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普通に見える鬼
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自意識過剰なのかもしれないが、俺に対して未惟奈は「やきもち」ととれる言動をすることは多い。
だからたとえ不可抗力とはいえ伊波と俺が抱き合って倒れこんだという場面を見れば未惟奈は激怒して罵詈雑言を俺に向けてくることを覚悟した。
しかし未惟奈はそうはせず、微妙な表情で目をそらしてしたのが妙に気になった。
また、伊波は伊波でおそらく”悔しさ”から涙を流して俺との対戦が終わってからスタジオの隅に体育座りして顔を膝に埋めて分かりやすく落ち込んでいた。
二人の女性の微妙な空気に挟まれた俺は居たたまれなく立ち尽くしかなくなってしまった。
ただ未惟奈もどうやら自分のリアクションがいつも通りでないことを俺に悟られくないようで(まあ俺は気付いてるのだが)
「ちょっと化粧室行ってくる」
とスタジオを出て行ってしまった。
「未惟奈、どうしたんですかね?」
ずっと未惟奈の隣で俺と伊波の試合を見ていたウィリス父に聞いてみた。
「え?翔君、分からないの?」
「は?ウィリスさん分かってるんですか?」
「それは分かるさ」
ウィリス父は勝ち誇ったような笑顔を俺に向けてなんとも嬉しそうだ。
「ど、どういうことですか?」
「それは翔君、自分で気づかないと!」
”うぐっ”……俺は思わず喉から変な音が出てしまった。
「フフフ……それより、今は伊波さんのフォローしたほうがいいんじゃないか?」
「ああ、そ、そうですね」
確かに未惟奈の詮索は、未惟奈が戻ってきてから未惟奈に直接聞けばいい。
それくらいは許される関係に俺と未惟奈はあると思う、たぶん。
まずは伊波のフォローをしないと。
俺はスタジオの端ですっかり意気消沈しているように見える伊波のそばまで歩いて行った。
足音で俺が近づいてきたことに気付いたのか伊波は顔を上げた。
「翔さん、何者?」
無理に作った笑顔で伊波は茶化すように口を開いた。
その笑顔が少し歪んで、痛みを隠していることがありありと分かりズキリと胸の奥が痛んだ。
「何者って……いや、俺は普通の……」
「その普通っていうのやめにしませんか?翔さん普通じゃないでしょ?すっかり騙されたわ」
伊波は俺の言葉を途中で制して、少し語気を強めて言った。
俺も別に”普通”であることに拘っているとか、カッコつけてる訳ではもなく純粋にそう思っているだけのことなので「普通」を意固地に主張するつもりはもちろんない。
「ああ、まあ俺の中では普通なんだけど……そうね、空手は物心ついてから真面目に取り組んできた自負はある」
「だから私なんかには簡単に負けはしないと?」
「でも簡単には勝ってないでしょ?現に最後は体落としで俺が倒されたわけだし」
「あれは翔さんが”女性にうぶ”だっただけで、普通あれくらいであそこまで動揺しないから」
「いや、そんなことないって!誰だって、伊波さんにみたいな女性に抱きしめられたら動揺するから」
「抱きしめたなんて言わないで、ただのクリンチでしょ?……それに未惟奈さんという超美人と一緒にいるくせに、あれくらいで動揺するとか、翔さんて色々ちぐはぐすぎるよ」
「ちぐはぐ?」
「そうよ、確かに翔さんが言うように見た目は普通だし、まあ見栄えは悪くはないと思うけど、強そうなオーラとかないし、全然偉そうにしないし……なのに鬼のように強いし」
「いや鬼という印象はないと思うけど?第一、伊波さんの身体を傷つけるような攻撃はしなかったと思うけど」
「それが鬼なんだよ。それができるってことはそれだけ私との力の差を見せつけられてるってことでしょ?それに私たちムエタイの試合を多くやってる人間は拳脚だって肘や膝だって身体を傷つける攻撃なんか別に怖くはないのよ。でも、対戦中に自分のプライドを完膚なきまでにつぶされると思った瞬間、震えが止まらなかった」
俺は全く想像すらしていなかった伊波の言葉を聞いて絶句した。
俺の戦いがそこまで精神的に相手を追い込んでいたなんて思いもしなかった。
