傷の舐め合い? どうぞお好きなように

毒島醜女

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初夜を終えて ※ヒースクリフside


「幸せだ……」

やっとこの手にナディアを抱くことが出来た。
涙が溢れてしまいそうなほど幸福で、溢れ出る愛おしさに胸が詰まりそうだ。

指先を柔らかな頬から幾度も重ねた小さく潤った唇へと滑らせる。
ナディアは規則正しい寝息を漏らして、長い睫毛を揺らす。
俺の腕だけで閉じ込められてしまうほど小柄な体の下肢の部分には、俺とナディアが結ばれた証がそこにある。それを確認すると、身震いしそうなほど嬉しくてたまらない。
ナディアは本当に美しい女性だ。
波打つカーブの、秋に実った小麦のような落ち着いた色合いの金色の巻き毛。それを、結い上げても不格好になってしまうからと毛先に肩が付くほどの長さに切っている。彼女は自分の癖っ毛にコンプレックスを持っているが、俺から見れば愛らしく感じるし、撫でた時の指に絡みつく感覚がとても好きだ。これもしっかりと言葉にして伝えよう。きっとまた「からかうな」なんて顔を背けるんだろう。全く可愛いひとだ。

――あの愚者共のせいで、自分が劣っていると思い込まされてきたんだな。可哀そうに。

ナディアの姉のバルバラ、妹のメロディアナは彼女とは似ていない。
どちらもショッキングな金糸雀色の直毛で、背も女性にしては高く、存在感がある。
だが中身はまるで獣だ。
姉はガアガアと吠えて相手を威圧する野犬。妹はキャンキャンと媚びて毛玉を撒き散らす躾のなってない愛玩犬。
つまるところ面の皮が熱く、声がデカければ偉いと思う知性のない奴だ。彼女らを盾にその獣の威を借りて居丈高に振る舞いたい馬鹿くらいしか近づかないだろう。

……あの女も同じ獣だ。
マルチーナ・マーヴェリック。
俺からナディアを奪い、俺だけでなくビルマートン家さえ我が物にしようとした卑しい獣。
あの女に関わる一つでも思い出すだけで吐き気すら覚える。

『女性のシャクイケーショーの許可って、国王様に姫様しかお生まれにならなかったから出来た法律でしょ? 結局男頼りじゃない。全くこの国の女性は遅れているわ! 私が何とかしないと!』

お茶会でアイツのその声を聴いた時から、マルチーナがどういう人間か理解した。
婦人会のリーダーとして貴婦人たちを守り、女性に対する様々な権利と法改正を行い、女性への爵位継承が認められるよう努めてくれた我が母。
確かに王の元にお生まれになったのが三姉妹ということも関係はしているが、それは母が積み重ねた功績と信頼が勝ち取ったものだ。そんな母の恩恵を受けている存在のくせに、さも自分が『全ての女性の代表として祀り上げられるべき存在』として振る舞うあの女を嫌悪していた。
その日はやつの紅茶の中に毛虫を入れてやって許してやった。
今思えば我が家直伝の毒を入れてやればよかったと後悔している。
……まあだとしてもあの獣は同じような女を嗾けるのだろうがな。

ナディアには流石に真実をそのまま伝えるのは酷だった。
言える筈もなかった。先にあの女を唆したのが実の姉のバルバラだったなんて。

幼少期に俺とナディアとの結婚が予定されていると知ったバルバラは、侯爵より爵位が上であり一番権力を持っていたマーヴェリック公爵家のシューティとの結婚を取り付けた。バルバラの長女という立場と、マーヴェリック家の舵を握りたかった国王陛下はそれに同意した。
成長すればするほどにビルマートン侯爵家の、爵位では追いつかぬ外交への多大なる力を知っていったバルバラは苛立った。
幼いながらもそんなビルマートン家の長男である神童――自分でこう言うのは恥ずかしいが、謙遜しても嫌味になるだろう?――を婿にと宛がわれた妹、ナディアへ更に悪感情を向けていった。

