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俺の中心にあったもの
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「気功って、スポーツ格闘技に通用すると思いますか?」
この問いを口にした瞬間、春崎須美の目が一瞬だけ光った。
彼女は急に身を乗り出してきた。顔の距離が近すぎて、俺は思わずのけぞってしまう。
……別に女性の色香に怯んだわけではない。武道家として距離のコントロールをしたまでだ。たぶん。
前のめりになった春崎は、俺の問いには答えず、逆に質問を被せてきた。
「それを私に聞こうと思った理由は何?」
妙に含みのある言い方だ。
自分の関心事に無理やり付き合わされているような気がして、素直になれず、こちらからも敢えて謎かけをしてみる。
「未惟奈との練習で、あいつの攻撃が全く俺に当たらないんです」
「え? なにそれ?」
春崎のリアクションは予想以上だった。
自分が想像していた答えが返ってこなかったことと、未惟奈の攻撃が当たらないことへの驚き。
それらが合わさって、彼女は目を丸くしてた。
「ちょっと翔? 人聞きの悪いこと言わないでよ」
不満げな顔で睨みながら、未惟奈が口を出してきた。プライドの高い彼女なら、当然の反応だろう。
だが、事実は事実だ。
「本当のことだろ。仕方ないじゃないか」
「……もう。こういう時の翔って、本当に意地悪よね。私の攻撃に気功が関係してそうだって、その話だけすればよくない?」
未惟奈は食ってかかってくるが、俺は首を振った。
意地悪をしているわけではない。
ここで正直に話さないことには、先へは進めないのだ。
「はいはい、二人とも。また喧嘩しない」
春崎が呆れ顔で仲裁に入る。
「さっきから色々驚かせないでよ……まず確認したいんだけど、あの体育館の対戦の後も未惟奈ちゃんの攻撃は全く翔君に当たらないの?」
「……まあ、そうですね」
さすがに未惟奈の機嫌が気になり、彼女の様子を伺いつつ、やんわりと応える。
でも未惟奈はついに口を尖らせて、そっぽを向いてしまった。
俺は話の核心に触れる。
「未惟奈の攻撃は、俺の反応速度をはるかに超えています。身体能力だけで躱しているとは思えない。何か理由があるはずだ……と考えて、未惟奈から放たれる『感情の圧』に気づきました。その正体は俺には分かりませんでしたが、それを“気”だと言ったやつがいたんです」
春崎は真剣な面持ちで、俺の言葉を咀嚼しているようだった。
「それを指摘したのは、武道の経験者?」
「いえ、素人です。ただのオカルトマニアで、気の研究を独学でやっているらしいですが」
そこまで説明すると、春崎は黙り込んで考えを巡らせているようだった。
つまり、彼女にも何か心当たりがあるのだろう。
「春崎さん、何か情報があるんですよね?」
春崎は、まっすぐに俺を見て口を開いた。
「翔君。最初にあなたへ質問したのはね、翔君の予想とは全く反対のことだったの」
「反対のこと? どういうことですか?」
「簡単なことよ。気に関係があるのは未惟奈ちゃんではなく、翔君ということ」
その言葉に、それまでそっぽを向いていた未惟奈がピクリと反応した。
「……やっぱりそうよね」
小さな呟き。未惟奈も何か思うことがあったのだろうか?
