青空の彼方にて

鈴原りんと

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第ニ章:暴け真実、取り戻せ記憶

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 校長室は、どこか高級感がある内装だった。来客用の黒いソファに、綺麗に整理された書類がしまわれた棚。それから、窓の前に置かれた執務机とふかふかそうな椅子。普通は入ることのないその部屋に、思わず頬が緩みそうだった。

「どこから調べる?」
「やっぱ棚じゃね? なんかいろいろ貴重そうな書類ありそうだし。後は……校長の机とかもいろいろありそうだよな」
「じゃあ、俺が机を調べておくよ」
「オッケー」

 俺たちは手分けをして調査を始めた。
 執務机の裏側に回り、引き出しの前にしゃがみこんだ。机には、全部で五つの引き出しがあった。
 試しに、一番上の薄い引き出しを引っ張ってみた。意外にもそれは簡単に引っ張り出せた。
 ……さすがに不用心な気がする。いや、そもそも部屋に鍵がかかっているから問題ないという考えなのだろうか。
 他の引き出しも引っ張ってみるが、どれも同じだった。鍵がかかっていない。ひとまず何かめぼしいものがないか目を通して見る。どの引き出しにもファイルや書類がしまわれていた。印鑑や万年筆などが入っていた引き出しもある。全て校長が管理しているものが、この中には入っているのだろう。
 その中でも一際目を惹いたのが、紐で綴じられたクリーム色の冊子だった。妙に分厚く、他の書類に比べたらわりと重要そうに保管されているみたいだった。中身が見える透明のケースに入れられていて、これが何か特殊なものであることは一目瞭然だった。

「一吹、今手空いてる?」

 俺が声をかけると、棚を漁っていた一吹が振り返る。

「おう。何か見つけたのか?」
「まぁね。ちょっとこれ見てよ」

 俺はクリーム色の冊子を机上に置き、一吹に見せた。

「なんだこれ?」
「まだ見てないけど、他のに比べて丁寧に扱われているみたいだったから気になってさ」
「へぇー、何かすげぇことが書いてあるかもな!」

 一吹がワクワクした様子で目を輝かせる。そして制服のズボンで手を拭くと、躊躇なくその冊子を開いた。

「……誰だこれ?」

 一吹が首を傾げた。
 冊子を開くと、冴えない顔をした男子生徒の写真と、彼の学校生活について事細やかに記載された一枚の書類が出てきた。どの授業を選択したのか、どのような委員会や部活動に所属していたのか。それから、特技や長所、資格についてまで書かれている。
 まるで履歴書だ。
 それは一枚だけでなく、大量に紐で綴じられている。

「知ってるヤツいる?」
「いや、一人もいない」

 冊子をパラパラと捲りながら答える。貼られた顔写真を見ても、特にピンとくることはなかった。
 それもそのはずだ。
 紙の右下に記載された文字を見て俺は気が付いた。

「これさ、全員卒業生だよ」
「卒業生?」
「うん。ほら、ここ見てよ」

 右下に書かれた『卒業』の文字を指さした。

「ほんとだ。じゃあこれは卒業生のデータが書いてある本みたいなもんか?」
「そんなところだと思う」

 そう告げれば、短く息を吐いて一吹は校長の椅子に腰かけた。

「なーんだ。秘密に関わりそうなことは書かれてなさそうだな」
「……そうでもないと思うよ」

 俺が言うと、一吹が不思議そうに顔を上げた。
 この卒業生のプロフィールには、不可解な点があった。入学した日付や卒業年度が書かれていないこともそうだが、それよりも一つだけ空欄となっている枠が不思議で仕方なかった。

「誰一人として卒業後の進路が書かれていない。……これって変だと思わない?」
「卒業生の進路は非公開っつーシステムなんじゃねぇの?」
「だったら、わざわざ『進路』って枠作らないでしょ?」
「……確かに」

 もう一度ザッと確認してみるが、卒業後の進路が記載されている生徒は一人もいなかった。このような枠を用意したのなら、せめて進学か就職かくらい書いてもいいはずだろう。他の項目はびっしりと文字で埋め尽くされているのに、進路の枠だけが真っ白だった。