『どうしてあんな冴えないチビが認められるのよ!? 私なんてお父様にお願いしなきゃ公爵家と結婚できなかったのに! ずるいずるいずるい……!』

そう思ったであろうバルバラは、婚約者の妹を使う事にした。
言葉巧みにビルマートン家の話をしたり、俺とナディアの婚約が無理矢理取り決められたものだと嘘をつき、ナディアと比べて如何にマルチーナがその長男に相応しいかと吹き込んだ。そのうちにマルチーナは会った事もない俺が、自分を求めて愛してくれていると誤解するようになった。
いきなり嫌悪していた女に妄想甚だしい恋文を貰った時は気を失うかと思った。
それだけではない。バルバラはマルチーナがビルマートン家に相応しい女と思われるようにと様々な事業を行う場所の株式や権利を買わせた。時には独占禁止法に引っかからないよう自分の名義をマルチーナに貸して。
王女の暗躍さえなければ、母が入院している病院の権利など買わせなかった。
こうして母を人質に取られ、俺はあの女と婚約することになった。

『受け入れる事はないぞヒースクリフ』
『だが、あの女の裏を暴くには側にいた方がいいでしょう。マーヴェリック家の真実に迫るいい機会だ』
『……しかし』
『俺には影がいる。だからご安心を。ヒースクリフはすぐに戻りますよ』

心配そうに俺を見る父、そして今にも怒りを堪えるのに必死な弟、ヘリオスを見てそう答えた。

俺に似るよう教育した影たちを、マルチーナは疑わなかった。
彼女は望む言葉を聞かせてやれば何でも話してくれた。こっちが聞いてもないマーヴェリック家の秘密の事業のこともペラペラと。
そして彼女と懇意な仲であるバルバラ、そしてその愛玩犬であるメロディアナにも近づくことが出来た。
とはいえ間接的にである。影に間諜を頼み、二人の動向を伺った。
その日の茶会で姉妹らはナディアの話をしていた。
ひとしきり婚約者になるはずだった男を奪われたナディアを嘲笑ったあと、バルバラはこういったそうだ。

『あ! そうだ。ちょうど隣国の王太子が未婚だったわよね。お父様、あっちの国とは交流したがってたし、あの地味女の貰い先にはちょうどいいんじゃない? かなり女癖悪いみたいだけど』
『アハハ! すぐに捨てられちゃうかも~、かわいそ~! でもでも、あの人が王子様と結婚ってことはぁ、メロディもどこかの王子様と結婚できるよね?』
『ええ、勿論よ、可愛い妹のメロディ。次期女王の私があなたにぴったりの王子様を見つけてあげるわ』
『やったぁ~。バルバラお姉様だぁいすき! あの人早く隣国にいってくれないかな~』

二人の会話内容を聞いた時、手に握ったグラスを割ってしまった。
憎悪からしばらく震えが止まらなかった。

そして俺は決めた。
バルバラ。メロディアナ。そしてマルチーナを地獄に落とすと。

まず影にマルチーナに向かって、事業を提案させた。『君との将来の為』と甘い言葉も付け加えて。
それは架空運用であり、仲間もねずみ講式に増やさせた。
巻き込む人間はマルチーナの関係者だ。家族、友人、そしてバルバラとメロディアナ。
夫と義妹の為にバルバラはその仲間を増やし、メロディアナも今後の結婚活動のために自身のサロンで投資話を持ち出した。
罪のない人間を巻き込むことは考慮していた。でもあんな女共の信じる方が悪いだろう? 大体があの女共の太鼓持ちであり、奴らに便乗して公衆の面前でも王女であるナディアを侮辱することも厭わなかった愚者だ。
マーヴェリック公爵も、影の方で繋がっている人間にこの話を持ち出した。そのおかげで後から自身の隠し通してきた闇が露わになるとは思ってはいなかっただろう。
強引ではあるがむしろ国の膿を出すのにちょうどよかったとも言えるな。父上も良く褒めて下さった。若干顔は青かったけれどな。
ひとしきり膿が集まったところで、金回りを滞らせ危機感を与えた。
影に「国を出て落ち着いて考えよう」とあの女に提案させ、彼女との待ち合わせ場所に騎士を差し向けた。あの女が犯してきた犯罪の証拠と共に。
あの女は全ては俺が指示したこと、といった。百年の愛よりも自分の保身を選んだようだ。
だが彼女の側にずっといたのは、俺ではなく影だ。指紋が違うし、公式の場で会う時以外は俺本人は海外に出ていた。外国の主要人物が証人となり、俺は『大罪人の婚約者に罪を着せられそうになった悲劇の侯爵令息』となった。
余罪としてマーヴェリック家は隅々まで叩かれ、一族がして来た詐欺や恐喝も暴かれた。
そしてその最期は、言うまでもなかろう。