春崎は続けた。
「近代的なスポーツ格闘技の、まさに代表選手と言えば、未惟奈ちゃんを措いて他にいないでしょう?」
「ええ。スポーツとしての空手において、彼女以上の才能と環境を持ち合わせた人間はいないでしょうね」
「だよね。だったら、その真逆に位置する空手家は?」
「さあ?誰だろう?」
「翔ってホンっとバカ」
春崎も生暖かい目で俺を見つめて、ぼそりと言った。
「これは未惟奈ちゃんの気持ち、わかるかも」
「ど、どういうことですか?」
未惟奈は、呆れたと言わんばかりに鼻から大きく息を吐いて続ける。
「翔にきまってるでしょ?」
「え?俺?」
春崎は頷いた。
「そうよ。競技空手の象徴である未惟奈ちゃんに勝ったんだから、そうなるでしょ? そしてそれは、あなたが無意識に気を操っているからだと思ったの」
「俺は気功なんて使っていませんよ」
「え? 翔君には“その自覚”がないの?」
「自覚? 俺が無自覚で気を使っているとでも言うんですか?」
春崎はまるで俺の言葉が的外れであるかのように、呆れた顔をしながら続けた。
「私が見る限り、翔君の動きは鵜飼貞夫そのものよ」
「鵜飼?だれそれ?」
未惟奈は、さすがにその名を知らないようだ。
「俺の祖父であり、俺に空手を教えた人だよ」
「へえ、そうなんだ」
未惟奈が興味深そうに耳を傾ける。
「凄い空手家だよ。伝説と言ってもいいくらいにね」
春崎の言葉に、未惟奈は珍しく「ふんふん」と素直に頷いた。
「俺が祖父の空手そのものであることと、気功にどういう関係があるんですか?」
俺が疑問をぶつけると、春崎は唐突に具体的な数字を出してきた。
「身長157センチ。体重58キロ」
「……なんですか、急に?」
「鵜飼貞夫が無差別級の全日本大会で優勝した時のデータ。この意味、分かるよね?」
俺が知らないはずがない。
「ええ、分かります。祖父は一般男性と比較しても小柄な体格でした。その体格からは想像もできない戦歴については、誰よりも理解しているつもりです」
「そうよね。つまり体格やパワー、スピードとは違う次元で、鵜飼貞夫は戦っていたのよ」
「スポーツとは違う次元……」
「そう。今の翔君と未惟奈ちゃんの関係と同じじゃない?」
春崎の指摘は、確かにその通りだ。
しかし──
「……確かに構図は似ています。でも、じいさんの場合は、気功がどうこうではなく、純粋に空手の『技』がその域に達していたのだと思いますけど」
「もちろん、それもあると思う。でも、素人の私が言うのもなんだけど、技だけであの体格差を埋めるのは不可能よ。ボクシングの世界を見れば、階級の壁がどれだけ過酷かよく分かるでしょ? ……まあ、翔君は興味ないでしょうけど」
「ボクシングのことは分かりませんが……。じゃあ、技以外に、祖父には何があったと言うんですか?」
「技術とは別の、ベースとなる力の源――」
春崎は一拍置き、俺を真っ直ぐに見据えた。
「でも春崎さんの理屈で言うと、そのベースが気功ということになりますよね。その飛躍には無理がありませんか?」
「翔君。鵜飼貞夫が『大気拳の鍛錬法』を重視していたことは、当然知っているわよね?」
その名称が出たことに、俺は少し驚いた。
「もちろんですよ。むしろよく知ってますね?あれはあくまで補助訓練で、空手のベースになるようなものとは違うと思いますが」
「直接指導を受けたあなたに反論するのもおかしな話だけど、これに関しては、翔君の認識不足だと思うわ」
「……俺の、認識不足?」
何を言い出すんだ。俺は鵜飼貞夫から直接、十数年も指導を受けているんだぞ?
その俺が認識不足など、ありえないだろう。
俺が露骨に不満な顔をしたのを、春崎は目聡く見抜いて言葉を繋いだ。
「確かに、部外者の格闘技ライターが言うのは筋違いかもしれない。でも、部外者だからこそ俯瞰して見えることもあるの」
言葉は謙虚だが、その主張は頑なに譲らないという強い意志を感じた。
「翔君。大気拳の元になった中国武術って、どういうものか知ってる?」
「……興味がないから、詳しくは知りませんが」
「あなたが実践したのは澤井健一が日本で創設した『大気拳』。あなたの祖父が重視した鍛錬法のルーツは、中国の『大成拳』と呼ばれる流派を澤井健一が発展させたものなの」
大気拳と大成拳。似たような名前だが、これまでの俺には接点のない情報だった。
俺が黙っていると、春崎は続けた。
「この大成拳という流派はね、中国武術の中でも、特に『気』の練成に特化しているのよ」
彼女の言おうとしていることが、いまいち現実味を伴って響いてこない。俺が曖昧な返事をしてしまったとき、不意に横から声がした。
「翔? ……私はわかったよ」
「え? そうなの?」
「そうだよ。翔の攻防技術は、確かに空手。それは私も何度も組手をやったから分かる。でも、翔の動きは根本が違う」
「根本……?」
未惟奈は真剣な眼差しで、俺を見つめている。こういう時の未惟奈の分析力の凄さは俺は痛いほど知っている。
「翔が今まで『武道だから』って曖昧に言っていた部分の秘密が、まさに今春崎さんが言った……その『大気拳』の部分なんじゃないの?」
未惟奈はさらに話を続けた。
「競技空手には、きっと翔が言う『武道』の部分がすっぽり抜け落ちている。そして、その穴を私たちは筋トレなどのパワートレーニングで補っている」
「フフ、さすが未惟奈ちゃん。察しがいいね」
春崎が満足げに笑う。
当事者であるはずの俺だけが置いてけぼりを食らっているようで、情けない限りだ。
