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天才たちの饗宴
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「翔君、久しぶりだねえ」
上から見下ろされながら、なんとかの帝王並みにドスの効いた声で挨拶をされた俺は、仰け反りながら思わず数歩後ずさりしてしまった。
「ああ、こ、こんにちは……」
突然の恐怖体験で、俺は声を上ずらせながらそこまで言うのが精いっぱいだった。
盛岡の郊外には不釣り合いな、近代的なトレーニング施設。
しかも市民体育館並みに広大な土地と3階建ての建物。
駐車スペースは大手スーパー並みに確保されているが、明らかにこれほどはいらないだろう。
その巨大なトレーニング施設の広々としたエントランスで、金剛力士像と見まがうほどたくましい肉体をした御仁が俺たちを出迎えてくれた。
その迫力たるや、このエントランスには仁王門があるのか、あるいはここは禅寺なのかと錯覚を起こしそうだった。
この男性こそ、仁王像……もといミナミのなんとか……もとい未惟奈の父、エドワード・ウィリスだ。
それにしても、なぜウィリスパパのお出迎えなのだろうか。
そんなVIP待遇は必要ない。
そんなウィリス父の「お出迎え」の恐怖に慄き絶句していたら、急に破顔したウィリス父が言葉を継いだ。
「未惟奈は今、トレーニングの最中だからちょっと待ってくれたまえ。そしてそこの彼女が伊波さんだね?」
未惟奈から事情は聴いているらしく、ウィリス父は相変わらず流暢な日本語で話した。
「ウィリスさん、ご無沙汰しております。いつも未惟奈さんにはお世話になっています」
「は、はじめまして、伊波紗弥子です」
俺はのっけから面食らって動揺し、思わず声が出なかったのだが、なんとか必要最低限の挨拶の言葉を絞り出した。
伊波はウィリス父の迫力に圧倒されてしどろもどろだ。
きっと伊波だってウィリス父がどれほどのスーパースターなのかは知っているはずだから、無理もない。
ふと見ると、ウィリス父はニコニコと愛想のいいおっさんを演じつつ、そのくせ鋭い視線を伊波の”身体全体”に向けていた。
俺が以前にされたように、このおっさんは間違いなく”筋肉の付き具合”を観察しているのだろう。
だが、女子高生の身体をおっさんがそこまでガン見するのはいかがなものか。
「ゴホンッ」
俺が咳払いをすると、ウィリス父は視線をようやく俺に向けてくれた。
しかし、全く悪びれることなくウィリス父は満面の笑みを浮かべた。
きっと伊波の身体を観察して、思うことがあったのだろう。
なんだか嬉しそうだ。
本当に駄目だと思う、おっさんが女子高生の身体を見てそんな喜色満面になっては。
「じゃあ、中へどうぞ」
ウィリス父は笑顔のまま右手で施設の中を指し、我々が入ることを促した。
自動ドアを抜けて数段の階段を上った先に、受付カウンターがあった。
本当に普通のスポーツジムのようだ。
床から壁、天井まで全て明るい黄色で統一されていて、否応なしにテンションが上がりそうな雰囲気を醸し出していた。
「翔さん?なんか……凄くないですか?」
「ああ、普通じゃないよね。まあ世界のウィリスが運営するトレーニング施設なら、こうなるってことなんだろうな」
「ですよね……翔さんもはじめてなんですよね?」
「ああ、もちろん外観は何度も見てるけど、中に入るのははじめてだ」
そんな会話を伊波としていると、先を歩いていたウィリス父が少し歩速を落として近づいてきた。
「そういえば、翔君、未惟奈とは”ずいぶんと”仲良くやっているようだね?」
「は!?」
ウィリス父が今日一番怖い顔で聞いてきたので、俺はまたもや一気に萎縮してしまった。
確かに考えてみれば、俺は大事な娘の周りを一番近くでウロチョロする男子なわけで、父親としたら俺の存在は決して喜ばしいものではないのかもしれない。
俺が何と答えるのが正解かと悩んでいると、前方から小走りで、しかも異様にきれいなフォームで近づく影が目に入った。
「あ、翔……もう着いたのね?」
黒いスポーツレギンスと、上半身はブルーのミニタンクトップ姿。
