【天才アスリート少女】普通男子と天才少女の物語【普通男子の武道家】

里見 亮和

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話が通じない相手

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有栖の態度を見た未惟奈の顔色が変わった。

 きっと有栖の言葉の意味はこうだ。

 まず俺のフィジカルトレーニングを全くやっていない貧相な体つきを見て、俺の実力がたかが知れていると判断した。

 おそらく競技空手という価値観しか持っていない有栖からしたら、この俺が強いと映るはずがない。

 だからそんな俺に負けた未惟奈の実力までも、評価を過少に修正した。

 ”実は未惟奈は想像していたよりも実力はないのではないか”と……。

 有栖が負けたのは有栖の実力が未惟奈に劣っていた訳ではなくて、単に運が悪かっただけだとでも想像したのであろう。

 人の顔色を読むのに異常に長けている未惟奈が、そんな有栖の内心に気づかないはずがない。

 だからこそ一瞬であれだけ不快な顔を浮かべたのだ。

 俺は有栖がそんな感想を持ったであろうことに対しては”まあそうだろうな”と納得したのだが、未惟奈はそうはならなかった。

「もしかして私があなたを秒殺したのは運が悪かっただけとか、暢気なこと思ったんじゃないでしょうね?」

 未惟奈は歯に衣を着せずにずばりと言った。

 失礼な物言いだが、図星だろう。

「はは、違うのかな?」

 必死に挑みかかる未惟奈を揶揄するように、有栖はそう返した。

 涼しい顔を崩すことなく、むしろ笑みを深めてだ。

 すると未惟奈は俺に視線を向けた。

 その目は”あんたもなんか言い返しなさいよ!”と訴えていた。

 でもこの有栖の様子を見る限りでは、きっとなにを言っても通じない。

 こうなったら”やる”のが早い。

 有栖には申し訳ないが、未惟奈に秒殺されたのは明らかに運ではなく、実力で未惟奈が有栖を凌駕していたからだ。

 それに気付いていないとは、未惟奈の言う通りなんとも暢気な話だ。

 流石の俺もそろそろ”イラッ”と来ていたので、できる限りの”作り笑顔”で、時代劇の道場破りで剣術家がよく使うセリフで返してみた。

「是非、この貴重なチャンスに無敗のチャンピオンに一手ご教授いただきたいですね」

 俺がそう言うと有栖は眉間に皺を寄せた。

「え?それはどういう意味かな?」

「えっと……そのままの意味ですけど?」

「なんで俺が君に技を教えるって話になっているんだ?」

 え?まさか”通じていない”のか?

 こいつ、ただのバカなのか?

 俺が思わずあんぐりと口を開けてしまったのを見て、未惟奈はくすくすと笑い出してしまった。

「俺からの提案なんだが」

 状況が全く見えていない有栖は、俺の話を華麗にスルーし、自分からの提案を進めてしまった。

「君は、えっと……」

「神沼です」

「ああ、神沼君はまだ一年なんだろ?だったらうちの一年の相手してくれないか」

 なるほどね。”俺が相手をするまでもない”ってことか。

「はあ?バカにしてんの?」

 これを聞いた未惟奈はそう噛みついてしまった。

「翔もなんか言いなさいよ!!こんなバカにされて、なんでそんなのんきな顔してられるのよ?」

「おいおい、少しは冷静になれよ」

「翔さ、こんな時こそちょっとはプライド見せなさいよ!!」

「おやおや?君たち随分と仲がいいように見えるが」

 空気の読めない有栖も、さすがに未惟奈の俺に対する馴れ馴れしさを訝しんだようだった。

 そして困ったことに未惟奈は迷わず答えてしまった。

「私の記者会見、見たんでしょ?私は彼に負けたから空手を続ける決心をしたの。私は彼から今、空手の指導を受けているのよ」

「お、おい!未惟奈!!」

 さすがに俺の方が慌てた。

 興奮した未惟奈の声は距離のある他の空手部員にも聞こえたようで、またもやどよめきが起こってしまった。

 いやいや、そこまでぶっちゃけるか!?

「おい、野田!こっちこい!」

 有栖が海南高校の部員に向かってそう叫んだ。

 すると、大柄な生徒が”ウッス”と低い返事をして近づいてきた。

「彼は先日行われた新人戦で優勝している一年の野田義正だ」

 野田と呼ばれた男子生徒は、おそらくここにいる海南高校の中で最も大きな体をしていた。一言で言ってしまえば”力士ですか?”という体格だ。

 ただ有栖のデカさと違って、このデカさは体脂肪率の高さからくるもののようだった。

 身長190cm以上はあろうか?体重に至っては、正直こんな大きな人間見たことないから予想もできない。

 この野田という巨漢が、俺たちに近づくなり最初に視線を送ったのは俺ではなく未惟奈だった。

 未惟奈の全身を舐めるような視線を見た瞬間、俺は異様な苛立ちを覚え、野田と未惟奈の視線の間に割って入るように体を移動させた。

 俺の存在に気付いた野田は明らかに不快な顔をした。

「野田、お前この神沼翔君と軽く手合わせしてもらっていいか?」

 それを聞いた野田は俺の体を一瞥するなり、軽くフンと鼻から息を吐き捨てて、憐れむように俺を見た。

 武道、格闘技界において、体がでかいというだけで自分は実力者と勘違いしている輩は多い。

 特に直接打撃性ルールの空手では、確かに体がでかいということは圧倒的に有利だ。

 新人戦で優勝したのだって、経験値の浅い新人の中にあってはこの体格だからというファクターが大きかったはずだ。

 それに謙虚に気づかなければ技術の向上は止まる。

 でもこいつの態度を見る限りでは、それに気づいていない。

 さらに有栖は、俺とこの巨漢の野田を戦わせようということに何の躊躇もない。

 体重差はきっと65kgの俺の倍以上はある。

 ボクシングの階級があれだけ細かく分かれているという意味を、こいつらは知っているのだろうか?

 確かに直接打撃性の空手は”顔面への直接打撃がない”という特殊すぎるルールゆえに”無差別級”という大会が存在し、すべての階級の人間が出場してもスポーツとして危険なく成り立っている。

 でもそれはあくまで狭い競技ルールでしか通用しない話だ。

 それでも有栖はなんの躊躇もなく”自分たちの狭いルール”を強引に押し付けて、こんな巨漢と俺を対戦させようとしている。その神経が俺には理解できない。

 有栖にしても野田にしても、確かに競技空手では”強豪”と呼ばれ続けるのだろう。

 しかし物心ついたころから空手に浸かってきた俺からすると、その偏りまくった認識の浅さに違和感だらけだ。

 もう同じ空手をやっているという気すらしない。

 野田のいやらしい視線といい、有栖のあまりに浅はかで失礼なやり方に、流石の俺も顔がゆがむほどに苛立っていた。

 そんな俺の表情を目ざとく読み取った未惟奈は、むしろ嬉しそうにほほ笑んでいる。

 あぁあ、まったくそんな楽しそうにして暢気なもんだ。

 まあ、めんどくさいけど……

 やるしかないのか。
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