確かに、俺は筋トレをしない。
必要性を感じないどころか、余計な筋肉は動きを阻害する弊害だとさえ感じていた。
それを俺は「武道だから」の一言で思考停止し、片付けていたのだ。……いや、考える努力をサボっていただけなのか? 祖父が遺したあの鍛錬法が、気功を中心とした武術の本質だったのだとしたら。
「……根本にあるものが空手ではなく、中国武術に置き換えられる、なんてことにはやっぱりなりえないと思うんだけど」
俺は少しばかりの苛立ちを隠せず、そう反論した。
「ええ。根底に『気』の力があると言っても、あなたの空手の技を否定する理由にはならないわ。むしろ、その技術を支えるエンジンが特別だったってことよ」
じいさんは、大気拳の鍛錬を必ず毎日続けるように、口酸っぱく言っていた。
ただ、それがどこにどう役立つか、説明をされたことは一度もなかったが。
そう考えると、俺の空手の「根っこ」には、長年の鍛錬によって積み重なった「何か」が確実に存在している。
その力には、今まで「気」という名前が与えられていなかっただけなのかもしれない。
「……未惟奈の感情の圧に反応できたのは、俺の中に、そもそも気に反応するベースがあったってことですか」
「私の見立てはそうだけど。もちろん、いちライターの戯言だと思ってもらって構わないわ」
にわかには信じがたい。
だが、確かに未惟奈の攻撃が当たらないという事実、美影が喝破した気功の存在、そして春崎が提示したルーツ。
すべてが一つの点に収束している。
ここまでくると、どうしても無視するわけにはいかなかった。
「翔君、どう思う?」
「……まだ、全面的に受け入れることはできませんが。全てを否定するわけにもいかない、って感じですね」
「そうだよね。今はそれで十分じゃないかな」
前向きに考えれば、少なくともヒントを得ることはできたのだ。
肝心なのは俺がこの後、どうやって結論まで辿り着いて、未惟奈の攻撃が当たらない理由を解明するかってことだ。
「でね、翔君。これに関しては私の知り合いで詳しい人がいるから、今度紹介するわ」
「……さすがの人脈ですね。ぜひお願いします」
格闘ライターを自称しながら、俺以上にじいさんのことに詳しかったり、中国武術の関係者まで知り合いにいたりと、すごい人だ。
俺の中で春崎須美は、「ただの格闘マニア」から「一流の格闘マニア」へと昇格したのであった。
この問いを口にした瞬間、春崎須美の目が一瞬だけ光った。
彼女は急に身を乗り出してきた。顔の距離が近すぎて、俺は思わずのけぞってしまう。
……別に女性の色香に怯んだわけではない。武道家として距離のコントロールをしたまでだ。たぶん。
前のめりになった春崎は、俺の問いには答えず、逆に質問を被せてきた。
「それを私に聞こうと思った理由は何?」
妙に含みのある言い方だ。
自分の関心事に無理やり付き合わされているような気がして、素直になれず、こちらからも敢えて謎かけをしてみる。
「未惟奈との練習で、あいつの攻撃が全く俺に当たらないんです」
「え? なにそれ?」
春崎のリアクションは予想以上だった。
自分が想像していた答えが返ってこなかったことと、未惟奈の攻撃が当たらないことへの驚き。
それらが合わさって、彼女は目を丸くしてた。
「ちょっと翔? 人聞きの悪いこと言わないでよ」
不満げな顔で睨みながら、未惟奈が口を出してきた。プライドの高い彼女なら、当然の反応だろう。
だが、事実は事実だ。
「本当のことだろ。仕方ないじゃないか」
「……もう。こういう時の翔って、本当に意地悪よね。私の攻撃に気功が関係してそうだって、その話だけすればよくない?」
未惟奈は食ってかかってくるが、俺は首を振った。
意地悪をしているわけではない。
ここで正直に話さないことには、先へは進めないのだ。
「はいはい、二人とも。また喧嘩しない」
春崎が呆れ顔で仲裁に入る。
「さっきから色々驚かせないでよ……まず確認したいんだけど、あの体育館の対戦の後も未惟奈ちゃんの攻撃は全く翔君に当たらないの?」
「……まあ、そうですね」
さすがに未惟奈の機嫌が気になり、彼女の様子を伺いつつ、やんわりと応える。
でも未惟奈はついに口を尖らせて、そっぽを向いてしまった。
俺は話の核心に触れる。
「未惟奈の攻撃は、俺の反応速度をはるかに超えています。身体能力だけで躱しているとは思えない。何か理由があるはずだ……と考えて、未惟奈から放たれる『感情の圧』に気づきました。その正体は俺には分かりませんでしたが、それを“気”だと言ったやつがいたんです」
春崎は真剣な面持ちで、俺の言葉を咀嚼しているようだった。
「それを指摘したのは、武道の経験者?」
「いえ、素人です。ただのオカルトマニアで、気の研究を独学でやっているらしいですが」
そこまで説明すると、春崎は黙り込んで考えを巡らせているようだった。
つまり、彼女にも何か心当たりがあるのだろう。
「春崎さん、何か情報があるんですよね?」
春崎は、まっすぐに俺を見て口を開いた。
「翔君。最初にあなたへ質問したのはね、翔君の予想とは全く反対のことだったの」
「反対のこと? どういうことですか?」
「簡単なことよ。気に関係があるのは未惟奈ちゃんではなく、翔君ということ」
その言葉に、それまでそっぽを向いていた未惟奈がピクリと反応した。
「……やっぱりそうよね」
小さな呟き。未惟奈も何か思うことがあったのだろうか?
