檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺

文字の大きさ
上 下
44 / 78

でもやっぱり……

しおりを挟む
「檸檬?明日少し時間ある?」

 夕方、アルバイトがそろそろ終わりそうなタイミングで突然維澄さんからそう尋ねられた。


「え?まあ学校は冬休みなんで暇ですけど……」

「じゃあ、明日一緒にお昼でも食べにいかない?」

 は?

 なんだ?

 どうしたんだ?維澄さん?

 いや、つい先日はたまたまファミレスで一緒に昼食を食べたのでぜんぜんあってもいい話なんだけど……

 過去に私が強引に維澄さんを連れ出すことはあっても、維澄さんからプライベートで私を誘ってきたのは今日が初めてだ。

 ずいぶんと維澄さんとは仲良くなってきてはいるが、さすがにこれには驚いた。

「ど、どうしたんですか?維澄さんから誘ってくれるなんて!?」

「べ、別にそんな驚かないでよ……普通のことでしょ?」

「まあ、普通の人には”普通のこと”ですけど、維澄さんの場合には”普通”ではないでしょ?」

「どうせ私は檸檬みたいに普通じゃないけど」

 あ、またむくれてしまった。

 これは軽い”地雷”を踏んでしまったかも。

 維澄さんはずっと世間には背を向けて生きてきたのを自分でも自覚してる。

 だからこそ、そのことにコンプレックスも感じているのだろう。

 ひょっとして維澄さんなりに、そんな自分を変えようと勇気を出して私を誘ってくれたのかもしれない。

 だったら……

「でも嬉しいです!!大好きな維澄さんからの誘い。例えどんな予定があっても全部キャンセルして維澄さんと会うことを優先します!」

 ちょっとオーバーアクションが過ぎたが、でも案外これが私のリアルな本音かもしれない。

 私にとって維澄さんといること以上にプライオリティーが高いことなんてある訳がないのだから。

「そ、そんな急にワザとらしいわよ」

 例よって不貞腐れてしまっているが、それでも嬉しそうにしてる。

 こういう維澄さんが最近は可愛くて仕方がない。

 最初、維澄さんに感じていた”ただただ美しい”という魅力よりもこんな”可愛らしさ”の方が、今の私にとってはよっぽど魅力を感じる要素になってしまっている。

 ほんと可愛くて可愛くて……またいつものように気持ち悪くニヤけてしまう。



 …… …… ……


 次の日、近場のショッピングモールで維澄さんと待ち合わせをした。毎日アルバイトで会っているのに、いざプライベートで会うとなるとやっぱり緊張する。

 世間ではクリスマスだからショッピングモールの飾り付けも、クリスマス一色でとても煌びやかだ。そういったことに縁遠かった私にはまぶしすぎる光景だった。

 そうか、今日はクリスマスか。

 ん?クリスマス?え?もしかして?

 いやいや、それはないか。

 一瞬維澄さんがクリスマスを意識して私を誘ったのかと思ったりもしたが……

 まあ、それはないな。

 というか私も今の今までクリスマス忘れてるって、どれだけ寂しい高校生活なのよ?

 そんな想像をして苦い笑いをしているとちょうど維澄さんが待ち合わせ場所にやってきた。

「どうしたの?檸檬?なんかニヤニヤしてたけど?」

「いや、クリスマスなのに寂しい高校生活だなって苦笑してたところです」

「どうして寂しいのよ?」

「だって、今の今まで世間がクリスマスって忘れてましたからね。でも維澄さんもそうでしょ?」

 ん?

 なんかまたむくれてるぞ?この人。

「ま、まさかそれと知ってて私を誘ってくれたなんてことは維澄さんに限ってないですよね?」

「わ、悪かったわね……」

「そ、そうなんですか?!」

 私は周りの人が振り返る程の大声を出してしまった。

 うそだ!そんな……

 え?マジなの?


 な、なんという衝撃!


「ほら……いろいろ檸檬には助けてもらっるから何かお礼が出来ればと思って」

「助ける?……ああ、店の暴漢こらしめたり、ストーカー騒ぎも随分頑張ったもんね、私」

「そうね。それもあるけど……」

「あるけど?」

「なんていうか……その」

 なんか言いずらそうだな……他になんかあったけな?

「檸檬のお陰で前向きに生きいけるようになれたから」

 え?

 私は一瞬固まってしまった。

 ああ、そうか。


 ……ちゃんと伝わってるんだ。

 それを聞いて私は胸が熱くなった。

 私は維澄さんが好き過ぎて、最初はただただ暑苦しく近寄るだけだった。

 でも今は維澄さんの過去のトラウマをちゃんと解消して維澄さんに心から幸せと感じる日々を過ごしてほしいと願っていた。そのために上條さんとの関係も私が何とかしてあげられればとまで思っていた。

 でもこれは私の一方的な想いとずっと思ってたけど、維澄さんにしっかり伝わっていてそれを維澄さんが嬉しく思っていてくれたことが何より嬉しかった。


 はは、もうわたし……幸せすぎるな。

「え?檸檬?どうしたの?泣いてるの?」

「そうだよ!そんな維澄さんが急に嬉しいこと言うから」

 そこまで言うと、我慢してた涙がとうとう堰を切って流れ出してしまった。

「もう、どうしたのよ檸檬?大げさだよ?」

「大げさでないのよ。私にとっては」

 維澄さんは最初こそオロオロしていたが、そっと近くあったベンチまでエスコートしてくれて泣きじゃくる私の背中をなでてくれた。

 こんな幸せをかみしめてしまうと、先日辿りついた「このままでいい」という想い、つまり例え恋人でなくても十分だと言う想いを改め思い出してしまう。

 でも、同時に……

 益々維澄さんが愛おしくなって「でもやっぱり好きっていってもらいたい」という強い強い気持ちがまた頭をもたげてくる。

 もし隣にいる維澄さんが私の恋人だったら……

 そんなことをどうしても期待してしまう。

 欲張りなのは分る。

 でも、やっぱり……。



 やっぱり……


 私の涙の質が、さっきとは少し変わって……

 好きなのに、恋人を諦めなければいけない寂しさの涙がまた溢れ出てしまっていた。
しおりを挟む

処理中です...