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ゲヘナ編
三十章
しおりを挟む地獄というのはこの場所の事だ。
今、ここで生きているこの世界。
だから皆オレを責める。
殴って、蹴って、罵って、盗んで、蔑む。
家族、友人、教師。
世間が味方だと言っている人間が。
いつしか何も感じなくなった。
そうなっていくと、次第に他人はオレに対する興味を失った。
ずっと反応のない人形を殴っても面白味がないのだろう。
もう、オレが側にいても何もしなくなった。
そんな時だ。
あいつに会ったのは。
あいつはいつも人に囲まれ、イイ子イイ子と愛されていた子だ。
人から避けられていたオレは自然と彼女を避けていた。彼女の側にいないようにした。
その日も一人になる為にぶらぶらと歩いていた。
そのうちに、いい廃墟を見つけた。
廃墟は好きだ。明確に一人になれる。
今日も親が寝付くまでそこで過ごそうかと思った。
だがそこに、あいつがいた。
大勢に囲まれた、天国の隙間からこちらを覗いていた天使のような、そんなあいつが。
オレに気づくと、あいつはオレを見て立ち上がった。
そしてまるで、罪でも犯しているかのように自分のスカートを掴んで、視線をあちこちにやっていた。
そんな様子にここに居づらくなって振り返った時、あいつはオレに「待って」といった。
『お、お菓子、あるから、一緒にいて?』
そしてあいつは、テレビの中でしか見たことがない菓子の袋を渡していた。
食っている中、あいつは何も言わなかったし、オレについて何かを聞く事もなかった。
だけど、キチンと味がする静かな食事は、生まれて初めてだった。
それが心地よいというものだと初めて知った。
そんな日々が少し続いた時だろうか。
両親が警察に捕まった。
脅迫とかなんとかだったと思う。
その後市の西側にいる親戚の元に預けられた。
そいつらは初めから暴力も振るわないが、特に何をする事もない人間だった。
あいつと同じように静かな生活だった。
それでも、あの時感じた安らぎは感じなかった。
何かを探すかのように、急かされるようにオレは夜を歩いていた。
昔の様に暴力を振るわれることもあったが、そのパターン化された動きを読んで打ち据えると相手は動かなくなっていくか、退散していった。
自分に暴力の才能があると知ったのは、その時だ。
いつしかオレは周りの目を引くほどの力を手に入れた。
勝手に見捨てたオレに、勝手にオレに寄って来た。
金も、女も。
それでも、あの時感じた安らぎは感じなかった。
ふと、しつこく誘われて足を運んだクラブのVIP席。その隣の席の声が聞こえてきた。
『今回の件、千麻との結婚だけで許してくれるんですね?』
千麻。それはあいつの名前だった。
席を区切るカーテンを覗き、中の様子を見ると中年の男が恰幅の良さそうな男に頭を下げていた。
話の内容をかいつまむと、こうだ。
東京にいる長男が未成年飲酒をしてしまった。その情報を掴んだ男は黙ってもらうためにニ千万用意するか、長男の父に千麻との結婚を求めたのだ。
そして父親は千麻を差し出した。
『自然な転校に見せかけるために、今年の夏休みにあいつを東京に引っ越しさせます。そして十六歳になったら、どうぞお譲りします』
その発言で気付いた。
この男にとってどれほど千麻という人間が価値のないものなのか。
それなら、オレに寄越せ。
オレはその場に乗り込んでそう言った。
怯えながらも信じていないのか、やって見ろと二人は言った。
まずは組織を作ることを考えた。
目立ったチームをその夜のうちに片っ端から潰して、オレの名前を知らしめて兵隊を集めた。そして、以前からオレに纏わりついてた連中から佐々木という男について聞いた。
なんでもかつてこの街を仕切っていたヤクザのヨメの愛人だったそうで、彼女が隠していた組の財産をそのままかすめ取り、それで売春の手引きなど様々な悪事を働いているらしい。
とにかく顔が広く、大きな組織を作る為なら必要な存在だ。とくに金を作るならなおのこと。
オレは佐々木に自分のチームに入るように言った。
そうして基盤がしっかりし始めてから、あいつを訪ねた。
奏千麻。
自分が親に売られたことすら知らずに日々を過ごす、愚かで、オレに唯一の安らぎを与えた女。
オレの事すら忘れて、間抜けな顔をして過ごしていたあいつを見た時は、怒りよりも笑えた。
不快に思うべきなのに、それでも心が凪いで柔らかなものに包まれているかのような気分になる。
せめてもの罰とあちこちに連れ回し、困った顔をみて更に笑った。
この地獄――ゲヘナ――である世界にたった一つ、オレの為に与えられた糧。癒しを与える光。
決して、誰にも渡しはしない。
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