【天才アスリート少女】普通男子と天才少女の物語【普通男子の武道家】

里見 亮和

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妙な圧力という謀(はかりごと)

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 無酸素運動ができる限界時間は三十三秒――。

 そんな数字をどこかで目にした記憶がある。

 これを格闘技の対戦に当てはめれば、「ラッシュをかけられるのは概ね三十秒が限界」と解釈できるはずだ。

 つまり、いくらフィジカルトレーニングを積んでいる有栖とて、立ち上がりの三十秒間、あのような「格闘マシーン」ばりの猛攻を仕掛けたのであれば、相当に疲弊しているはずだった。

 事実、有栖は大きく肩を上下させていた。

 その激しい呼吸音は、離れている俺の耳にまで届くほどだ。

 当然、芹沢がその程度の反動を想定していないはずがない。

 このままラッシュを続けろなどという無茶な指示は出していないだろう。

 ”とすれば芹沢は……この後はどんな指示を出しているんだ?”

 底の知れない芹沢の顔を思い浮かべ、俺は慎重に思考を巡らせた。

 一番安直な予測は「ヒット・アンド・アウェー」への戦法転換だ。

 開始から三十秒間、防戦一方だった俺の心理を読み解けば、嫌でも「早く反撃に転じたい」という焦燥が浮かび上がる。

 俺が前に出てくることを見越しているなら、有栖は俺の攻撃にカウンターを合わせ(ヒット)、深追いさせずに距離を取る(アウェー)のが最も理にかなっている。

 その動きなら体力を回復させる時間が稼げるし、的確なカウンターが決まれば一撃で戦局をひっくり返せる。

 もっとも、俺がそう簡単にカウンターを許すつもりはないが。

 もし有栖がこの作戦を採るなら、警戒すべきポイントは一つ。

 攻撃を単発で終わらせないことだ。

 フェイントを織り交ぜ、二発、三発と連続攻撃のリズムを散らせば、カウンターのタイミングは絞らせない。

 それは、俺自身の空手がカウンターや合わせ技を真髄としているからこそ、痛いほどよくわかる。

 未惟奈の光速攻撃を確実に捌けているのも、突き詰めれば俺の空手が持つこうした特性に由来している。

 俺にはそれができるが、有栖は未惟奈を前にして何もできずに悶絶した。

 その実力差は紛れもない事実として横たわっている。

 俺は、前半の三十秒で見切った有栖のリズムに呼応するように、”すり足”で間合いを詰めた。

 俺の鼓動が有栖の呼吸とシンクロした瞬間。

 一発目にモーションの大きいフェイントを仕掛けようと、上半身を鋭く左右に振った。

 この揺さぶりに対する反応で、有栖が次に何をしようとしているか、その全容を暴けるはずだった。

 果たして、俺の想像通りに有栖は「カウンター狙い」であることを確信した。

 有栖は最初の三十秒で自分からあれだけのラッシュを仕掛けていたにも関わらず、待ちの体制になっていること。

 そして俺が動いた瞬間にカウンターを合わせるべく動いたことで明らかだ。

 しかし、少し予想と違うことが起こった。

 有栖の得意技は蹴りの大技だが、なんと単純な中段の突きをカウンターとして選択した。

 しかも俺が驚いたのは、その攻撃に「妙な圧」を感じたことだ。

「妙な圧」を感じ取った俺は、警戒して反射的にステップバックして距離を置いた。

 一見すれば、ただの逆突き。

 ボディストレートだ。

 だが、その突きには得体の知れない圧力が上乗せされている感覚があった。

 だからこそ、俺の生存本能が強引にバックステップを選択させたのだ。

 何の工夫もない、無謀とも言える一撃。

 確かにスピードも威力も申し分ない。

 だが、あんな単発の突きなど、俺でなくても容易に回避できる。

 なぜ、そんな選択をしたのだ?

 そして何より、肌を刺すようなこの不気味な圧力の正体はなんだ。

 混濁する思考の中で、その答えは”ある記憶”と結びついた。

 未惟奈の攻撃を受けた時に感じる、あの「圧」だ。

 これまで俺は、未惟奈の「圧の正体」を、彼女自身の激しい感情と結びついた特異体質のようなものだと分析していた。

 だとするなら、有栖もまた感情を乗せた攻撃を放ってきたというのか。

 いや、あり得ない。

 感情を乗せるだけでこれほどの威圧感を放つ技術など、一朝一夕で身につくはずがない。

 一体、芹沢は有栖にどんな「入れ知恵」を施したのだ。

 先ほどの芹沢と未惟奈の対戦で、芹沢は未惟奈の圧を意識的に後方へ受け流していた。

 それはつまり、彼女が「気」の類いに関する何らかの術理を保持していることを示唆している。

 有栖は、空手部での指導を通じてそれを伝授されたというのか。

 またもや芹沢の手のひらで、得体の知れない「術」にでもかけられているような気味悪さがこみ上げる。

 浮かび上がった彼女の笑顔を幻視した瞬間、背筋にゾワリとした悪寒が走った。

 ”くっそ、芹沢……ヤツは何を企んでいるんだ?”
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