直前までウェイト・トレーニングをしていたのか、上半身全体の筋肉がパンプアップして、いつもの未惟奈のサイズ感と随分と違って見えた。
いや、その……なぜ娘にこんな露出の多いウェアを着せるのか、このおっさんは。
しかしその肉体は”イヤらしい”と形容するにはあまりにも美しすぎて、その姿はまるで美術館の彫像が飛び出してきたと言っても決して大げさではない気がした。
「か、翔、なにジロジロ見てんのよ」
しまった、思わず見惚れて、いや本当に見惚れてガン見しすぎた。
これでは俺もウィリス父のことを言えた義理ではない。
「ああ、悪りぃ……つい見惚れた」
「な、な、なに言ってんのよ、翔!!」
「おいおい、翔くん……君は何をジロジロ見てるんだ?」
あんたに言われたくないが、事実なだけに言い訳ができない。
俺は冷房の効いた建物の中にいながら、炎天下を歩いていた時よりもずっと多くの汗が頭から噴き出してきてしまった。
「み、未惟奈さん!!は、はじめまして!……あの、伊波紗弥子です。今日は突然ですいませんでした」
俺の窮地を救うためではないだろうが、空気を読まずに伊波が会話に割って入ってくれたおかげで、俺はなんとかウィリス親子の視線から逃れることができた。
「ああ、はじめまして……へえ、あなたが天才ムエタイ少女の伊波紗弥子?」
のっけから未惟奈は上から目線だ。
まあ、これは誰に対してもそうなのだが。
「いえ、そんな天才なんて……ぜんぜん」
伊波は心底照れているようで、両手を伸ばして掌を大きく振って否定しつつ、眉を八の字にして耳まで真っ赤になってしまった。
この姿を見ると、あまりに未惟奈の芸能人オーラが凄すぎて、伊波は普通の女子高生にしか見えない。
「じゃあ、二人とも奥の階段を上がると中二階に更衣室があるから、着替えてきて」
未惟奈が当たり前のように言うので、俺はちょっと焦った。
「おい、なんか対戦前提みたいに話を進めていいのかよ?」
「は?何言ってんの?さっきも言ったじゃない。でなきゃここまで来てもらう意味ないじゃない」
「まあ、そうだけど……それに俺は着替える必要はないだろう?」
「バカね、絶対着替えなきゃだめでしょ。翔だっていろんな相手と手合わせする機会を増やした方がいいじゃない。まがりなりにも空手を世界に認めさせるんでしょ?」
「いやいや、それが勝手に春崎さんが言ってるだけで」
「えっと、横入りして申し訳ないんですけど……翔さんも何かやってるんですか?」
伊波が言った”何か”とは、もちろん武道か格闘技かという意味だろう。
未惟奈はすでに俺も巻き込んで、この調子だと伊波と俺を対戦させる気でいる。
別にいいのだが、流石に未惟奈以外の同年代の女性と戦うのは気が引ける。
でもまあ、隠しても仕方ないので俺は正直に答えた。
「ああ、空手を少々」
「少々?」
と怒気をはらんで言ったのは未惟奈だ。
いいではないか、最初は謙遜するのが日本の作法なのだから。
俺はジト目で未惟奈を見ながら視線でそれを伝えると、未惟奈も俺の言いたいことが伝わったのか「チッ」と小さく舌打ちしたのが聞こえた。
本当になんて行儀が悪いのだろう、この娘は。
親の顔が見てみたい。
……と思ったら、その父親がなんだか怖い顔で俺のことを見ているのだが。
「翔君?」
「は、はい……」
「ずいぶん未惟奈とは仲がいいように見えるんだが」
「え?そ、そんなことはないと思いますけど……普通ですよ、普通」
「まさか付き合ってるとかじゃないよな?」
「バッ!!バカなこと言わないでよ!」
これに反応したのは未惟奈だった。
激高したのか、真っ赤になってウィリス父に食って掛かった。
「そうですよ。お言葉ですが、ウィリス未惟奈さんのような大スターが、その翔さんのような、その……」
伊波さん、そこまで言ったなら、最後まで言っちゃおうよ。
「翔さんのような普通の男子と付き合うはずないじゃないですかあ!」と。
まったく、このままここでグダグダしていても先に進みそうにないから、俺は強引にスタスタと中二階にあるという更衣室に向かった。
この雰囲気だと「天才少女決着」という物々しい果し合いではなく、いい技術交流という感じになりそうだ。
そうならば、俺も未惟奈以外の相手に、ここ数か月芹沢から学んだ「大成拳」の成果を試すいい機会かもしれない。
