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ゲヘナ編
三十一章
しおりを挟むクラブにいたガードが声をかける前に槐と玄二はノしていた。
そのまま中に押し入っていくと、よくわからないが華やかな空気とムーディーな音楽、店の雰囲気でかなり高級な店だってことだけはわかる。
そうやって探索していくと、とうとう見つけた。
室内の中央。円形の席に、奏千麻はいた。
両脇を男で挟まれて顔は青ざめていた。
そしてもう一人、意外な人物がいた。
「か、槐くん!? なんで、こんなとこに……」
栞里は立ち上がり、オレたちに目を見開いていた。
「説明して貰おう。行方不明になったって言ってる奏千麻を、なんで『ゲヘナ』の関係者であるお前と一緒にいるのか」
「それ、は、そう! 怯えてたのを見かけたんです! きっとどこかから逃げてきて――」
「違う! 私はこの人たちに無理矢理連れられたの! 『クライシス』は何にも関係ない!」
千麻がそう叫ぶと、栞里は整った顔を醜く歪めていた。焦って本性が露わになっているようだ。それがバレていないと思っているのか冷汗を流しながら取り繕い、オレたちに向き直る。
それでもだめだと思ったのか、槐に寄りかかり自分の胸を押し当てようと体当たりをしていた。
「ほらぁ、彼女、混乱してるんです。だから信じないで、私を信じて下さい、ね、おねが――」
バン
槐は彼女の首を掴むと、蚊でも叩くかのように床に突き飛ばした。
額を床に打ちつけたのかガンと重い音がする。余程痛かったのだろう。栞里はその場に蹲ったままうーうーと呻いている。
「あ、あ゛ぅぅ……」
「立てよ。アジト、いくぞ。奴らから話聞かねえといかねえ」
「うん……ありがとう」
まるで足元にいる女が見えていないように、槐は真っすぐに千麻に向かった。
栞里が集めたであろう両脇の男は、最早委縮しきっており二人を邪魔することはなかった。千麻は緊張が解けたかのように微笑んで、槐の手を取った。
ふわりと手を引いて自分の胸に千麻を閉じ込めると、アジトを出ようとしていた。
「玄二、皆に――」
「もうした。安心してくれ。槐、アジトに行く前にオレら『クライシス』も合流する。全員で乗り込むぞ。巻き込まれてる以上、そうする権利はあるだろ?」
オレの玄二が優秀過ぎる。
リーダーに千麻を軟禁している現場を見られたら、もう佐々木は言い逃れ出来ないだろう。しかもその場には自分のオンナがいたんだ。
あいつがこの事件の犯人であることは誰の目にも明らかだろう。
「待ってよぉ」
振り返ると、上体を起こした栞里がオレらを呼び止めた。
頭の生え際からたらりと血を流して、ヒクついた笑顔で玄二の足元に縋った。
「正直に言ってよ……全部、『クライシス』のせいなんでしょ? ねえ、玄二くぅん。こんなチームにいるのは、なにか理由があるんでしょ? ねえ、『ゲヘナ』に来てよォ……なんでもあげるわ……絶対に幸せにしてあげる……男だけじゃ出来ないことだって、してあげるから、ふふふ」
わざとらしく胸を寄せ尻を突き出した四つん這いのポーズを取り、玄二ににじり寄る。
まるで巨大なナメクジが近づいているようで、不愉快で仕方ない。玄二といえば、栞里の発言の意味すら分からないのか真顔でその場にとどまっている。
「玄二、こっち、来い」
オレは玄二の腕を引くと、少し驚いて目を見開いている彼の頬を撫でた。次第に顔が穏やかになっていって、玄二はトロンと心地よさそうに目を伏せてオレの手を受け入れてくれる。
まるでオレと二人っきりになっているような空気が周りに漂う。
その甘い空気はクラブ中に届いているはずだ。
勿論、足元にいるこの女にも。
両手で頬を包み込み、背伸びをすると玄二の唇をここで奪った。
「ん……!」
啄むように触れ合って、舌先で唇をなぞる。そうすれば玄二は自分から口を開いてオレを迎え入れる。
下品な食事のような、ちゅく、ちゅくと湿った音が周りに響く。
玄二の好きな上顎を舐めてやれば、堪らなくなったのかオレの背中に腕を伸ばす。傍から見れば玄二がオレに抱き着いているように見えるだろう。
「んふ、ぅ」
唇が重なった隙間から甘い声が漏れる。
この声がとても好きだ。
オレだけが出させることの出来る、その声が。
名残惜しそうに唇を離すと、玄二は金色の目を潤ませてせがんでくる。
そんな彼の頭を撫でて、オレは足元を見た。
土気色の肌をした女があんぐりと口を開いていた。男なら誰でも求めるはずだった自分が必要のないものだと言われたことが、そんな現実が受け入れられないのだろう。
オレは何も言わず、玄二を抱き寄せながら彼女を睨んだ。
――オレのだ。
言葉にしなくてもオレのその視線で、オレの想いは伝わっただろう。
呆れた顔をした槐と顔を真っ赤にして手を口に添える千麻の元に、玄二と二人で向かった。
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