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対極の二人
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未惟奈から”先に行って待ってて”と言われた二階フロアーにあるエアロビクススタジオで、ウィリス父と二人で”女性陣”が来るのを待っていた。
俺はいつも通り、下は空手着、上半身はごくごく普通のTシャツ姿だ。
未惟奈とほぼ毎日練習するようになってからは、このウェアだけはいつもバッグに入っている。
だから、突発的に今回のようなことが起きても問題はない。
俺が今いるスタジオは、開閉可能な全面鏡張りで、天井には埋め込み式のスピーカーがいくつも設置されていた。
いかにもエアロビクススタジオという感じだが、なぜか部屋の壁に沿って大小五つのサンドバッグがつるされている。
「この部屋はどういう目的で使用されているんですか? エアロビクススタジオっぽいですけど、サンドバッグは違和感ありますね?」
俺は純粋に思ったことをウィリス父に聞いた。
「ここのスペースはボクササイズやエアロビクスのスクールに貸し出しをしているんだ。だから実際にサンドバッグを使うこともある。そして空いている時間はアスリート達に自由に使ってもらえるフリースペースにもしてある」
へえ、ということはアスリート養成以外にも一般に開放して、しっかりビジネスもしてるってことか。
これだけの施設を運営するには、しっかり運営資金を確保しないといけないんだろう。
まあ、高校生の俺にはよく分からんけど。
にしても、なんでウィリス父もいるの? 立ち会う気満々ってこと?
でも考えようによっては、学校からこのジムに来るまでの間の伊波が見せた”キャラクター”から想像するに、物騒なことは起こらない気はする。
それでも”大人の”ウィリス父が立ち会ってくれるというのは、心強い。
すると、まもなくして一人の女性がスタジオに入ってきた。
「え? 誰?」
と思ったのだが、それが伊波紗弥子と知って俺は、口をあんぐりと開けてしまった。
それは、さっきまではあまりにも普通の女子高生であったはずの伊波紗弥子が、”別人”になっていたからだ。
どこにでもいるスタイルのいい女子高生だった彼女。
彼女がただ単に学生服から”ムエタイスタイル”に着替えてきたという外見の話をしているのではない。
醸し出す雰囲気が、もっと言うなら彼女の周りの空気感が一変してしまっていた。
すでに近寄りがたい天才格闘家としてのオーラを放っていたのだ。
そしてまた、彼女のスタイルを見て”別に普通のトレーニングスーツでいいだろう?”とも思うのだが、あえてガチなムエタイの格好をしてきたのは彼女なりの拘りなのだろう。
伊波は、レギンスは穿かずにいかにも真っ赤な原色の短パン姿。
だから、その長くて”鍛え抜かれた”脚を惜しみなく披露していた。
確かにその脚はある意味”美しい”のだが、普通の女性の脚を見て感じる”エロティックな”感想にはほど遠い。
その鍛え抜かれた脚に、俺はただただ見惚れてしまった。
そこには普通の女子高生という雰囲気は微塵もなく、誰が見てもムエタイ戦士の姿でしかなかった。
「伊波さん? なんか雰囲気違い過ぎてビビるんだけど?」
「はは、どうです? 格闘家っぽいでしょ?」
彼女はちょっとだけ空気を緩めて、はにかんでそう言った。
「いや、”けっこう”なんてレベルじゃなくて、天才少女の称号は伊達じゃないなってオーラ出てるよ」
「か、翔さん、そ、そんなに褒めないでよ!」
伊波はいきなりドギマギと動揺して、頬を赤くしてしまった。
さっきの格闘家オーラ出しまくりの彼女からは予想外のリアクションにギャップ萌えした俺は、顔まで火照ってしまった。
「ちょっと翔!? 何デレデレしてるの?」
いつの間にかスタジオに入ってきていた未惟奈は、そんな俺の姿を見て速攻で突っ込んできた。
「いや未惟奈、この姿見たら普通の男子ならこうなるから……」
「や、やめてくださいよ、翔さん!? ホントに……」
伊波は顔を真っ赤にしながら、俺の視線から逃れるように未惟奈の背後に隠れてしまった。
いや、そういうリアクションをされると、俺が卑猥な視線を向けていただけのエロ男子高校生になっちゃうんだけど?
そのギャップ萌えだけじゃなくて、その前にちゃんとあなたの格闘家としてのオーラとか感じてましたからね?
