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五話 共に歩む幸せ
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馬車に揺られて半日ほどで、僕とクレイは領地に着いた。
広がる農地。その草と土の匂いがして、どこか安心する。
「若様! よくぞいらっしゃいました!」
「久しぶり。村長」
村長が村民を代表して挨拶にやってきて、帽子を脱いで頭を下げる。
「例の肥料の調子はどうだい? 役に立ってる?」
「はい! おかげさまで大きく実って、とても瑞々しい作物が成りました」
「そうか、それはよかった……」
「ああ、この前のご客人も、よくぞ再びいらっしゃいまして」
いつの間にか僕の隣にいたクレイにも、彼は礼をする。
クレイは優美に微笑みながら、僕の肩を抱く。
「改めて挨拶をさせてくれ、村長。俺はクレイ・アレクシアン。オリバー様の伴侶となる男だ」
「おお! オリバー様の!?」
「先週こちらに馳せ参じたのも、彼の両親であるスミス夫妻に結婚の許可を頂きに来たのだ。これから、よろしく頼む」
「ええ、滅相もない。いやぁ、そうだったんですね……あなた様のようなお方が、若様と結ばれるのであれば私共は大歓迎です。なんてったって、前の若様の婚約者は……ああ、この話はよしましょう」
どうやらアンジェラの悪評は領地にも広まっていたようだ。
僕らは、まずは父上たちに挨拶をしてから村を回ると告げて、一旦村長と別れた。
領主の屋敷に着くと、杖をついた父と、彼を支える母が出迎えてくれた。
二人の為に持って来た百合の花束を贈り、オリバーは挨拶をした。
「父上、母上、お久しぶりです」
「よく来たな、オリバー。そしてクレイ」
「さ、早く中に入って。あなたが交配した新種の野菜で作った料理もあるから、是非食べていってちょうだい」
そうして広間に通された。
そのテーブルには、味を品評するためにシンプルに焼かれただけの野菜のソテー、その奥に母が作ってくれた料理が並んでいた。
飾り包丁でアクセサリーのように彩られたパイ、具だくさんのコンソメスープ、チーズが添えられたサラダ。
懐かしい匂いに、食欲が湧く。
「せっかく婚約者になったんだもの。クレイ、あなたはオリバーの隣に座って」
「ありがとうございます。お義母様」
母にニコっと微笑んだクレイは、音も無く椅子を引いて僕をエスコートすると、その隣の椅子に腰掛けた。
上座に座る父は、すっと立ち上がった。
その顔は暗く、視線は下を向いていた。
「まずは、お前に謝らせてくれ。オリバー」
「謝る? 一体、なんのことですか、父上」
「アンジェラ嬢ととの婚約、いいや、お前にずっと無理をさせたことだ」
そうして父は深く頭を下げた。
「あの時の私はお前自身ではなく、Ωとしてしか見ていなかった。上位の貴族や王族のαに嫁ぐことが、Ωの幸せだと、それがお前自身の幸せになると信じて疑っていなかった。そうやって無理な交流をさせたせいでお前に負担をかけた。経済的にも、精神的にも。サーレィ家に利用されたのも、そのせいだ。全ては、この私の責任だ……本当にすまなかった」
痛々しいほどの謝罪をする父の姿に、僕の胸は痛んだ。
その場で僕は立ち上がり、父を止めた。
「やめて下さい、父上……謝るのは僕の方です。父上や母上が期待してくれていたのに、Ωらしく振る舞うことが出来なかった。僕が愛されなかったのは誰のせいでもない、僕自身の責任です」
自分で言っていて、苦しくなる。
懸命に努力はした。
必死に勉強だってしたし、神経を使って気を配り続けた。
それでも結局、誰からも選ばれはしなかった。
そこにいないものとして扱われる度に、心臓に針を刺されるかのように僕の胸は痛んだ。
でもそれは僕のせいだ。
華の無い容姿のΩなりに、もっと努力すべきだったんだ。
いつの間にか、ぐっと力を込めて拳を握っていた。
いつしか震えだして、緊張で冷えたその手が、急に温められた。
「……クレイ」
クレイが、僕の手を握ってくれたのだ。
「話に割って入って、申し訳ありません。ですが、これだけは言わせてください」
彼は僕の手を撫でながら、その翡翠色の視線を向ける。
かじかんでいた手に温もりが伝わって、震えが止まった。
「スミス家は確かに、間違いを犯し、回り道を通ってしまったのでしょう。でも、そのせいで出来てしまった傷は、このクレイが必ず癒します。誰もオリバー様を愛さなかったというのであれば、過去のことを忘れるだけの愛で、彼を満たします」
僕を見た後に、誓うように両親を見つめるクレイ。
父上は顔を上げ、母は目を潤ませて口を覆っていた。
「ありがとう、クレイ……その言葉で安心したよ。オリバー」
「……はい」
「クレイは、私たちが想像した以上のα、いいや、男だ。彼と幸せになりなさい」
僕は言葉を紡ぐことが出来ず、ただ一回、頷くことしか出来なかった。
久しぶりに食べる母の手料理を噛み締め、家族の団欒の時間を過ごした。
食事が終わり、僕は自分の手を見つめた。
まだ、クレイの温もりが残っている。
選ばれなかった僕は、もう誰かから愛して貰うことなど諦めていた。
誰かと共に歩む幸せなど、僕には無縁だと思っていた。
