妹ばかり溺愛する親に嫌気がさした僕は好きなことで見返そうと思います

友利奈緒

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第四章 父の知っている過去

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 兄がいなくなって三日目。

 家の中は妙に静かだった。

 父は何も言わない。

 母も聞かない。

 まるで、最初から兄など存在していなかったみたいに。

 だが――

 綾音は見逃さなかった。

 夜中、リビングの灯りがついていることに。

 水を飲みに降りると、父が一人で座っていた。

 テーブルの上には、古びたカードケース。

(あれ……?)

 見覚えがある。

 それは兄が小学生の頃、大事にしていた最初のデッキケースだった。

「……お父さん?」

 父は一瞬だけ驚いた顔をする。

 すぐにいつもの無表情に戻った。

「寝ろ」

「それ、お兄ちゃんのじゃ……」

 父はしばらく黙ったあと、低く言った。

「あいつは昔から、無駄に根性だけはあった」

 意外な言葉だった。

「小三のときだ。地区大会でな……」

 綾音は息を止める。

 そんな話、聞いたことがない。

「あいつは予選を全勝で抜けた。だが決勝で、圧倒的な天才に当たった」

 父の指がカードケースをなぞる。

「三ターンで終わった。何もできず、完敗だった」

 その光景が浮かぶようだった。

「帰り道、あいつは泣かなかった」

「え?」

「ただ一言、“もう一回やらせてくれ”と言った」

 父の声はわずかに低い。

「才能が違いすぎた。相手はプロの育成チームに入っていた」

 父は立ち上がり、棚から一冊のファイルを取り出す。

 そこには新聞の切り抜き。

 《新星ジュニア王者 黒崎龍牙》

 綾音の心臓が跳ねる。

(黒崎……?)

「その大会で優勝したのが、その男だ」

 父はファイルを閉じる。

「あいつはその日から変わった」

 毎日研究。

 ノートびっしりの検証。

 負けた相手の動画を何度も見る。

 小学生とは思えない執念。

「だがな……」

 父の目が暗くなる。

「努力で埋まらない差もある」

 静かな部屋。

「俺は知っている。あいつがどれだけ悔しかったか」

 綾音は震える。

「知ってるなら……どうして、あんな言い方するの?」

 父は答えない。

 ただ窓の外を見る。

「プロの世界は残酷だ」

「……」

「頂点に立てるのは、ほんの一握り。ほとんどは潰れる」

 握りしめた拳が白くなる。

「俺は、あいつが壊れるのを見たくない」

 初めて聞く、弱い声だった。

 綾音は理解する。

 父は否定しているんじゃない。

 恐れているんだ。

 兄が、あのときのように打ちのめされることを。

 その夜。

 綾音は自分の部屋でスマホを握る。

 兄が負けた相手――黒崎龍牙。

 そして今、黒スーツの男と消えた兄。

(まさか……)

 もし、兄の前に現れた男が――

 あのときの“天才”だったら。

 点と点が、ゆっくり繋がり始める。

 一方その頃――

 高級マンションの一室。

 黒崎はモニター越しに言う。

「親父はお前を守りたかったんだろうな」

「え?」

「俺はあいつに勝った側だ」

 主人公の手が止まる。

「大会でな。覚えてるよ。目だけは死んでなかったガキだ」

 空気が凍る。

「世界は甘くねぇ。だがな――」

 黒崎はカードを置く。

「十年前とは違う」

 主人公はゆっくり顔を上げる。

 父が恐れた天才。

 その天才が、今は自分の師匠。

 運命は巡る。

 そして地区予選まで、あと二日。

 家出は、ただの逃亡ではない。

 これは――

 十年前の敗北への再戦だ。

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