そう目で訴えたけど……目だけで伝わるわけもなく、いまだジロジロ女性を見続けるヤバい男になりそうなので、その目が宙を泳いでなんとも情けない感じになってしまった。
そして、ふと未惟奈を見ると鬼の形相で睨んでいるのに気付いた俺は、気持ち悪い苦笑いをするしかなかった。
「まったく……で、どうする?」
未惟奈は心底呆れた様子で、ため息交じりにそう言った。
「そうだよ、結局俺までこうして着替えさせられてんだけど……未惟奈はどんなプランがあるんだ?」
未惟奈は不貞腐れつつも、幸い性格は極めて”せっかち”なのですぐに話を前に進めてくれた。
俺もすぐにそれに乗った。
「未惟奈はもう十分ウォームアップはできてるだろうけど、伊波さんと翔君は少し体動かした方がいいんじゃないか?」
ウィリス父も、これから俺たちが”対戦するであろう”ことを分かっている口ぶりでそんな提案をしてきた。
未惟奈から話を聞いているのか、勝手にそんな想像をしているのかは知らんが、この辺の配慮はさすが一流トレーナーらしい。
「そうね、私はもう一回ワークアウトしてきてるから、さっさとアップしちゃって」
いや、簡単にワークアウトしたって言うなよ。
もしかして筋肉ヘロヘロになってるんじゃないの?
いや、未惟奈にはそれくらいのハンデがあったほうがいいのかも!?
* * *
俺はウォームアップで、あまり激しい動作のない、芹沢から教わった大成拳の動作をゆっくりと行っていた。
そして丁寧に、身体全体に”気の感覚”が漲ってくるのを確認した。
最近ようやくこんな風に、”気の感覚”ということが自分の身体の中の体験として意識できるようになってきた。
この姿は果たして、ムエタイ戦士の伊波にどう映るだろうか?
普通のムエタイ戦士なら「なにその踊り?」と揶揄するであろうが、伊波は一度芹沢と対戦をしている。
俺の動きを時折”鋭い視線”で観察しているのを感じていたが、あまり興味を示す様子はなかった。
まあ、芹沢と対峙したのはほんの数秒だ。
あの試合での芹沢の動きと、今の俺の動きが同じ拳法だという結論には到底たどり着けないだろう。
伊波は鏡に向かって丁寧にシャドウトレーニングをした後に、スタスタと壁の前に吊るされているサンドバッグの前に進んだ。
すると、バッグを両腕で少し揺らしながら、そのバッグにミドルキックを一発蹴り込んだ。
それを見て、俺は”ゾッ”とした。
本人は”軽く”蹴ったのだろうが、その見た目の”軽さ”とは裏腹に、サンドバッグがこのスタジオ全体に響き渡るほどに”バシン”という打撃音が大音量で響いたのだ。
これは軽い力でも的確にバッグの芯を捉えた、極めて精度の高い蹴りであることを意味した。
この蹴りを見ただけで、彼女のスキルがどれだけ高いかは一瞬でわかった。
やはり伊波は只者ではない。
頭では”天才少女”と分かっていたつもりでも、その動きを目の当たりにすると、その実感は俺の身体にずっしりとインパクトを以て感じることになった。
空手の回し蹴りとは明らかに違う、腰を開ききるムエタイ独特のミドルキック。
俺はやはりその動作を見て「凄い」と思うと同時に「美しい」とも感じた。
つまりこれは、俺のように格闘技というよりは武道に拘るタイプの人間にしたら、相手を倒す「攻撃」ではなくて、極めるべき「技」に映ったのだ。
そしてもう一つ気付いたことがある。
伊波は「天才」じゃない。
いや、もちろん才能はあると思う。
しかし彼女の技は、気の遠くなるような長い時間をかけて身に付けた”後天的な技術”だ。
そういった意味では、天才のDNAで見ま瞬間にその技を再現してしまう未惟奈とは、対極の技術だ。
伊波のその技の根幹は、空手とムエタイの違いこそあれ「俺に近い」という印象を持った。
興味なさそうな顔をしていた未惟奈が、彼女のバッグを蹴り込む姿を見た瞬間、彼女にしては珍しく厳しい表情をした。
もしかすると未惟奈も同じことを感じているのではないか?