「……マジでどこにも書いてねぇな」
「何か意図があるのかな。……俺の考えすぎだと思う?」
「いや、これは間違いなくある! 不自然だもんな!」

 一吹は掴んだ新情報に舞い上がり、腕を組んで頭を捻った。彼なりに真剣に考えているようだった。
 しかし、最初は楽しそうにしていたが、その顔は段々と曇っていく。何か思いついたのかと訊ねれば、一吹は静寂が満ちるこの部屋に小声を落とした。

「……この卒業生たちって、どこ行っちまったんだろうな」

 ひゅっと喉が鳴った。
 その発言が、何故だかとても恐ろしいもののように感じられたからだった。

「街で普通に仕事してるかもしれねぇけどさ……オレ、この学校の卒業生っていう人に会ったことねぇぞ?」
「言われてみれば俺もないかも……」

 記憶を辿るが、天明高校出身の人に会ったことはない。そもそも、誰がどの高校に通っていたかを誰も教えてくれないのだ。
 母さんも父さんも、この辺の高校出身じゃないと具体的な高校名は教えてくれなかった。近所の社会人のお兄さんだってそうだ。別に高校名を教えてくれないことは不思議じゃない。今気にかかるのは、この街に住んでいるにも関わらず、天明高校を卒業した人が俺たちの知る限り全くいないことだ。

「……卒業する時に殺されたりするんかな?」

 怯えきって震えたその声に、俺は一週間前に見た地下室の墓を思い出した。あの下には、ここに載っている人たちが眠っているのだろうか。……あれだけの数の墓だ。この冊子に載っている人数と同じくらいかは分からない。
 だが、数の多さ的に同じと言われても信じてしまうだろう。

「……信じたくないけど、なくはない話かも」

 改めて言葉にすると、腹の奥がそっと冷えていくような感覚がした。

「やっぱりオレら、誰かの手のひらの上で転がされてんのかな」

 一吹がそう言って唇を噛んだ。
 嫌な話だ。
 もしもそうならば、俺たちはこの学校の生徒になった日から結末が決まっていたということになる。それを知らずに、楽しく呑気に学校生活を送っていたわけだ。
 それがまだ事実と決まったわけではないが、何となく腹立たしさと気味の悪さが纏わりついてきた。それを払いのけるかのように、俺はまた冊子を意味もなくパラパラと捲った。

「待って、繋」

 突然、一吹がページを捲る俺の手を掴んだ。思わず肩を揺らして一吹を見れば、彼は冊子を凝視したまま「さっきの……」と呟いた。

「何か気になることでもあった?」
「……少しだけページ戻ってくれねぇか?」
「いいけど……」

 言われたとおりに、一ページずつゆっくりと戻していく。一吹はその様子を穴が空きそうなくらいじっと見つめていた。
 すると、ある人物の書類で「止めて」と一吹が言った。
 俺はそのページを見つめた。
 そこには、二見ふたみ光牙こうがという端正な顔立ちの生徒の写真が貼り付けられていた。クールそうな見た目で、一匹狼のような印象だった。そこに記載されている学歴を見る限り、文武両道で真面目な生徒らしい。かと思いきや、ガラスを割ったり服装検査に何度も引っかかったりするなど、多少問題点のある生徒のようだった。

「この人がどうかした?」
「……いや、何か、見たことある気がして」
「近所に住んでるとか?」
「たぶんそれはない。だったら見ればすぐ分かる。というか、見たことあるっていうか、実際に話したこともあるような……」

 一吹は額に手を当てて唸った。必死に思い出そうとしているようだが、いまいちピンとこないらしい。
 二見という生徒を見てみるが、俺には見覚えがまったくない。
どこかで会ったような気さえしなかった。
一吹だけがそう感じているということは、もしかすると探している大切な記憶とやらに深い関係があるのかもしれない。