春崎は続けた。
「近代的なスポーツ格闘技の、まさに代表選手と言えば、未惟奈ちゃんを措いて他にいないでしょう?」
「ええ。スポーツとしての空手において、彼女以上の才能と環境を持ち合わせた人間はいないでしょうね」
「だよね。だったら、その真逆に位置する空手家は?」
「さあ?誰だろう?」
「翔ってホンっとバカ」
春崎も生暖かい目で俺を見つめて、ぼそりと言った。
「これは未惟奈ちゃんの気持ち、わかるかも」
「ど、どういうことですか?」
未惟奈は、呆れたと言わんばかりに鼻から大きく息を吐いて続ける。
「翔にきまってるでしょ?」
「え?俺?」
春崎は頷いた。
「そうよ。競技空手の象徴である未惟奈ちゃんに勝ったんだから、そうなるでしょ? そしてそれは、あなたが無意識に気を操っているからだと思ったの」
「俺は気功なんて使っていませんよ」
「え? 翔君には“その自覚”がないの?」
「自覚? 俺が無自覚で気を使っているとでも言うんですか?」
春崎はまるで俺の言葉が的外れであるかのように、呆れた顔をしながら続けた。
「私が見る限り、翔君の動きは鵜飼貞夫そのものよ」
「鵜飼?だれそれ?」
未惟奈は、さすがにその名を知らないようだ。
「俺の祖父であり、俺に空手を教えた人だよ」
「へえ、そうなんだ」
未惟奈が興味深そうに耳を傾ける。
「凄い空手家だよ。伝説と言ってもいいくらいにね」
春崎の言葉に、未惟奈は珍しく「ふんふん」と素直に頷いた。
「俺が祖父の空手そのものであることと、気功にどういう関係があるんですか?」
俺が疑問をぶつけると、春崎は唐突に具体的な数字を出してきた。
「身長157センチ。体重58キロ」
「……なんですか、急に?」
「鵜飼貞夫が無差別級の全日本大会で優勝した時のデータ。この意味、分かるよね?」
俺が知らないはずがない。
「ええ、分かります。祖父は一般男性と比較しても小柄な体格でした。その体格からは想像もできない戦歴については、誰よりも理解しているつもりです」
「そうよね。つまり体格やパワー、スピードとは違う次元で、鵜飼貞夫は戦っていたのよ」
「スポーツとは違う次元……」
「そう。今の翔君と未惟奈ちゃんの関係と同じじゃない?」
春崎の指摘は、確かにその通りだ。
しかし──
「……確かに構図は似ています。でも、じいさんの場合は、気功がどうこうではなく、純粋に空手の『技』がその域に達していたのだと思いますけど」
「もちろん、それもあると思う。でも、素人の私が言うのもなんだけど、技だけであの体格差を埋めるのは不可能よ。ボクシングの世界を見れば、階級の壁がどれだけ過酷かよく分かるでしょ? ……まあ、翔君は興味ないでしょうけど」
「ボクシングのことは分かりませんが……。じゃあ、技以外に、祖父には何があったと言うんですか?」
「技術とは別の、ベースとなる力の源――」
春崎は一拍置き、俺を真っ直ぐに見据えた。
「でも春崎さんの理屈で言うと、そのベースが気功ということになりますよね。その飛躍には無理がありませんか?」
「翔君。鵜飼貞夫が『大気拳の鍛錬法』を重視していたことは、当然知っているわよね?」
その名称が出たことに、俺は少し驚いた。
「もちろんですよ。むしろよく知ってますね?あれはあくまで補助訓練で、空手のベースになるようなものとは違うと思いますが」
「直接指導を受けたあなたに反論するのもおかしな話だけど、これに関しては、翔君の認識不足だと思うわ」
「……俺の、認識不足?」
何を言い出すんだ。俺は鵜飼貞夫から直接、十数年も指導を受けているんだぞ?
