青空の彼方にて

鈴原りんと

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第一章:チーム・コンパスの秘密調査

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 旧校舎は、普段利用している校舎から少し歩いたところにある。もちろん同じ敷地内のため、行き来は簡単にできる。
 だが、旧校舎は原則立ち入り禁止だ。昇降口には、事件でもあったのかと疑いたくなるような立ち入り禁止のテープが張り巡らされていた。旧校舎は相当年季が入っているようで、昇降口から中を覗くだけでだいぶ古いことが窺える。崩れた壁や、埃の積もった床。廊下に置かれた机は壊れかかっている。

「オレ、旧校舎なんて入ったことねぇかも……」
「アタシもないな」
「立ち入り禁止だもんね……」
「夕凪は入ったことないのか?」
「残念ながら」

 夕凪はもはや意味をなさないボロボロの立ち入り禁止のテープを弄りながら答えた。夕凪でも入ったことないとなると、ここからは完全に未知の領域だ。
 ……なんだか少しだけ怖くなってきたな。

「あれ、旧校舎自体の鍵はかかってないのか……」

 俺が昇降口の扉を開けながら呟く。意外にも、その扉は簡単に開いてしまい、拍子抜けした。

「マジ?」
「うん。簡単に開いちゃった」
「まぁ、入れるならラッキーってことで」
「……誰かが私たちを迎え入れてくれたのかな?」
「おいおいおいおい怖ぇこと言うなよあず! それは絶対ありえねぇよ!」
「アンタはビビりすぎ」

 青い顔で捲し立てる一吹に北原はうんざりした様子で溜息を吐いた。

「とりあえず中に入ろうか」
「西条くん、大丈夫?」
「心配ないよ、あず。さすがに変な化け物とかはいないだろうから」

 そんなもの居てたまるかと強がりながら、俺は旧校舎に足を踏み入れた。
 中は至って普通の学校と同じ構造だった。ただ、少しボロいだけ。さすがに一昔前の全て木で出来た校舎ではなく、建築もしっかりしている。正直、あまり旧校舎という感じはしなかった。

「生物室はあっちみたいね」

 貼りっぱなしの避難経路図を見た夕凪が指を指す。黄ばんだそれは、ボロボロではあるがかろうじて文字が読める。

「廊下の一番奥かぁ……」
「一吹、先に行ってこいよ」
「は⁉ そういう雅が行けよ!」
「別にいいけど、アンタはここで一人で残るんだね」
「いやいやいや、オレも行く!」
「あー、俺が先頭歩くからそれでいいでしょ?」
「さ、さすが繋! さぁ進めチーム・コンパスのみんな!」

 もう一吹がリーダーで良いんじゃないか? そう言いたいのを我慢しつつ、俺は生物室の方へと歩き出した。
 廊下は異様なくらい静かだった。俺達五人分の足音しか聞こえない。廊下に並ぶ教室を歩きながら覗いてみるが、全て当時のままで時を止めている。荒れ果てた様子もなく、誰もここには立ち入っていないようだった。
 しばらく歩くと、少し汚れた扉が見えてきた。
 緑がかったその扉は、取っ手部分が少し錆びている。床にはもちろん埃が積もっていて、俺が歩いたところだけが元の床の色になった。
 扉の上には、隷書体に似たフォントで生物室とだけ書かれている。

「よし、開けるね」
「き、緊張するね……」

 ポケットから鍵を取り出すと、後ろであずが震えた声を零した。一度みんなの表情を窺えば、緊張した空気が伝わってくる。夕凪だけが、普段通りの表情に見えたが、彼女も内心緊張しているかもしれない。
 俺は鍵穴に古びた鍵を差し込んだ。それをゆっくりと捻る。
 カチャリ、と小気味いい音がした。
 そっと鍵を引き抜く。試しに少しだけ扉を横にスライドしてみれば、それはいとも簡単に開いた。

「……中に入ってみましょうか」

 夕凪が落ち着いた声で言った。それに頷き、俺はまず扉の隙間から中を覗き見る。
 理科室にあるような特殊な黒い机が並んでいた。机と机の間や、部屋の隅にはいくつもの水道が設置されており、教室の後ろの方には何かが入った瓶やケースが並ぶ棚がある。埃っぽいにおいはするが、特別何か気になる点はない。むしろ綺麗すぎるくらいで、逆に違和感を覚えそうなくらいだ。