普通の少女に見えても、伊波は天才と呼ばれるムエタイのチャンピオンだ。
ふふふ、そう考えると、ちょっと楽しみな気がしてきたな。
上から見下ろされながら、なんとかの帝王並みにドスの効いた声で挨拶をされた俺は、仰け反りながら思わず数歩後ずさりしてしまった。
「ああ、こ、こんにちは……」
突然の恐怖体験で、俺は声を上ずらせながらそこまで言うのが精いっぱいだった。
盛岡の郊外には不釣り合いな、近代的なトレーニング施設。
しかも市民体育館並みに広大な土地と3階建ての建物。
駐車スペースは大手スーパー並みに確保されているが、明らかにこれほどはいらないだろう。
その巨大なトレーニング施設の広々としたエントランスで、金剛力士像と見まがうほどたくましい肉体をした御仁が俺たちを出迎えてくれた。
その迫力たるや、このエントランスには仁王門があるのか、あるいはここは禅寺なのかと錯覚を起こしそうだった。
この男性こそ、仁王像……もといミナミのなんとか……もとい未惟奈の父、エドワード・ウィリスだ。
それにしても、なぜウィリスパパのお出迎えなのだろうか。
そんなVIP待遇は必要ない。
そんなウィリス父の「お出迎え」の恐怖に慄き絶句していたら、急に破顔したウィリス父が言葉を継いだ。
「未惟奈は今、トレーニングの最中だからちょっと待ってくれたまえ。そしてそこの彼女が伊波さんだね?」
未惟奈から事情は聴いているらしく、ウィリス父は相変わらず流暢な日本語で話した。
「ウィリスさん、ご無沙汰しております。いつも未惟奈さんにはお世話になっています」
「は、はじめまして、伊波紗弥子です」
俺はのっけから面食らって動揺し、思わず声が出なかったのだが、なんとか必要最低限の挨拶の言葉を絞り出した。
伊波はウィリス父の迫力に圧倒されてしどろもどろだ。
きっと伊波だってウィリス父がどれほどのスーパースターなのかは知っているはずだから、無理もない。
ふと見ると、ウィリス父はニコニコと愛想のいいおっさんを演じつつ、そのくせ鋭い視線を伊波の”身体全体”に向けていた。
俺が以前にされたように、このおっさんは間違いなく”筋肉の付き具合”を観察しているのだろう。
だが、女子高生の身体をおっさんがそこまでガン見するのはいかがなものか。
「ゴホンッ」
俺が咳払いをすると、ウィリス父は視線をようやく俺に向けてくれた。
しかし、全く悪びれることなくウィリス父は満面の笑みを浮かべた。
きっと伊波の身体を観察して、思うことがあったのだろう。
なんだか嬉しそうだ。
本当に駄目だと思う、おっさんが女子高生の身体を見てそんな喜色満面になっては。
「じゃあ、中へどうぞ」
ウィリス父は笑顔のまま右手で施設の中を指し、我々が入ることを促した。
自動ドアを抜けて数段の階段を上った先に、受付カウンターがあった。
本当に普通のスポーツジムのようだ。
床から壁、天井まで全て明るい黄色で統一されていて、否応なしにテンションが上がりそうな雰囲気を醸し出していた。
「翔さん?なんか……凄くないですか?」
「ああ、普通じゃないよね。まあ世界のウィリスが運営するトレーニング施設なら、こうなるってことなんだろうな」
「ですよね……翔さんもはじめてなんですよね?」
「ああ、もちろん外観は何度も見てるけど、中に入るのははじめてだ」
そんな会話を伊波としていると、先を歩いていたウィリス父が少し歩速を落として近づいてきた。
「そういえば、翔君、未惟奈とは”ずいぶんと”仲良くやっているようだね?」
「は!?」
ウィリス父が今日一番怖い顔で聞いてきたので、俺はまたもや一気に萎縮してしまった。
確かに考えてみれば、俺は大事な娘の周りを一番近くでウロチョロする男子なわけで、父親としたら俺の存在は決して喜ばしいものではないのかもしれない。
俺が何と答えるのが正解かと悩んでいると、前方から小走りで、しかも異様にきれいなフォームで近づく影が目に入った。
「あ、翔……もう着いたのね?」
黒いスポーツレギンスと、上半身はブルーのミニタンクトップ姿。
直前までウェイト・トレーニングをしていたのか、上半身全体の筋肉がパンプアップして、いつもの未惟奈のサイズ感と随分と違って見えた。
