檬がこのサッカー部イケメン男子に限っては、珍しく相手の話を聞いて少しだけ笑顔を覗かせていた。

俺はこの檸檬の笑顔を見た瞬間に、腹の中の内臓がぐるりと捩じられたような不快感とそして抗いようがない焦燥感に襲われた。

「もしかしてOKするのか?」

そう自問した時に、俺は無意識に身体が一歩前に出ていた。

「よう、檸檬」

「え?……か、翔?ど、どうしたの急に?」

「いや、学校の帰りでたまたま通り掛かったんだけど……」

檸檬の態度に明らかな動揺が見てとれた。そして隣の男子生徒は俺の登場に明らかな不快な表情を見せた。

「じゃあ、水上君、返事はまた……」

「か、神沼……俺、その本気だから」

「うん、それは分かったから」

二人は短い会話を交わして、檸檬はすぐに俺の方にそそくさ逃げるように寄って来てしまった。

檸檬のほんのり赤くなった顔を見て、俺は我慢ならない感情に支配されることになった。

嫉妬だ。

俺はこの時に気付いてしまった。

檸檬が他の男と付き合うということが断じて許せないという感情に。

「檸檬、今のヤツと付き合うの?」

俺は”弟”という特権を利用して無遠慮にそう尋ねた。しかしその問いを発した自分の声が動揺のあまり震えていた。

「え?!いやいや、それはないよ!」

「ないの?」

「うん。ただ、今までの人と違って結構、紳士的だったんで少しドキドキしただけ」

「ドキドキしたんならこれから好きになる可能性もあるんじゃないの?」

「なによ?翔は私にそんなに彼氏ができてほしいわけ?寂しいこと言うなあ」

檸檬はおどけてそう言ったが、もちろんそんなことを俺が思うはずがない。

「私はそもそも人を好きになるって感覚が良く分からないんだよね。もしかすると人を好きになれない人間なのかも」

檸檬は急に悲しげにそんなことを話し始めた。

好きという感覚がない。つまりそれは単に今まで異性を好きになったことがないということなんだろう。

でも、そんな相手がいつ現れてもおかしくない。だってまだ中学生なのだ。もしかしたら今の”水上”という爽やかイケメンがそうなる可能性だってゼロではない。

しかしそんな俺の焦燥感は全て杞憂に終わることになった。

「――結局この間のサッカー部のイケメン男子、どうしたの?」

俺は適当なタイミングで檸檬に直球で尋ねた。むろん弟だから遠慮はない。

「え?ああ、水上君?それはもちろん丁重にお断りしたわよ?」

「こ、断った?な、なんで?」

「だから言ったでしょ?私は人を好きになれないって」

檸檬はからかうように俺にそう言ったものの、また少し寂しい顔をした。

おそらく檸檬にしたって”恋”はしたいのだと思う。

でも恋をしたくとも好きな相手が現れてくれない。今回は檸檬の中で”もしかすると”という想いがあったのかもしれない。でもこんな檸檬が見せた寂しい表情を見るにつけ、檸檬は”やっぱり違う”という結論に到達してしまったのだろう。

*   *   *

俺は、この自分の気持ちに気付いてからは、実の姉に恋心を持ってしまっているという背徳感に苦しめられた。自分自身でも受け入れることすら容易ではない。だから俺はその想いを心の奥深くに強く強く押し沈め常に記憶の外に置いていた。

だから以来、檸檬と普段接する時も別段彼女を意識することはなかった。

それなのに……

自分でも気付かなくなっていたはずのその想いをいとも簡単に見抜かれてしまった。

ウィリス未惟奈だ。

天才アスリート、天才空手家と形容される彼女は単に身体能力が高いというだけではなく彼女はその身体能力を支える超人的な頭脳を持ち合わせていた。

体育館で俺と対戦したほんの数秒の出来事を瞬時に分析する頭脳。そしてそのベースにある身体の僅かな動きすら見逃さない五感。

むしろ未惟奈を天才たらしめているのはむしろこの頭脳や五感だと俺は感じていた。

だからウィリス未惟奈という女性は、俺が檸檬と話す僅かな所作行動を寸分も見逃さず、俺が心の奥に沈めたはずの想いまで瞬時に感じとってしまった。

俺が「何よりも」そして「誰にも」知られたくなかった秘密を知ってしまった未惟奈という存在。

それは俺にとったら「もうこれ以上何を知られても恐くない」ということを意味した。

だから全てをさらけ出してもOKな存在。つまりもっとも安心して接することのできる存在になってしまった。

だからこそ俺は今の未惟奈に何の遠慮もしなくなったのだと思う。

しかし校内では未だにウィリス未惟奈という存在は遠巻きに眺めるだけで”声をかけることすら憚られる”という特別な存在だ。

ゆえに俺がなんの遠慮もなく未惟奈と話す様は、周りからすると奇異に映るに違いない。

でもだからと言って俺と未惟奈が”いい関係になる”なんて夢物語にすぎない。今はただ俺が遠慮なく彼女に接しているだけのことだ。

檸檬が期待するようなことには残念ながら全くもって期待できるはずもないのだ。
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