でも、クレイは僕の手を取ってくれた。
彼と共に掴む幸せとは、どんなものなのだろうか。
広がる農地。その草と土の匂いがして、どこか安心する。
「若様! よくぞいらっしゃいました!」
「久しぶり。村長」
村長が村民を代表して挨拶にやってきて、帽子を脱いで頭を下げる。
「例の肥料の調子はどうだい? 役に立ってる?」
「はい! おかげさまで大きく実って、とても瑞々しい作物が成りました」
「そうか、それはよかった……」
「ああ、この前のご客人も、よくぞ再びいらっしゃいまして」
いつの間にか僕の隣にいたクレイにも、彼は礼をする。
クレイは優美に微笑みながら、僕の肩を抱く。
「改めて挨拶をさせてくれ、村長。俺はクレイ・アレクシアン。オリバー様の伴侶となる男だ」
「おお! オリバー様の!?」
「先週こちらに馳せ参じたのも、彼の両親であるスミス夫妻に結婚の許可を頂きに来たのだ。これから、よろしく頼む」
「ええ、滅相もない。いやぁ、そうだったんですね……あなた様のようなお方が、若様と結ばれるのであれば私共は大歓迎です。なんてったって、前の若様の婚約者は……ああ、この話はよしましょう」
どうやらアンジェラの悪評は領地にも広まっていたようだ。
僕らは、まずは父上たちに挨拶をしてから村を回ると告げて、一旦村長と別れた。
領主の屋敷に着くと、杖をついた父と、彼を支える母が出迎えてくれた。
二人の為に持って来た百合の花束を贈り、オリバーは挨拶をした。
「父上、母上、お久しぶりです」
「よく来たな、オリバー。そしてクレイ」
「さ、早く中に入って。あなたが交配した新種の野菜で作った料理もあるから、是非食べていってちょうだい」
そうして広間に通された。
そのテーブルには、味を品評するためにシンプルに焼かれただけの野菜のソテー、その奥に母が作ってくれた料理が並んでいた。
飾り包丁でアクセサリーのように彩られたパイ、具だくさんのコンソメスープ、チーズが添えられたサラダ。
懐かしい匂いに、食欲が湧く。
「せっかく婚約者になったんだもの。クレイ、あなたはオリバーの隣に座って」
「ありがとうございます。お義母様」
母にニコっと微笑んだクレイは、音も無く椅子を引いて僕をエスコートすると、その隣の椅子に腰掛けた。
上座に座る父は、すっと立ち上がった。
その顔は暗く、視線は下を向いていた。
「まずは、お前に謝らせてくれ。オリバー」
「謝る? 一体、なんのことですか、父上」
「アンジェラ嬢ととの婚約、いいや、お前にずっと無理をさせたことだ」
そうして父は深く頭を下げた。
「あの時の私はお前自身ではなく、Ωとしてしか見ていなかった。上位の貴族や王族のαに嫁ぐことが、Ωの幸せだと、それがお前自身の幸せになると信じて疑っていなかった。そうやって無理な交流をさせたせいでお前に負担をかけた。経済的にも、精神的にも。サーレィ家に利用されたのも、そのせいだ。全ては、この私の責任だ……本当にすまなかった」
痛々しいほどの謝罪をする父の姿に、僕の胸は痛んだ。
その場で僕は立ち上がり、父を止めた。
「やめて下さい、父上……謝るのは僕の方です。父上や母上が期待してくれていたのに、Ωらしく振る舞うことが出来なかった。僕が愛されなかったのは誰のせいでもない、僕自身の責任です」
自分で言っていて、苦しくなる。
懸命に努力はした。
必死に勉強だってしたし、神経を使って気を配り続けた。
それでも結局、誰からも選ばれはしなかった。
そこにいないものとして扱われる度に、心臓に針を刺されるかのように僕の胸は痛んだ。
でもそれは僕のせいだ。
華の無い容姿のΩなりに、もっと努力すべきだったんだ。
いつの間にか、ぐっと力を込めて拳を握っていた。
いつしか震えだして、緊張で冷えたその手が、急に温められた。
「……クレイ」
クレイが、僕の手を握ってくれたのだ。
「話に割って入って、申し訳ありません。ですが、これだけは言わせてください」
彼は僕の手を撫でながら、その翡翠色の視線を向ける。
かじかんでいた手に温もりが伝わって、震えが止まった。
「スミス家は確かに、間違いを犯し、回り道を通ってしまったのでしょう。でも、そのせいで出来てしまった傷は、このクレイが必ず癒します。誰もオリバー様を愛さなかったというのであれば、過去のことを忘れるだけの愛で、彼を満たします」
僕を見た後に、誓うように両親を見つめるクレイ。
父上は顔を上げ、母は目を潤ませて口を覆っていた。
「ありがとう、クレイ……その言葉で安心したよ。オリバー」
「……はい」
「クレイは、私たちが想像した以上のα、いいや、男だ。彼と幸せになりなさい」
僕は言葉を紡ぐことが出来ず、ただ一回、頷くことしか出来なかった。
久しぶりに食べる母の手料理を噛み締め、家族の団欒の時間を過ごした。
食事が終わり、僕は自分の手を見つめた。
まだ、クレイの温もりが残っている。
選ばれなかった僕は、もう誰かから愛して貰うことなど諦めていた。
誰かと共に歩む幸せなど、僕には無縁だと思っていた。
でも、クレイは僕の手を取ってくれた。
彼と共に掴む幸せとは、どんなものなのだろうか。
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