そしてウィリス父も、そんな伊波の姿を見て、ニヤリと口角を上げた。
これから起こることに、大いに期待を寄せているように思えた。
俺はいつも通り、下は空手着、上半身はごくごく普通のTシャツ姿だ。
未惟奈とほぼ毎日練習するようになってからは、このウェアだけはいつもバッグに入っている。
だから、突発的に今回のようなことが起きても問題はない。
俺が今いるスタジオは、開閉可能な全面鏡張りで、天井には埋め込み式のスピーカーがいくつも設置されていた。
いかにもエアロビクススタジオという感じだが、なぜか部屋の壁に沿って大小五つのサンドバッグがつるされている。
「この部屋はどういう目的で使用されているんですか? エアロビクススタジオっぽいですけど、サンドバッグは違和感ありますね?」
俺は純粋に思ったことをウィリス父に聞いた。
「ここのスペースはボクササイズやエアロビクスのスクールに貸し出しをしているんだ。だから実際にサンドバッグを使うこともある。そして空いている時間はアスリート達に自由に使ってもらえるフリースペースにもしてある」
へえ、ということはアスリート養成以外にも一般に開放して、しっかりビジネスもしてるってことか。
これだけの施設を運営するには、しっかり運営資金を確保しないといけないんだろう。
まあ、高校生の俺にはよく分からんけど。
にしても、なんでウィリス父もいるの? 立ち会う気満々ってこと?
でも考えようによっては、学校からこのジムに来るまでの間の伊波が見せた”キャラクター”から想像するに、物騒なことは起こらない気はする。
それでも”大人の”ウィリス父が立ち会ってくれるというのは、心強い。
すると、まもなくして一人の女性がスタジオに入ってきた。
「え? 誰?」
と思ったのだが、それが伊波紗弥子と知って俺は、口をあんぐりと開けてしまった。
それは、さっきまではあまりにも普通の女子高生であったはずの伊波紗弥子が、”別人”になっていたからだ。
どこにでもいるスタイルのいい女子高生だった彼女。
彼女がただ単に学生服から”ムエタイスタイル”に着替えてきたという外見の話をしているのではない。
醸し出す雰囲気が、もっと言うなら彼女の周りの空気感が一変してしまっていた。
すでに近寄りがたい天才格闘家としてのオーラを放っていたのだ。
そしてまた、彼女のスタイルを見て”別に普通のトレーニングスーツでいいだろう?”とも思うのだが、あえてガチなムエタイの格好をしてきたのは彼女なりの拘りなのだろう。
伊波は、レギンスは穿かずにいかにも真っ赤な原色の短パン姿。
だから、その長くて”鍛え抜かれた”脚を惜しみなく披露していた。
確かにその脚はある意味”美しい”のだが、普通の女性の脚を見て感じる”エロティックな”感想にはほど遠い。
その鍛え抜かれた脚に、俺はただただ見惚れてしまった。
そこには普通の女子高生という雰囲気は微塵もなく、誰が見てもムエタイ戦士の姿でしかなかった。
「伊波さん? なんか雰囲気違い過ぎてビビるんだけど?」
「はは、どうです? 格闘家っぽいでしょ?」
彼女はちょっとだけ空気を緩めて、はにかんでそう言った。
「いや、”けっこう”なんてレベルじゃなくて、天才少女の称号は伊達じゃないなってオーラ出てるよ」
「か、翔さん、そ、そんなに褒めないでよ!」
伊波はいきなりドギマギと動揺して、頬を赤くしてしまった。
さっきの格闘家オーラ出しまくりの彼女からは予想外のリアクションにギャップ萌えした俺は、顔まで火照ってしまった。
「ちょっと翔!? 何デレデレしてるの?」
いつの間にかスタジオに入ってきていた未惟奈は、そんな俺の姿を見て速攻で突っ込んできた。
「いや未惟奈、この姿見たら普通の男子ならこうなるから……」
「や、やめてくださいよ、翔さん!? ホントに……」
伊波は顔を真っ赤にしながら、俺の視線から逃れるように未惟奈の背後に隠れてしまった。
いや、そういうリアクションをされると、俺が卑猥な視線を向けていただけのエロ男子高校生になっちゃうんだけど?
そのギャップ萌えだけじゃなくて、その前にちゃんとあなたの格闘家としてのオーラとか感じてましたからね?
