青空の彼方にて

鈴原りんと

文字の大きさ
8 / 39
第一章:チーム・コンパスの秘密調査

7

しおりを挟む
「すっげ、こんな深い場所があるなんてなぁ」
「かなり暗いわね。足元に気を付けて」
「な、何か出てきたりしないかな……」
「大丈夫だって。何かあってもアタシがあずを守ってやるから」
「ありがとう、雅ちゃん……」

 全員下りてきたのか、背後で四人分の声がする。だが、俺は振り返ることはできなかった。半開きの扉の向こうから、目が離せなかったからだ。

「繋~、何かあったか?」

 呑気な一吹の声が近づいてきた。何も答えない俺を不思議に思ったのか、心配そうに俺の名前を呼んで肩に手を置いてくる。

「……秘密結社とか、実験体とか、一吹は、そんな世界の秘密があるかもしれないって言ったよね……?」

 振り返らぬまま、俺は静かに問う。

「おう!あったら面白いなって話だけどな。それがどうかしたのか?」
「……一吹が言ったこと、あながち間違いじゃないかもしれない」

 俺はそう言って、ゆっくりとその扉の前から退いた。振り返ると、一吹の目にも扉の先が見えたのか、段々と目が見開かれていった。
 おそらく、他の三人の女子にも見えただろう。
 扉の向こうにあったのは、薄暗い空間に夥しいほど並んだ『墓』だった。雑草が蔓延る地面の上に、数えきれないほどの墓標が並んでいる。形に統一性はなく、日本のものから西洋のものまで、様々な形と色の墓がそこにはあった。
 どう見ても異様な光景だった。一般的な墓場にも、こんなに多くの墓石は存在しないだろう。扉の隙間から流れ込んでくる空気は冷凍庫のように冷たく、妙に澄んでいるような気がした。

「……ん、だよ、これ……」

 一吹が青ざめた顔で俺を見る。そんなこと、俺が一番聞きたい。どうして学校の地下に、これほど大量の墓があるのか。しかも、隠蔽するかのようにこんな地面の奥深くに。

「……かなりの数があるのね」

 至って冷静に中を覗く夕凪だが、その声には覇気がないように感じられた。少し離れた所で中を見た北原とあずは、互いに身を寄せ合いながら不安げな顔をしていた。

「……この墓、誰のなんだろうね」
「お、おい、繋、調べる気か……?」
「調べたくないけど、調べないと何も分からない。そのために俺たちはここまで来たんでしょ?」

 そう言えば、一吹は何度か目を泳がせて控えめに頷いた。
 俺だって調べたくない。本当は怖いが、強がってみせているだけ。けれど、不安を煽るこの状況を何とかしたいのだ。人間は不確定なものほど恐れる。せめてこの墓が偽物であることが分かれば、悪戯か何かと思えるのだけど……。
 俺は一番手前の列の墓を一通り見た。墓石には、知らない誰かの名前がしっかりと刻まれている。中には何語か分からないものまであった。だが、それが人名だとは何となく察しが付く。
 つまりこの墓は本物である可能性が高い。肌を撫でる冷えた空気が、それを証明しているような気さえした。

「なぁ、これ結構ヤバイんじゃないの……? 学校で誰か殺されたとかあるんじゃない?」と北原が怯えた声で言う。
「さ、殺人事件ってこと……?」
「ありえねぇ話じゃないよな……相当な数の墓だし、こんな隠すような場所にあるからさ。……オレたちも、いつか此処に――」
「や、やめてよ南雲くん!」

 半泣きのあずが一吹の言葉を遮った。
 気持ちは分かるが、一吹の考えは正しい。これがもし、この学校の生徒の墓であるなら、俺たちも同じようにここに入ってもおかしくはない。

「この学校が犯人の所有する箱庭のようなもので、俺たちは標的なのかもしれない。俺たちは転校させられたんじゃなくて、誘拐されたんじゃないか……?」
「誘拐? アタシらが?」
「あまり現実的じゃないかもしれないけど、あってもおかしくないかなって。目的とかは分からないけど、標的を学生に絞ってこの学校に閉じ込めているのかもしれない」

 憶測で語るのは良くないが、今は悪い方向に頭が回転する。誘拐という線を考えれば、納得がいく点が多すぎる。街から出られないことや、此処にきた当初に起こしていた記憶喪失については微妙だが、犯人が相当頭の切れる科学者か何かだったら、ありえない話ではなさそうだ。

「……この学校――街から出た方が良いのかしらね」

 ふと、夕凪がそう呟いた。

「でも、この街の外へは出られない。どこかへ行こうとしても、帰ってきちゃうから」
「そうだよな。……こりゃ大変なことになってきた。秘密を暴くっつーより、此処から出る方法を考えた方が良さそうな気がしてきた」