だが、皆が知らないこともある。
マルチーナは死んでいない。焼身自殺として燃やしたのはビルマートン家が用意した奴と歳が近い女性の死体だ。確かマルチーナの投資に加担して爵位を失い落ちぶれ、身売りが決まったことを嘆いて自殺した元令嬢だったか。
拉致したマルチーナはある同盟国のある暗黒街で踊り子をしている。
そこで行われるのは性的な行為だけではない。体を傷つけたり、恥辱を与えたり、動物や虫を嗾けたりと、様々な客の性癖に対応した『踊り』を見せる秘密のクラブでな。
このクラブは俺たち一族の取引の場にも使われる場所であり、スタッフも信用できる人間だ。逃がしたりうっかり死なせるようなことはしないだろう。

バルバラとメロディアナだって、しっかりと面倒を見ているさ。
性根は腐っているとはいえナディアの姉妹なのだから。

サンタ・ライザ修道院でバルバラを管理しているのはビルマートン家の女性工作員だ。尼僧というのは何処にいても疑われないし、いいものだな。
彼女らには今バルバラの腹にいる子供を取り上げ、健やかに育てるように命じている。子供が加害されたら傷つくのはナディアだからな。
子供は悪影響を受けることなく、修道院の中で正常に生きる事が出来るだろう。
離れた場所で薬を飲まされ、日夜幻覚と離脱症状に苦しみ、安らぐ時など永遠に得られない女のことなど知らずに。
あっさりとは死なせない。奴の世話を任せている工作員は皆薬物の扱いに長けている。
取り敢えず、お前が潰そうとしたナディアと俺の婚約が結ばれた時、もう十年か? だから十年は地獄で生きて苦しんでもらう。

オドゥン帝国の皇太子殿下は審美眼のあるお人だ。
様々な芸術のみならず、件の秘密のクラブにもよく足を運んでくださったそうだ。そのクラブでメロディアナに付いて話し、我が国の劇に案内して舞台の上の彼女を見せた。あれよあれよという間に殿下はメロディアナに惹かれていった。そして彼女を手に入れるために、格好の機会を待っていて下さった。
バルバラと共に騙され権威も評判も地の底に落ちて絶望の淵にいるメロディアナに、皇太子殿下は手を差し伸べ、自分のハーレムに招いたのだ。まさに運命の出会いだろう?
これまでにもハーレムに入れた女性を「可愛がりすぎ」により病院送りにして来られた殿下のために、遊びに長けている教育係も一緒に送ったのだがな。まあこれで病院送りもなくなるだろう。

なんにせよ大事なことが一つ。
あの女たちは皆、もう二度とナディアの目の前に現れない。
まさに僥倖だ。

俺はそっとベッドを出て、窓に近づく。
カーテンを開け、都を眺める。
黒色から群青色へと変わりつつある世界に、うっすらと家屋のシルエットが浮かぶ。そこには幾人もの人の営みがあるのだろう。

もう、あの優しく穏やかなナディアを脅かすことのない優しい世界だ。

「綺麗だな……」

俺はポツリとそう呟いた。
膿を落としきった、俺とナディアの国。
俺はお前たちに慈愛を与え、守ってやろう。
ナディアを敬う限り、な。
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