【天才アスリート少女】普通男子と天才少女の物語【普通男子の武道家】

里見 亮和

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受けながら倒す技

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ボロボロと大粒の涙を流す未惟奈の姿を見て、俺はその意味を一瞬理解できず、”ギョッ”としてしまった。

 しかし考えてみれば、あれだけ負けん気が強く、感情――特に怒り――をすぐに表に出す彼女が涙を流す理由は、一つしかない。

 悔しいのだ。

 俺が攻撃を一切せず、捌きに徹しているこの状況が、彼女の目には防戦一方の劣勢に映っている。

 涙を流すほどに……。

 未惟奈が自分のことではなく、俺のためにそれほど強い感情を抱いてくれたことに気づき、胸がキリキリと妙な痛みを感じた。

 同時に、不覚にも目の奥が熱くなってしまう。

 ”ったく、強気な未惟奈がなんて顔して泣いてんだよ……まあ、見てろって!!”

 俺は心の中で自分にそう言い聞かせ、その涙をなんとか怺えた。

 俺は道場の中央へ戻り、有栖を悠然と見据えた。

 このまま時間をやり過ごしたところで、有栖の攻撃が俺に当たることは万に一つもない。

 ただ、未惟奈にあんな顔をさせてしまった以上、単に捌き続けるだけでは足りない。

 受けしか許されない三十秒であっても、明確に「格の違い」を刻み込んでやる必要があると感じた。

             *      *      *

 「見切る」という言葉がある。

 武道においてこの言葉は、相手の能力のすべてを見抜くことを指す。

 あの宮本武蔵がもっとも卓越させていた才能こそが、この「見切る能力」だと言われている。

 俺は有栖の攻撃を受け続けた十数秒の間で……。

 すでにおそらく、ヤツを”見切った”。

 有栖のコンビネーションのパターンはもちろんのこと、左右の攻撃バランス、それぞれの攻撃を出す際の重心の位置まで。

 そして有栖の致命的なウィークポイントも。

 だからこそ、俺は余裕を湛えた笑みを有栖に放ってやった。

 これはやせ我慢でも見栄でもない。

 文字通り、勝負の底が見えたことから出た本心からの表情だった。

 有栖はそんな俺の顔を不快に感じたのか、眉間に皺を寄せ、険しい顔つきになる。

 果たして、未惟奈もこの俺の表情に気づいてくれただろうか。

 さて、有栖は典型的な「右利き」のファイターだ。

 卓越した右の蹴りに反して、左脚による蹴りのバランスは著しく悪い。

 だから自分でもあまり左は積極的に出してこないし、出したとしても、蹴った後に重心が定まらず連携が死ぬ瞬間が何度も見受けられた。

 未惟奈の『涙』を見た瞬間、俺の腹は決まった。

 ”攻撃せずに、有栖を倒してやる”

 芹沢と約束した三十秒まで、多く見積もっても残り十五秒程度。

 ここまできたら、芹沢との約束はキッチリ守った上で完勝してやる。

 だから、こちらからの攻撃はしない。

 だが、単に攻撃をいなして時間を潰すだけ、なんてことももうしない。

 残りの十五秒。

 有栖の攻撃を捌くその動きだけで、ヤツを窮地に追い込んでやる。

           *      *      *

 有栖は顔面パンチをルールで禁じられている空手家としては珍しく、上下左右の対角線を交互に狙う、いわゆる「オランダコンビネーション」を上手く使ってきた。

 ややオーバーハンド気味の右鎖骨から左ボディ、右ローキック、右ボディアッパー、左ローキック。

 何の工夫もなかった巨漢の野田と比較すれば、そのバリエーションは見事なものだった。

 そういった意味では、やはり有栖はチャンピオンなのだろう。

 ただ、有栖のコンビネーションが五発まで続くのは彼の才能ゆえだが、俺との対戦ではそれが仇となる。

 つまり、五発の最後に苦手な左ローキックを出すことで、自らウィークポイントを晒してしまっているのだ。

 普通の空手家ならそれに気づかないだろうが、俺の目はそんなに甘くない。

 俺はその最後の左ローキックの時に生じる、わずかな隙に照準を合わせた。

 ミドルキックなら、腕を使って軌道を円動作で流しながら相手のバランスを崩すことは日常的なディフェンスだ。

 しかし、腕が届かないローキックでそれを行うことには無理がある。

 だから、俺は「脚」を使った。

 脚を使って相手のローキックをブロックするのではなく、円の動きで崩すのだ。

 おそらくローキックに対してこんな捌きをする選手は、スポーツ空手界にはいないだろう。

 脚を使ってローキックを円で流すなんて”突飛な”発想にたどり着いたのは、「小兵」と言われた祖父「鵜飼貞夫」ならではの知恵だ。

 むろん、俺はその技を完全に継承している。

 それをスポーツ空手しか知らない有栖に、とことん味わってもらう。

 そして芹沢、お前もじっくりと見ておけよ。

 有栖は対戦が再開してからも全く変わらずに、怒濤のコンビネーションを放ってきた。

 そして俺は、有栖の左ローキックのすべてを完全に捌き切った。

 有栖は何度もバランスを崩し、ついに俺の作戦通りの捌きによって重心を大きく失い、無様に尻餅をついた。

 俺はすかさずその有栖に「残身」の構えをとり、上から圧をかけるようにして彼を完全に制した。

 有栖は悔しさのあまりか、顔を大きく歪めて俺を見上げつつ、小さく吐き捨てた。

「クッソ!」

 その時である。

『三十秒経過です』

 ようやく、タイムキーパーの声が響いた。

 さてと……ようやく、お膳立ては整った。

 ここからは、ガッツリ”いかせて”もらうぜ。
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