「なんだ、意外と何もなさそうだな」
「だね。図書室に鍵なんて隠してあるから、何かヤバイもんでも保存されてるかと思ったんだけど」

 一吹と北原が、何もないことに安堵しながら中へと入っていく。様子を窺っていた俺も後に続く。夕凪とあずは、二人で何もないことを確認した後、同じように部屋の奥へと進んで調べ始めた。

「なんか隠し通路とかねぇかな~」
「一吹、さっきまで怯えてたのに急に元気になったね」
「何もねぇって分かったから安心したんだよな! いや~繋のおかげだ!」
「そりゃどーも」

 一回くらい何か大変なことがあったら一吹を盾にしようか。なんて意地の悪いことを考えれば、「何か失礼なこと考えただろ」と見透かしたように言うものだから苦笑いで誤魔化しておいた。

「実際に隠し通路とかあったら、一吹はどうするの?」
「そりゃ調査するに決まってんだろ。そこにこの世界の秘密が眠ってるかもしれねぇし。そしたら、オレたちがどうしてこの世界で生きることになったのか分かるかもしれない」
「そうかなぁ……」
「まぁ、まだ分かんねぇけどさ」

 一吹はどこか遠い所を見つめたような目をしながら、生物室の戸棚を漁る。
 先程のメモによれば、ここ以外にも世界があるらしい。しかもそれは、大切な記憶を取り戻さないといけない場所。もしかしたら、本来はそこが俺たちの生きるべき場所だったりして。なんて、些細な疑問や空想から飛躍した妄想をして、そんなことをぐるぐると考えてみる。
 考えれば考えるほど、ドツボにハマるけれど。

「ひゃあっ!」

 その時、あずの甲高い悲鳴が空気を切り裂いた。その声に引かれるように振り返ると、教卓の近くで尻餅をついたあずが何かを凝視していた。

「あず、大丈夫?」
「さ、西条くん、これ……!」

 あずは混乱した様子で教卓の裏を指さした。心配そうな顔つきで駆けてきた北原と共に教卓の裏を覗き込む。

「え、何だこれ……」

 目を丸くした。
 そこにあったのは、底の見えない穴だった。床の一部が開くようになっていたみたいで、今はそれが開かれている。穴の向こうからは、微かに冷気がこちらへと流れ込んできていた。

「何か寒いなぁって思って覗き込んだら、穴が空いてて……」

 か細い声で言うあずの許に、北原が飛んでくる。事情を聞いた彼女は安堵したように息を吐いた。

「それで驚いたってわけか。あずに何もなくて良かったよ」
「ご、ごめんね雅ちゃん。大声上げて……」
「別にいいよ。それより、この穴なんだろうね」
「何かありそうだけど、暗くて見えないな……」

 よく目を凝らすが、何も見えない。何かないかと目を擦れば、視界に突然銀色の筒状の何かが映りこんだ。

「夕凪?」
「これ使っていいわよ。少しは中が見えると思うわ」
 差し出されたのは、百円ショップ等で販売しているミニライトだった。先端を捻って明かりを点けるタイプのヤツだ。
「何でこんなもの持ってるの?」
「生徒会の仕事で薄暗い倉庫で作業したりするからよ」
「あぁ、なるほど」
 納得して俺はミニライトを点灯させる。ミニライトの光を穴に落としてみれば、何かが暗闇に浮かび上がった。
「梯子……?」

 蔦のように壁に張り付いているのは、縄梯子のようなものだった。ずっと奥まで続いている。旧校舎にある割には、意外と頑丈そうな見た目だった。

「なになに、何か面白いもんあった?」
「穴と梯子」
「なんじゃそりゃ」

 簡潔に伝えれば、一吹は首を傾げて俺の隣にやってくる。同じようにして穴を覗き込むと、言葉の意味を理解したらしい。

「繋、ここって一階だよな?」
「うん、そうだけど」
「じゃあ、この先は地下ってことになるよな?」
「そうなるね。何で学校に地下なんかあるのか疑問だけど……」

 どう考えてもフィクションの話だ。学校に地下室だなんて、必要性がないだろう。
 一体、この梯子の先には何があるのだろう。恐怖もあったが、それに勝る好奇心が俺の胸を高鳴らせていた。

