夜に浮かぶ

帷 暁(Persona Mania)

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1章 オフィス

暇つぶし

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 「あ、戻ってきた」

 オフィスに戻るなり、不躾な視線を投げつけられて不快感を抱きつつ、視線を声の主に送る。
 同じ業務を担当するパート社員の女性は訝しげにこちらを見ていた。

 「どこに行ってたの?」

 その口調は不満気で、大方、自分がいない間に担当業務の問い合わせが自分に来るのが面倒臭かったのだろうと推測する。
 とはいえ、どうせこちらのデスクに丸投げしていることは明白なので、それを見越してウンザリとしてしまう。

 「業者対応ですけど。何かありましたか。」

 もしも彼女が多少なりとこちらの助けになる働きを見せてくれたなら、こちらの心持ちも変わるのに。
 彼女は本当にを行う。そしてそう言った時の言い分はこうだ。、と。

 「別に、随分長いから何してたのかと思って」

 存外含みを持たせた言い方をする。
 彼女は一体、こちらを何だと思っているのか。
 とはいえ、彼女の言葉に自身の腕時計を確認する。
 須田と倉庫に入って話し込んでいた所為か、1時間半くらいが過ぎていた。確かにこれは長居をしたと言わざるを得ない。しかし、こちらは常から昼休憩も取ることが出来ず働き詰めだ。その分を考えれば大した時間ではないだろう。
 なんせ、就業中に菓子を貪り、スマホでゲームをしたり、ネットサーフィンに勤しんでばかりの職場で責められる謂れはない。

 「処分する書類の選別に手間取っただけですよ。誰もやらないから。」

 しまった、と思ったが言ってしまった。
 しかしこれは事実だ。

 「そういう指示がないから」

 彼女はそう言ってパソコンの画面へ視線を戻した。どうやらもう話したくはないらしい。
 そういう指示がなかった、というのも納得いかないが、そんなことを言ったところで無意味であることは分かっている。
 これ以上話しても、こちらの時間が無駄になるだけだ。
 だからそのまま何も言わずに、自身のパソコンへと視線を移した。
 机上には馬鹿みたいに電話の伝言メモやら、様々な問い合わせについてのメモが貼られている。これは全て、この1時間半で増えた仕事だ。
 本当にこれは全て自分がやらなければならないことなのか、そう問いただしたくなる。
 少し考えれば誰でも解決できる問題だ。
 雑誌を見てくだらない雑談に勤しむ暇はあっても、はないらしい。
 彼らにとって職場とは一体何なのだろうか。
 根本的な何かが自分とは違う、そう感じざるを得ない。
 だからだろうか、彼らとコミュニケーション出来ないと感じるのは。

 一つ、ため息を吐き出す。
 今日もまだ長くなりそうだ。
 オフィスの窓は藍色に染まり始めていた。
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