夜に浮かぶ

帷 暁(Persona Mania)

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4章 探し物

それより僕と踊りませんか?

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 「佐良さん…、」
 「いい匂い。シャンプー?」
 「だったら、同じ匂いじゃないですか…。」
 「じゃあ、帰っても思い出すかも。」

 あと数時間で居なくなる。
 それを悲しいとは思わない。
 彼には彼の生活がある。
 ただ、この瞬間はとても心地よい。常々悩まされる渇きも、今は感じないから。

 「少し寝てもいいよ。」

 胸に顔を埋めて、うつらうつらとし始めたことに気づいた佐良が笑う。
 普段はこんなにのんびりとしていないけれど、今日は少し余裕がある。

 「嫌です。勿体ない…気がします。」

 と言いつつ半分は夢の中にいる気がするけど。これは本音だった。
 暖かい体温は、全くもって心地よい。

 「何?やっぱり恋?」

 クスクス笑う声すら心地よくて、我ながら呆れそうだ。
 佐良の指先が髪を滑る。
 シャワーの水気が残る髪。

 「佐良さん…、どうしても惹かれるんです。」

 眠りそうな目を無理矢理開けて、そっと佐良を見上げる。
 何となく、この気持ちよさに流されて、居酒屋での佐良の問いかけの回答を続けてみようと思った。

 「佐良さんには佐良さんの生活があってそれも分かってるんです。だけど、“全部”が無理でも、それでも…佐良さんに惹かれる。理由なんて、本当に分からない。強いて言うなら匂い、みたいな感じ。」
 「匂い、か…。なんか本能的。俺じゃないと駄目なの?」

 少しからかいを含んだ口調で言う佐良に、素直に頷く。

 「自分でも、よく分かんないんです…。だけど佐良さんがいい…だから、拒否、できない…。」
 「はは…、本当、そういうところだよ。俺も…さ、おかしくなりそう…。」

 困った、とういうよりは泣きそうな、という表情だった。それなのに佐良は笑った。
 多分、こちらも同じような顔をしていたんだと思う。

 ここはどこだろう?
 これは何だろう?
 どうしようもない。
 花は蔦を巻き付けて、ギリギリと体を締め上げる。
 張り巡らされた根で、自らをコントロールすることもできない。

 そうこれは、罰だ。

 罪の種を見逃した。
 (だって、捨て方が分からない。)
 罪の芽を黙認して。
 (水が降り注ぐことを止められなかった。)
 罪の蔦の締め付けに悶え。
 (渇きが増した。耐え難い渇きが。)
 罪の花は咲き誇る。
 (その頃には、制御する術は全て失われた。)

 佐良も同じ感覚なのだろうか。
 ここから救われるには?
 馬鹿げている。
 救いなんて。
 そんなものがないことは、ずっと幼い頃から知っている。

 神様はいるだろう。
 でも、神は見ているだけだ。
 そして、罰は、自らが与えるものだと知っている。

 それが、人間。

 人間が人間によって設けたルールを破り、そこに生じる罪悪感が自罰的思考を齎す。あたかもそれを、神が齎したものと錯覚して。
 どこまでも責任転嫁する。

 「佐良さん、ごめんなさい…。」
 「は…本当、こういう時だけ素直。」

 佐良が諦めたように笑う。
 慰めるように降ってくる口づけに目を閉じた。

 神様、探し物は夢の中でしょうか。
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