「私だって物心ついたころからムエタイに人生をかけてきた。それを普通の男子高校生に簡単に否定されるんだよ?そんなの簡単に受け入れられないよ。まあもう翔さんが普通でないのは分かったからいいんだけど。でもそんな簡単に冷静にはなれないよ」
俺は頭を丸太で殴られたような衝撃を受けた。
確かに伊波程のキャリアを持った選手と対峙するなら手を抜かずに全力で戦ったということは間違いではなかったと思う。
ただ今日の俺のテーマだった「大成拳」を使ってというのはいわば打突で相手を攻撃するよりも「気によって攻撃を捌く」という動作が中心にならざるを得なかった。
だから俺は必死だったけど伊波からしたら「手加減している」という印象を受けてしまったのかもしれない。
「だから私だって高校生の男子に抱きついて、脚を絡めるなんて本当は大丈夫じゃぜんぜんないし、むしろ恥ずかしいし……でもそうも言ってる場合じゃなかった.そんな余裕はなかった」
「そ、そうだったんだ……なんか、ごめん」
「だからそこで謝らないでよ、むしろみじめになるんだから」
伊波は口を歪めて、また目に涙を浮かべ下を向いてしまった。
それに俺は全く返す言葉がない。
「ごめんなさい。翔さんに八つ当たりするのは筋違いなのは分かってるの。だから……翔さんを恨んでるとかじゃな全くないから、今は冷静でいられないけど……後でゆっくり対戦の感想聞かせて」
「ああ……わかった」
俺はその一言を絞り出すのが精いっぱいだった。
そしてきっと伊波は言外に「今は一人にさせて」ということが含まれていたことくらいは鈍い俺でも理解できた。
俺は伊波のそばを静かに離れた。
なんとも後味が悪い。
俺はどんな戦いをすれば正解だったのか?
俺は俺で自分の目的である「大成拳」をムエタイに通用するかをもちろん手を抜かずに試しただけだった。
手加減していたわけでもないからそれを責められるなら誤解だ。
言い訳くさいけど。
まあ、後でその辺は伊波本人から聞いてみよう。
今のところ自分では答えは出そうにない。
……するとタイミングよく未惟奈が、スタジオのドアを開け化粧室から戻ってきた。
さて、今度は未惟奈か。
未惟奈はなんであんな顔をしたんだろう?
また俺の気付かない何かがあるのはウィリス父の言動からも分かる。
いや、なんか伊波といい未惟奈と言い……対戦以上に疲れることが多すぎるんだけど。
だからたとえ不可抗力とはいえ伊波と俺が抱き合って倒れこんだという場面を見れば未惟奈は激怒して罵詈雑言を俺に向けてくることを覚悟した。
しかし未惟奈はそうはせず、微妙な表情で目をそらしてしたのが妙に気になった。
また、伊波は伊波でおそらく”悔しさ”から涙を流して俺との対戦が終わってからスタジオの隅に体育座りして顔を膝に埋めて分かりやすく落ち込んでいた。
二人の女性の微妙な空気に挟まれた俺は居たたまれなく立ち尽くしかなくなってしまった。
ただ未惟奈もどうやら自分のリアクションがいつも通りでないことを俺に悟られくないようで(まあ俺は気付いてるのだが)
「ちょっと化粧室行ってくる」
とスタジオを出て行ってしまった。
「未惟奈、どうしたんですかね?」
ずっと未惟奈の隣で俺と伊波の試合を見ていたウィリス父に聞いてみた。
「え?翔君、分からないの?」
「は?ウィリスさん分かってるんですか?」
「それは分かるさ」
ウィリス父は勝ち誇ったような笑顔を俺に向けてなんとも嬉しそうだ。
「ど、どういうことですか?」
「それは翔君、自分で気づかないと!」
”うぐっ”……俺は思わず喉から変な音が出てしまった。
「フフフ……それより、今は伊波さんのフォローしたほうがいいんじゃないか?」
「ああ、そ、そうですね」
確かに未惟奈の詮索は、未惟奈が戻ってきてから未惟奈に直接聞けばいい。
それくらいは許される関係に俺と未惟奈はあると思う、たぶん。
まずは伊波のフォローをしないと。
俺はスタジオの端ですっかり意気消沈しているように見える伊波のそばまで歩いて行った。
足音で俺が近づいてきたことに気付いたのか伊波は顔を上げた。
「翔さん、何者?」
無理に作った笑顔で伊波は茶化すように口を開いた。
その笑顔が少し歪んで、痛みを隠していることがありありと分かりズキリと胸の奥が痛んだ。
「何者って……いや、俺は普通の……」
「その普通っていうのやめにしませんか?翔さん普通じゃないでしょ?すっかり騙されたわ」
