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第一章 無能と呼ばれた日
しおりを挟む夕食のテーブルは、いつも静かだった。
箸の音と、テレビのニュースの音だけが流れている。
その沈黙を破るのは、決まって父だった。
「お前には才能はないし、学校の成績も悪い……少しは綾音を見習ったらどうだ。この無能が」
吐き捨てるような声。
僕の名前は呼ばれない。
代わりに聞こえるのは、「無能」という言葉だけ。
向かいの席には妹――綾音。
学年トップ常連。運動神経も良い。誰からも愛される優等生。
「ほら綾音、この前の模試も一位だったんだろ?本当に自慢の娘だ」
父は目を細める。
その目は、僕を見るときとはまるで違う。
母も黙ったままだ。否定もしない。ただ、僕の皿におかずを置くだけ。
僕は拳を握った。
(僕だって最近はテスト70から80はキープしてるのに……前より頑張ってるのに……)
でも、それは「綾音基準」では足りないらしい。
家は、僕にとって居場所じゃなかった。
期待されない長男。
比較され続ける毎日。
廊下に貼られた妹の賞状が、まるで僕を嘲笑っているみたいだった。
その夜、自分の部屋で天井を見つめながら、僕は決めた。
「もういいや……こうなったら、好きなことで絶対見返してやる」
僕には、たった一つだけ誇れるものがある。
カードゲームだ。
---
カードが支配する街
この街には、三つの巨大カードショップがある。
全国大会常連プレイヤーも出しているこの街は、いわば“地方激戦区”。
プロゲーマーが配信で取り上げるほどのレベルの高さだ。
そして僕が通うのは、小さな裏路地のカードショップ――
《CARD BASE GRIT》。
ガラス張りでもなく、ネオンもない。
でも、ここは本物のデュエリストが集まる場所だ。
ドアベルが鳴る。
「いらっしゃい」
店主の低い声。
今日は平日夕方。人は少ない。
「よし、この時間は人が少ないからデッキの研究に時間を割けるぞ……大会まであまり時間もないしな」
今週末は地区予選。
優勝すれば、県大会。
さらに勝てば全国。
そして、その先にはプロ。
(ここで勝てば……父さんだって黙るはずだ)
僕は机にカードを広げる。
コンボラインの再構築。
マリガンパターンの検証。
対面ごとの勝率計算。
ノートにはびっしり数字。
努力は、裏切らないはずだ。
そう思っていた。
---
異様な視線
背後に、気配を感じた。
「……熱心だな」
低く、渋い声。
振り返る。
そこに立っていたのは、黒いスーツの男。
背は高く、左頬にうっすら古い傷。
怖い。
明らかに“普通”じゃない。
「お前さん……あんな両親のもとにいていいのか?」
心臓が跳ねた。
「……え?」
「さっき、外で電話してただろ。親父のこと」
聞かれていた。
さっき、店の前で父と口論になった。
「大会なんか行ってる暇あるなら勉強しろ」と言われて、つい本音が出た。
「好きなことで見返すって顔してたぞ」
男は椅子に腰を下ろす。
「お前、強くなりたいんだろ?」
「……はい」
即答だった。
「じゃあ環境を変えろ。才能なんて関係ねぇ。勝つ奴は、“覚悟”が違う」
男は名刺を出した。
そこには――
《黒龍会 代表補佐》
と書かれていた。
(や、やくざ……?)
「勘違いするな。カード大会のスポンサーもやってる。若い芽を育てるのが俺の趣味だ」
男の目は、鋭いけど……どこか本気だった。
「お前さんが良ければなんだが……俺と暮らさないか?環境、用意してやる。練習相手も、時間もな」
普通なら、断る。
怖いし、怪しい。
でも――
家に帰っても、僕の居場所はない。
才能がないと言われ続ける毎日。
認められない努力。
比べられる人生。
選択肢なんて、もうなかった。
「……うん」
自分でも驚くほど、すんなり言葉が出た。
「僕はあんな両親は嫌だ……絶対に見返して、ぎゃふんと言わせてやる」
男はニヤリと笑った。
「いい目だ」
その日、僕は家に帰らなかった。
カードケース一つだけ持って、黒い車に乗った。
街のネオンが後ろに流れていく。
(才能がない?)
(なら、努力でねじ伏せてやる)
これは、無能と呼ばれた少年が、
地下から這い上がり、
全国の舞台を目指す物語だ。
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