その俺が認識不足など、ありえないだろう。
俺が露骨に不満な顔をしたのを、春崎は目聡く見抜いて言葉を繋いだ。
「確かに、部外者の格闘技ライターが言うのは筋違いかもしれない。でも、部外者だからこそ俯瞰して見えることもあるの」
言葉は謙虚だが、その主張は頑なに譲らないという強い意志を感じた。
「翔君。大気拳の元になった中国武術って、どういうものか知ってる?」
「……興味がないから、詳しくは知りませんが」
「あなたが実践したのは澤井健一が日本で創設した『大気拳』。あなたの祖父が重視した鍛錬法のルーツは、中国の『大成拳』と呼ばれる流派を澤井健一が発展させたものなの」
大気拳と大成拳。似たような名前だが、これまでの俺には接点のない情報だった。
俺が黙っていると、春崎は続けた。
「この大成拳という流派はね、中国武術の中でも、特に『気』の練成に特化しているのよ」
彼女の言おうとしていることが、いまいち現実味を伴って響いてこない。俺が曖昧な返事をしてしまったとき、不意に横から声がした。
「翔? ……私はわかったよ」
「え? そうなの?」
「そうだよ。翔の攻防技術は、確かに空手。それは私も何度も組手をやったから分かる。でも、翔の動きは根本が違う」
「根本……?」
未惟奈は真剣な眼差しで、俺を見つめている。こういう時の未惟奈の分析力の凄さは俺は痛いほど知っている。
「翔が今まで『武道だから』って曖昧に言っていた部分の秘密が、まさに今春崎さんが言った……その『大気拳』の部分なんじゃないの?」
未惟奈はさらに話を続けた。
「競技空手には、きっと翔が言う『武道』の部分がすっぽり抜け落ちている。そして、その穴を私たちは筋トレなどのパワートレーニングで補っている」
「フフ、さすが未惟奈ちゃん。察しがいいね」
春崎が満足げに笑う。
当事者であるはずの俺だけが置いてけぼりを食らっているようで、情けない限りだ。
確かに、俺は筋トレをしない。
必要性を感じないどころか、余計な筋肉は動きを阻害する弊害だとさえ感じていた。
それを俺は「武道だから」の一言で思考停止し、片付けていたのだ。……いや、考える努力をサボっていただけなのか? 祖父が遺したあの鍛錬法が、気功を中心とした武術の本質だったのだとしたら。
「……根本にあるものが空手ではなく、中国武術に置き換えられる、なんてことにはやっぱりなりえないと思うんだけど」
俺は少しばかりの苛立ちを隠せず、そう反論した。
「ええ。根底に『気』の力があると言っても、あなたの空手の技を否定する理由にはならないわ。むしろ、その技術を支えるエンジンが特別だったってことよ」
じいさんは、大気拳の鍛錬を必ず毎日続けるように、口酸っぱく言っていた。
ただ、それがどこにどう役立つか、説明をされたことは一度もなかったが。
そう考えると、俺の空手の「根っこ」には、長年の鍛錬によって積み重なった「何か」が確実に存在している。
その力には、今まで「気」という名前が与えられていなかっただけなのかもしれない。
「……未惟奈の感情の圧に反応できたのは、俺の中に、そもそも気に反応するベースがあったってことですか」
「私の見立てはそうだけど。もちろん、いちライターの戯言だと思ってもらって構わないわ」
にわかには信じがたい。
だが、確かに未惟奈の攻撃が当たらないという事実、美影が喝破した気功の存在、そして春崎が提示したルーツ。
すべてが一つの点に収束している。
ここまでくると、どうしても無視するわけにはいかなかった。
「翔君、どう思う?」
「……まだ、全面的に受け入れることはできませんが。全てを否定するわけにもいかない、って感じですね」
「そうだよね。今はそれで十分じゃないかな」
前向きに考えれば、少なくともヒントを得ることはできたのだ。
肝心なのは俺がこの後、どうやって結論まで辿り着いて、未惟奈の攻撃が当たらない理由を解明するかってことだ。
「でね、翔君。これに関しては私の知り合いで詳しい人がいるから、今度紹介するわ」
「……さすがの人脈ですね。ぜひお願いします」
格闘ライターを自称しながら、俺以上にじいさんのことに詳しかったり、中国武術の関係者まで知り合いにいたりと、すごい人だ。
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