伊波は俺の言葉を途中で制して、少し語気を強めて言った。
俺も別に”普通”であることに拘っているとか、カッコつけてる訳ではもなく純粋にそう思っているだけのことなので「普通」を意固地に主張するつもりはもちろんない。
「ああ、まあ俺の中では普通なんだけど……そうね、空手は物心ついてから真面目に取り組んできた自負はある」
「だから私なんかには簡単に負けはしないと?」
「でも簡単には勝ってないでしょ?現に最後は体落としで俺が倒されたわけだし」
「あれは翔さんが”女性にうぶ”だっただけで、普通あれくらいであそこまで動揺しないから」
「いや、そんなことないって!誰だって、伊波さんにみたいな女性に抱きしめられたら動揺するから」
「抱きしめたなんて言わないで、ただのクリンチでしょ?……それに未惟奈さんという超美人と一緒にいるくせに、あれくらいで動揺するとか、翔さんて色々ちぐはぐすぎるよ」
「ちぐはぐ?」
「そうよ、確かに翔さんが言うように見た目は普通だし、まあ見栄えは悪くはないと思うけど、強そうなオーラとかないし、全然偉そうにしないし……なのに鬼のように強いし」
「いや鬼という印象はないと思うけど?第一、伊波さんの身体を傷つけるような攻撃はしなかったと思うけど」
「それが鬼なんだよ。それができるってことはそれだけ私との力の差を見せつけられてるってことでしょ?それに私たちムエタイの試合を多くやってる人間は拳脚だって肘や膝だって身体を傷つける攻撃なんか別に怖くはないのよ。でも、対戦中に自分のプライドを完膚なきまでにつぶされると思った瞬間、震えが止まらなかった」
俺は全く想像すらしていなかった伊波の言葉を聞いて絶句した。
俺の戦いがそこまで精神的に相手を追い込んでいたなんて思いもしなかった。
「私だって物心ついたころからムエタイに人生をかけてきた。それを普通の男子高校生に簡単に否定されるんだよ?そんなの簡単に受け入れられないよ。まあもう翔さんが普通でないのは分かったからいいんだけど。でもそんな簡単に冷静にはなれないよ」
俺は頭を丸太で殴られたような衝撃を受けた。
確かに伊波程のキャリアを持った選手と対峙するなら手を抜かずに全力で戦ったということは間違いではなかったと思う。
ただ今日の俺のテーマだった「大成拳」を使ってというのはいわば打突で相手を攻撃するよりも「気によって攻撃を捌く」という動作が中心にならざるを得なかった。
だから俺は必死だったけど伊波からしたら「手加減している」という印象を受けてしまったのかもしれない。
「だから私だって高校生の男子に抱きついて、脚を絡めるなんて本当は大丈夫じゃぜんぜんないし、むしろ恥ずかしいし……でもそうも言ってる場合じゃなかった.そんな余裕はなかった」
「そ、そうだったんだ……なんか、ごめん」
「だからそこで謝らないでよ、むしろみじめになるんだから」
伊波は口を歪めて、また目に涙を浮かべ下を向いてしまった。
それに俺は全く返す言葉がない。
「ごめんなさい。翔さんに八つ当たりするのは筋違いなのは分かってるの。だから……翔さんを恨んでるとかじゃな全くないから、今は冷静でいられないけど……後でゆっくり対戦の感想聞かせて」
「ああ……わかった」
俺はその一言を絞り出すのが精いっぱいだった。
そしてきっと伊波は言外に「今は一人にさせて」ということが含まれていたことくらいは鈍い俺でも理解できた。
俺は伊波のそばを静かに離れた。
なんとも後味が悪い。
俺はどんな戦いをすれば正解だったのか?
俺は俺で自分の目的である「大成拳」をムエタイに通用するかをもちろん手を抜かずに試しただけだった。
手加減していたわけでもないからそれを責められるなら誤解だ。
言い訳くさいけど。
まあ、後でその辺は伊波本人から聞いてみよう。
今のところ自分では答えは出そうにない。
……するとタイミングよく未惟奈が、スタジオのドアを開け化粧室から戻ってきた。
さて、今度は未惟奈か。
未惟奈はなんであんな顔をしたんだろう?
また俺の気付かない何かがあるのはウィリス父の言動からも分かる。
いや、なんか伊波といい未惟奈と言い……対戦以上に疲れることが多すぎるんだけど。
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