いや、その……なぜ娘にこんな露出の多いウェアを着せるのか、このおっさんは。
しかしその肉体は”イヤらしい”と形容するにはあまりにも美しすぎて、その姿はまるで美術館の彫像が飛び出してきたと言っても決して大げさではない気がした。
「か、翔、なにジロジロ見てんのよ」
しまった、思わず見惚れて、いや本当に見惚れてガン見しすぎた。
これでは俺もウィリス父のことを言えた義理ではない。
「ああ、悪りぃ……つい見惚れた」
「な、な、なに言ってんのよ、翔!!」
「おいおい、翔くん……君は何をジロジロ見てるんだ?」
あんたに言われたくないが、事実なだけに言い訳ができない。
俺は冷房の効いた建物の中にいながら、炎天下を歩いていた時よりもずっと多くの汗が頭から噴き出してきてしまった。
「み、未惟奈さん!!は、はじめまして!……あの、伊波紗弥子です。今日は突然ですいませんでした」
俺の窮地を救うためではないだろうが、空気を読まずに伊波が会話に割って入ってくれたおかげで、俺はなんとかウィリス親子の視線から逃れることができた。
「ああ、はじめまして……へえ、あなたが天才ムエタイ少女の伊波紗弥子?」
のっけから未惟奈は上から目線だ。
まあ、これは誰に対してもそうなのだが。
「いえ、そんな天才なんて……ぜんぜん」
伊波は心底照れているようで、両手を伸ばして掌を大きく振って否定しつつ、眉を八の字にして耳まで真っ赤になってしまった。
この姿を見ると、あまりに未惟奈の芸能人オーラが凄すぎて、伊波は普通の女子高生にしか見えない。
「じゃあ、二人とも奥の階段を上がると中二階に更衣室があるから、着替えてきて」
未惟奈が当たり前のように言うので、俺はちょっと焦った。
「おい、なんか対戦前提みたいに話を進めていいのかよ?」
「は?何言ってんの?さっきも言ったじゃない。でなきゃここまで来てもらう意味ないじゃない」
「まあ、そうだけど……それに俺は着替える必要はないだろう?」
「バカね、絶対着替えなきゃだめでしょ。翔だっていろんな相手と手合わせする機会を増やした方がいいじゃない。まがりなりにも空手を世界に認めさせるんでしょ?」
「いやいや、それが勝手に春崎さんが言ってるだけで」
「えっと、横入りして申し訳ないんですけど……翔さんも何かやってるんですか?」
伊波が言った”何か”とは、もちろん武道か格闘技かという意味だろう。
未惟奈はすでに俺も巻き込んで、この調子だと伊波と俺を対戦させる気でいる。
別にいいのだが、流石に未惟奈以外の同年代の女性と戦うのは気が引ける。
でもまあ、隠しても仕方ないので俺は正直に答えた。
「ああ、空手を少々」
「少々?」
と怒気をはらんで言ったのは未惟奈だ。
いいではないか、最初は謙遜するのが日本の作法なのだから。
俺はジト目で未惟奈を見ながら視線でそれを伝えると、未惟奈も俺の言いたいことが伝わったのか「チッ」と小さく舌打ちしたのが聞こえた。
本当になんて行儀が悪いのだろう、この娘は。
親の顔が見てみたい。
……と思ったら、その父親がなんだか怖い顔で俺のことを見ているのだが。
「翔君?」
「は、はい……」
「ずいぶん未惟奈とは仲がいいように見えるんだが」
「え?そ、そんなことはないと思いますけど……普通ですよ、普通」
「まさか付き合ってるとかじゃないよな?」
「バッ!!バカなこと言わないでよ!」
これに反応したのは未惟奈だった。
激高したのか、真っ赤になってウィリス父に食って掛かった。
「そうですよ。お言葉ですが、ウィリス未惟奈さんのような大スターが、その翔さんのような、その……」
伊波さん、そこまで言ったなら、最後まで言っちゃおうよ。
「翔さんのような普通の男子と付き合うはずないじゃないですかあ!」と。
まったく、このままここでグダグダしていても先に進みそうにないから、俺は強引にスタスタと中二階にあるという更衣室に向かった。
この雰囲気だと「天才少女決着」という物々しい果し合いではなく、いい技術交流という感じになりそうだ。
そうならば、俺も未惟奈以外の相手に、ここ数か月芹沢から学んだ「大成拳」の成果を試すいい機会かもしれない。
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