そう目で訴えたけど……目だけで伝わるわけもなく、いまだジロジロ女性を見続けるヤバい男になりそうなので、その目が宙を泳いでなんとも情けない感じになってしまった。
そして、ふと未惟奈を見ると鬼の形相で睨んでいるのに気付いた俺は、気持ち悪い苦笑いをするしかなかった。
「まったく……で、どうする?」
未惟奈は心底呆れた様子で、ため息交じりにそう言った。
「そうだよ、結局俺までこうして着替えさせられてんだけど……未惟奈はどんなプランがあるんだ?」
未惟奈は不貞腐れつつも、幸い性格は極めて”せっかち”なのですぐに話を前に進めてくれた。
俺もすぐにそれに乗った。
「未惟奈はもう十分ウォームアップはできてるだろうけど、伊波さんと翔君は少し体動かした方がいいんじゃないか?」
ウィリス父も、これから俺たちが”対戦するであろう”ことを分かっている口ぶりでそんな提案をしてきた。
未惟奈から話を聞いているのか、勝手にそんな想像をしているのかは知らんが、この辺の配慮はさすが一流トレーナーらしい。
「そうね、私はもう一回ワークアウトしてきてるから、さっさとアップしちゃって」
いや、簡単にワークアウトしたって言うなよ。
もしかして筋肉ヘロヘロになってるんじゃないの?
いや、未惟奈にはそれくらいのハンデがあったほうがいいのかも!?
* * *
俺はウォームアップで、あまり激しい動作のない、芹沢から教わった大成拳の動作をゆっくりと行っていた。
そして丁寧に、身体全体に”気の感覚”が漲ってくるのを確認した。
最近ようやくこんな風に、”気の感覚”ということが自分の身体の中の体験として意識できるようになってきた。
この姿は果たして、ムエタイ戦士の伊波にどう映るだろうか?
普通のムエタイ戦士なら「なにその踊り?」と揶揄するであろうが、伊波は一度芹沢と対戦をしている。
俺の動きを時折”鋭い視線”で観察しているのを感じていたが、あまり興味を示す様子はなかった。
まあ、芹沢と対峙したのはほんの数秒だ。
あの試合での芹沢の動きと、今の俺の動きが同じ拳法だという結論には到底たどり着けないだろう。
伊波は鏡に向かって丁寧にシャドウトレーニングをした後に、スタスタと壁の前に吊るされているサンドバッグの前に進んだ。
すると、バッグを両腕で少し揺らしながら、そのバッグにミドルキックを一発蹴り込んだ。
それを見て、俺は”ゾッ”とした。
本人は”軽く”蹴ったのだろうが、その見た目の”軽さ”とは裏腹に、サンドバッグがこのスタジオ全体に響き渡るほどに”バシン”という打撃音が大音量で響いたのだ。
これは軽い力でも的確にバッグの芯を捉えた、極めて精度の高い蹴りであることを意味した。
この蹴りを見ただけで、彼女のスキルがどれだけ高いかは一瞬でわかった。
やはり伊波は只者ではない。
頭では”天才少女”と分かっていたつもりでも、その動きを目の当たりにすると、その実感は俺の身体にずっしりとインパクトを以て感じることになった。
空手の回し蹴りとは明らかに違う、腰を開ききるムエタイ独特のミドルキック。
俺はやはりその動作を見て「凄い」と思うと同時に「美しい」とも感じた。
つまりこれは、俺のように格闘技というよりは武道に拘るタイプの人間にしたら、相手を倒す「攻撃」ではなくて、極めるべき「技」に映ったのだ。
そしてもう一つ気付いたことがある。
伊波は「天才」じゃない。
いや、もちろん才能はあると思う。
しかし彼女の技は、気の遠くなるような長い時間をかけて身に付けた”後天的な技術”だ。
そういった意味では、天才のDNAで見ま瞬間にその技を再現してしまう未惟奈とは、対極の技術だ。
伊波のその技の根幹は、空手とムエタイの違いこそあれ「俺に近い」という印象を持った。
興味なさそうな顔をしていた未惟奈が、彼女のバッグを蹴り込む姿を見た瞬間、彼女にしては珍しく厳しい表情をした。
もしかすると未惟奈も同じことを感じているのではないか?
そしてウィリス父も、そんな伊波の姿を見て、ニヤリと口角を上げた。
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