「何か思い出せそう?」
「いや、全然。でも、何かオレには幼馴染っていうか仲の良い友達っていうか……繋たちとは別にいた気がするんだよな」
「それがこの二見って人?」
「さぁな……でも卒業生ってことは、オレたちより年上なんだろ?なら、違う気がする。今なんとなく頭に浮かんだ友達は、同い年のような気がするから」

 一吹が顰め面をしたまま答える。
 俺たちとは別の友人。オレは一吹が誰かとつるんでいるのを見たことがない。
 彼は確かにムードメーカー的な存在でクラスの垣根を越えて多くの友人がいるが、特別誰かと四六時中一緒にいるのは見たことがない。たぶん俺が一番、一吹と行動を共にしているだろう。

「考えてもわっかんねぇな。これ思い出したら大切な記憶も取り戻せるのか?」
「どうだろう。思い出してみないことには何も分からないよね」
「だよなぁー……これって卒業生しか載ってないんだよな?」
「みたいだよ」
「ってことは、どこかに在校生のデータもあるよな?」
「たぶんあると思う。でも、ここにはなさそうだね。一通りどんな書類があるかチェックしたけど、あとは特に……。教育委員会が絡んだ書類とか、保護者向けのお便りの下書きとか……」
「マジかぁ……何かの手違いかもしれないし、在校生のと見比べれば何かわかるかなって思ったけど、在校生のはどっか別のとこにあんだな」

 彼はもどかしそうに頭を搔いた。
 そりゃそうだ。せっかく友人がいたような気がすると思い出したのに、その友人の詳細を思い出すきっかけとなるかもしれない在校生のデータがここにはないのだから。
 普通は同じところにありそうなのにな。
 誰かが持ち出したのかもしれないし、あえて別の場所で管理しているのかもしれない。それは校長本人に聞かない限りは分かりそうになかった。

「調査の途中で見つけたら一吹に渡すね」
「ありがとな。……それ見れば思い出せっかな」
「かもしれないよ」

 そう言えば、一吹は曖昧に微笑んで冊子を閉じた。
 二見光牙。
 彼が、一吹の大切な記憶に関わっているのだろうか。無意識的にあのページで止めたのだから、可能性は高いのだが……。一吹が言う幼馴染か友達というのは、同級生らしいから、この人ではないのかもしれないけれど。

「……おい、繋」
「ん?」
「何か、足音しねぇ?」

 そう言われてサッと体温が冷えていくのを感じた。耳を澄ませば、コツコツと規則正しい足音がこちらへと近づいてくるのが聞こえる。

「ま、まずい……急いで書類を片して部屋を出よう」
「いや、間に合わねぇだろ! とりあえず書類しまって、机の下隠れようぜ!」
「無茶じゃない⁉」
「問題ねぇよ!」
「あー、もうどうにでもなれ!」

 投げやりになって俺は書類をガッとひとまとめにして抱える。一吹と共に執務机の下に潜り込み、近づいてくる足音を聞いていた。
 足音よりも、ドクドクと心臓の音の方が五月蠅い。もしここで見つかったら、説教されるのは目に見えている。学生からすれば、教師の説教は恐ろしいものであり面倒なものだ。
 ここで見つかることだけは何がなんでも避けたい。

「……嘘だろ、入ってきやがった」

 一吹が小声で焦ったように言う。
 校長室の扉は、俺たちが入ってきた時に確かに閉めたはずだ。余程のことが無い限り、閉まっている校長室をわざわざ開けたりしないだろう。しかも、ノックの一つもなしに。
 もしかしたら、俺たちが何か証拠でも落としてしまったのかもしれない。忍び込んできた時のことを思い返すが、特に思い当たる節はない。
 単なる偶然だ。
 校長室に躊躇なく入ってくるということは、教師である可能性が高そうだ。
 部屋に入ってきた誰かは、室内を少しだけ歩き回っているように思う。さすがに書類が少しずれていたくらいで違和感を覚えたりはしないよな……?
 俺たちはただひたすらに息を殺し、入ってきた人物が部屋を出ていくのを待った。ものすごい長い時間だった。警察から逃げ回る犯人って、こんな気持ちなのだろうか。
 そう考えてしまうほど、この短い時間は緊張感があった。
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