「謎の封筒に、図書室の本に隠された鍵に、旧校舎にある謎の地下室……これはいよいよガチな話になってきたな」

 一吹が口元をヒクつかせながら言った。
 その通りだ。
 まだどこか遊び半分で調査をしていたが、これはいよいよ遊びではなくなってきた気がする。とはいえ、一吹の言うような秘密結社だとか実験体だとか、そんな突飛な話ではないだろうけど。

「……行ってみる?」

 俺が四人に訊ねると、皆は互いに顔を見合わせた。気にはなるが、下へ降りる勇気がどうにもないらしい。それは俺も同じだが、仮にも俺はリーダーだ。女子に先に行かせるのは危険だし、肝心の一吹はビビりだから無理だろう。消去法で俺しかいない。

「俺、行ってみるね」
「繋くん、大丈夫?」
「うん。何とかなるよ、たぶん」

 困ったような顔で心配の声をかけてくれる夕凪に微笑みかけて、俺は梯子に手をかけた。
 試しに揺らしてみるが、切れそうな感触はない。古びた音もならないし、縄で繋がれている割には随分と丈夫そうだ。
 夕凪に借りたミニライトを携えたまま、俺は恐る恐る梯子を下りる。チラリと上を見上げれば、柄にもなく心配そうにこちらを見つめる夕凪と目が合った。
 大丈夫、と口パクで伝え、俺は暗闇の中へと潜り込んでいった。

 ミシ、と縄梯子が小さく鳴く声を聞きながら、ただひたすらに梯子を下りる。だいぶ深い穴のようで、なかなかゴールが見えてこない。一度止まってミニライトを下に向けてみるが、まだ底は見えなかった。
 面倒になってきた、と溜息を吐きながらさらに下へ。さすがにゴールがないということはなく、しばらくしてようやく地面が見えてきた。
 梯子に捕まったまま、足で地面を小突いてみる。コン、と革靴の音が鳴るだけ。混凝土のような地面だった。
 俺は梯子から手を離し、辺りを見回す。少し開けた空間のようで、ぼんやりと明かりが壁に取りつけられている。クリスマスツリーとかに飾りつける小さなイルミネーションのようだった。淡い橙色の光が、ぼうっと薄闇を纏って輝いている。

「繋~! 大丈夫か~⁉」

 一吹の声が反響して上から降ってくる。上を見上げれば、穴から覗き込む一吹がかろうじて見えた。

「大丈夫! 危険なものはなさそうだから、もし気になるなら下りておいでよ!」

 声を張って叫ぶと、「オッケー!」と一吹の元気な返事が返ってきた。
 おそらく、みんなこの場へ下りてくるだろう。だが、この梯子は長い。皆が下りてくるまでには時間がかかる。
 それまでに俺は、この場所を先に調べておくことにした。
 ミニライトとイルミネーションのような明かりを頼りに進むと、そこには一つの扉があった。金色の装飾が施された妙に豪勢な白い扉だ。取っ手がついていて、おそらく両開きだろう。

 この場にそぐわない扉だった。まるで、異世界に通じているのではないかと思わず想像してしまうほど。結婚式場にこの扉があったら、おそらく何の違和感もない。それほどまでに、この扉は豪華で神秘的なものに感じられた。
 開けてもいいのだろうか。
 否、開けなければ何も始まらない。
 好奇心は何にも勝る強い感情だ。俺はやはり、この世界で生きる理由が知りたいし、妙に違和感のあるこの世界の秘密も知りたい。
 隠されたことがあるのなら、この手で暴いてみたい。
 俺は、その扉をゆっくりと開いた。

「は……嘘、だろ……?」

 零れたのは情けなく震えた声だった。扉を開いた手は、取っ手に張り付いたまま動かない。好奇心に駆られていろんなものを見てきた眼球も、ただそれに釘付けとなって探索をやめてしまう。背筋を冷たい汗が流れて、腹の奥が凍ったみたいだった。
 目の前の光景に、俺はただただ目を見開いて固まっていた。
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