【天才アスリート少女】普通男子と天才少女の物語【普通男子の武道家】

里見 亮和

文字の大きさ
41 / 64

檸檬色の焦燥

しおりを挟む
「あれ?翔?ずいぶん遅かったわね?」

家に着くと、檸檬がすでに夕食の準備を整えていた。

父親は単身赴任で不在。

母親は看護師で夜勤が多く、夕方から出勤することが多いため、夕飯作りはいつも檸檬の役目だ。

「ああ、ちょっと竜馬先輩に付き合わされてね」

「未惟奈ちゃんも一緒だったんでしょ?」

「え!?な、なんで未惟奈の名前がいきなり出てくるんだよ?」

「へえ、ちゃんと動揺するんだ……」

「揶揄うなよな?」

「フフフ」

檸檬は形のいい唇から少しだけ綺麗な歯をのぞかせて、いたずらっぽく微笑んだ。

実の姉に恋心を抱いてしまった俺は、最近こんな彼女の表情を見るだけで、不安に心がさざ波を立ててしまう。

以前は、こんな焦燥感を覚えることなんてなかった。

姉弟という絶対的な関係がある以上、檸檬はいつでも俺の隣にいるのが当たり前で、「離れる」なんて意識が芽生えるはずもなかったからだ。

確かに、檸檬のルックスは規格外で、校内でも屈指の注目株であることは理解している。

かつて人気サッカー部員から告白されたときには少し焦りもしたが、今では「檸檬が誰かの告白に応じることはない」という根拠のない確信さえ持っていた。

それなのになぜ、最近これほどまでに胸がざわつくのか。

その原因は、間違いなく「未惟奈」の存在だった……。

「未惟奈ちゃんと、何か進展あったでしょ?」

「え?なんで?」

「顔がニヤついてる」

「そんなわけないだろ!」

俺は強がって否定してみたものの、檸檬の指摘が真実を突いていることに、自分でも気づき始めている。

おそらく、俺は未惟奈に惹かれ始めているのだ。

檸檬以外の女性を好きになる可能性なんて万に一つもないと思っていた俺にとって、自分自身の変化を認めるのは容易ではなかった。

けれど、今日の未惟奈の涙を見た瞬間に沸き上がった、あの感情。

たぶん、間違いようがない。

俺にとって未惟奈は、特別な存在になりつつある。

だからこそ、俺は檸檬の顔を見て焦ってしまうのだ。

檸檬から離れるきっかけを、他ならぬ俺自身が作り出しているという事実に。

檸檬が俺に恋愛感情を抱く可能性は、間違いなくゼロだ。

だから俺が彼女に対して、勝手に気持ちの操を立てる必要なんてどこにもない。

むしろ、俺に好きな女子ができれば、檸檬は心から喜んでくれるだろう。

それなのに、俺の中には「ずっと檸檬を好きでいたい自分」がしぶとく居座っている。

だから、その場所を脅かす未惟奈の存在に、勝手な焦りを感じているのだ。

こんな一人相撲が滑稽なのは分かっている。

それでも、現実として檸檬の口から未惟奈の話題が出るのがつらかった。

自分勝手な理屈だが、「いっそ檸檬にも好きな人でもできれば」なんて都合のいい想像さえしてしまう。

”檸檬のそばにずっといて、檸檬は俺がまもる”

そんな風に抱き続けてきた想いは、単なる子供じみた妄想だったのだろうか。

それとも、そんな青い幻想を捨てるべき時期が、ようやく来たということなのか。

「檸檬?俺のことはともかく……檸檬は好きな人とかいないの?」

自分でもずるい問いだと思いながら、俺はあえてそう尋ねた。

「いるよ?知ってるでしょ?……IZUMI」

「ああ、またそれか」

IZUMIというのは檸檬が憧れているモデルらしく、彼女は毎日、部屋に飾った写真を眺めては顔をほころばせている。

実在しないも同然の芸能人に憧れて満足している檸檬も、恋愛に関しては俺以上に子供なのかもしれない。

俺は、自分の本心と向き合ってしまえば、簡単に「答え」が出てしまうことに気づいている。

だから今は、檸檬の前で余計なことを考えるのを無理やりやめた。

そうだ、今優先すべきは今日の出来事だ。

あの謎めいた空手部顧問、芹沢薫子。

俺は、彼女と知り合いだという春崎須美にラインを送った。

”春崎さん?今日芹沢薫子に会ったよ”

送信した直後、電光石火の速さで着信音が鳴り響いた。

「ど!どういうこと!?」

あまりに大きな叫び声が、スピーカー設定にでもしているかのような音量で室内に響き渡る。

その勢いに、檸檬が怪訝そうな表情を浮かべた。

「は、春崎さん、声デカすぎです」

「ああ、ごめん……だって!」

俺と春崎さんのやり取りを傍で見ていた檸檬が、不機嫌そうな声を漏らした。

「今の、未惟奈ちゃんじゃないよね?」

「ああ、……知り合いの人だよ」

俺はいったんスマホを耳から離し、しどろもどろになりながら答えた。

「誰なの?」

檸檬は、怒ったときの癖で、その大きな瞳で俺をじっと睨めつけた。

俺はいたたまれなくなり、思わず目を逸らす。

別に、悪いことをしているわけじゃない。

それなのに、どうしてこれほどまでに後ろめたい気持ちになるのだろうか。

まったく、最近の俺はどうなっているんだ。

未惟奈に春崎さん、そして芹沢薫子。

急にスペックの高い女性たちが周りに現れすぎている。

もしかして、一生分の女性運を今ここで使い果たしているのではないか。

俺の人生、本当に大丈夫なんだろうか……。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

処理中です...