 一吹が扉を閉めながら言う。
 その通りだ。仮説にすぎないが、俺が思うことのどれか一つでも当てはまる場合、この学校に留まるのは死を選択するのと同じような気がする。

「――君にとって一番大切な記憶を取り戻せ。さすれば、君は行くべき世界に行けるだろう」

 夕凪が、何か呪《まじな》いでも唱えるかのように静かに言った。

「もし私たちが危険な状況に置かれているとして、秘密を暴くことから脱出することに目的を変えるとしたら、一番可能性があるのはこれじゃないかしら」
「……そうだね。世界の秘密をまだ探るにしろ、今すぐにここから脱出するにしても、その大切な記憶が手がかりになってるのは間違いないと思う」

 そう言えば、皆は複雑そうな顔をしながら頷いた。おそらくまだ、状況を整理できていないだろう。俺だってそうだ。冷静に振舞っていても、思考回路は絡まった糸みたいにぐちゃぐちゃだし、何を目的にこれから動けばいいのか混乱している。

「……悪い、オレが世界の秘密を暴こうなんて言ったから」
「言い出しっぺが真っ先に後悔すんなよ。知らない方がいいこともあるって学習になったし、何か一周回ってワクワクし始めてきたから大丈夫だって」

 俯いて謝罪した一吹を小突いて励ましたのは北原だった。未だその顔には不安と恐怖が滲み出ているが、どこか期待に満ちたような表情にも見える。

「雅ちゃん……」
「あずも気になるだろ? こんなヤバイもん発見したんだ、アタシたちだけで秘密を暴いてやれば大活躍だってお礼とかしてもらえるかもよ?」
「で、でも、危ないんじゃない……? 逃げることを先に考えたほうが……」
「もちろんそれも視野に入れるさ。とにかく、アタシたちはこれから大切な記憶とやらを探すんでしょ? そのついでに世界の秘密も暴いてやろうって話」

 北原が前向きに発言をする。強気な彼女の言葉は、この場に満ちていた沈んだ空気を少しずつ浄化していく。いつだって彼女のポジティブな発言に助けられてきたなぁと笑みを零せば、自然と皆の顔にも少しだが笑顔が浮かんだ。

「ひとまずは此処から出ましょう。長居はよくないわ」

 夕凪にそう促され、俺たちは長い長い梯子を再び上がることにした。此処にくることはおそらく二度とない。そもそも来たいとも思わない。
 だけど、あの衝撃的な光景が記憶から消えることはないだろう。






 閑散とした教室内で、ぼんやりと席に座っていた。腕時計を確認すると、午後六時が迫っていた。
 あの後、俺たちは少し話し合いをして解散した。不安感を抱いたままに行った話し合いは、通夜のようにどんよりとしていた。
 決めたことと言えば、チーム・コンパスの一番の目的が、秘密を暴くことから、大切な記憶を探すことに変わったことくらいだ。そりゃそうだ。秘密も気にはなるが、身の安全が第一。この街以外の場所に行ける方法があるなら、早急に確保しておくべきだ。
 各自大切な記憶について思い当たることはないか考えることを告げ、俺たちは帰路についた。
 俺は、なんとなく帰る気になれずに教室に留まっていた。さすがに腹が減ったから、そろそろ帰ろうとは思うけれど、頭に浮かぶのはさっき見た墓のことでいっぱいだった。

「まだ帰っていなかったのね、繋くん」

 小さな足音と共に聞こえたのは、凛とした静かな声。鞄を肩にかけた夕凪が教室の後ろに立っていた。

「夕凪、帰ったんじゃなかったの?」
「少し生徒会室の片づけをしていたの。今から帰るところ」
「……そっか」

 夕凪はさほど先程のことを気に留めていなさそうだった。いや、気にはしているのかもしれないが、夕凪はあまり顔に出るタイプじゃないから分からない。

「……ねぇ、本当にこの世界の調査を続けるの?」

 俺の隣の席に鞄を置いた夕凪が、訊ねてきた。立ったままの夕凪を見上げれば、珍しく沈んだような目をしていた。

「一応ね。単純に好奇心っていうのもあるけど、ここまで来たら後戻りできないっていうかさ……」
「……そう」
「夕凪は反対なの?」
「そうじゃないわ」
「じゃあ、どうしてそう聞いてきたの?」

 今度は俺が質問すれば、夕凪は一度口を閉ざした。何度か瞬きを繰り返すと、消え入りそうな声で言った。

「ただ、不安なだけよ」
「不安?」
「えぇ。繋くんたちが、壊れてしまわないかって」
「壊れるって、そんな大袈裟な」
「……ごめんなさい、不安になりすぎたわね」

 夕凪はそう言って深呼吸をした。
 壊れるって、一体どういう意味だ。世界の秘密を知ってなのか、逃げ出そうとして、いるかも定かではない犯人に壊されることなのか。

「繋くん、私は何があっても貴方を信じてるわ」

 夕凪が、綺麗に微笑んでそう告げた。
 ひとまず、ありがとうと礼を言ったが、真意は分からない。夕凪は、この世界について何か知っているのだろうか。何か重大な秘密を握っていて、俺たちに何かを伝えようとしているのか。
 考えても、彼女のことは分からない。
 俺は様々な疑問を抱えながら自宅へと歩き出した。

 顔を覗かせた非日常。これから何かとんでもないことが待っているような気がして、俺は僅かな期待と纏わりつく不安を感じながら青空の下を歩いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

処理中です...