青空の彼方にて

鈴原りんと

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第ニ章:暴け真実、取り戻せ記憶

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「……意外と弾けるもんだな」

 演奏を終えた北原が、自身の手を見つめてそう呟いた。

「本当に今までピアノ弾いたことないの?」
「もちろん。ついさっき初めて弾いた。……自分の記憶にある限りの話でだけどね」

 北原は丁寧に鍵盤蓋を閉めると、椅子に座って俺に向き直った。

「ねぇ、繋。不思議だと思わないか?」

 北原が改まって訊ねてきた。

「何が?」
「今回のこと。アタシたち……っていうか、一吹が言い出しっぺだけどさ。世界について疑問を抱き始めた途端に、いろいろなことが可笑しいって思い始めたこと」

 それは俺も思っていた。
 一吹に言われるまでは、夜空がないことも、訳も分からず転校して普通に学校生活を送っていることも、この街から出られないことも、それほど疑問に感じなかった。むしろ、全てその違和感を忘れてしまっていたくらいだ。

「普通に考えればおかしいのにさ、何で今まで疑問に思わなかったんだろ」
「それが世界の常識だと考えてたからじゃない? 俺はそうだったよ」
「確かにそれはあるかもしれない。常識を疑い始めた瞬間に、こんなにも違和感を覚えることあるんだな……」

 北原が難しい顔をして言った。

「アタシたちがここに転校してきたのも、今までの生活も、なぜか全部間違いのように感じるんだ。……ひどい話だよな。家族のことですら、アタシは少し疑っている。本当はアタシの家族じゃなくて、ただの他人なんじゃないかって。そもそも、この世界自体が偽物なんじゃなかって、馬鹿げたことまで考え始めちゃった」
「……でも、北原が言いたいことは何となくわかる」
「ほんと?」
「うん。なんかさ、俺たちが世界に対して抱いていた疑問とか疑心みたいなものが、意図的に塗り替えられたというか……忘却されたといえばいいのかな?世界が何か大きな秘密を抱えていたとして、それを俺たちに気づかせないようにしているような気がしてさ」
「おぉ……なかなか壮大」
「だよね。でもさ、あんなお墓とか封筒の怪しい文字とか見たら、あながち空想の話でもないんじゃないかって思い始めたよ」

 俺は開いた窓の外に広がる青空を見据えながら語る。
 どうにも、誰かに誘導されている気がしてならない。あまりにも物事が進むのが早すぎるのだ。
 でも、どこかで何かに引き留められている。そんな感覚もある。

「アタシたちがこの世界で生きる理由って、なんだろうな」
「それを探しに今調べてるんでしょ」
「そうだけどさ。もし、なかったらどうするんだ?」
「……それは考えてなかった」
「いや、考えたくもないけどね。世界に存在を否定されているみたいで嫌だからさ」

 北原は立ち上がると、スカートを整えてぐっと伸びをした。

「……あー、やっぱり頭を使うのは苦手。考えれば考えるほどわからなくなるや」
「テーマが漠然としすぎているからね」
「それな。一吹のヤツも、よくまぁこんなこと知りたいと思ったよな」
「一吹は小学生並みに好奇心旺盛だから」
「ははっ、言えてる」

 好奇心に駆られたら迷わず行動する一吹を思い浮かべて二人で笑いあう。きっと今頃、どこかで一吹がくしゃみをしているに違いない。

「あれ、何の音だ?」

 突然、北原がそう言って首を傾げた。

「どうかした?」
「いや、なんか音が聞こえない?」

 そう言われて耳を澄ます。確かに、何か音が聞こえる。足音だろうか。バタバタと忙しない音が、迷いなくこちらへと近づいてくる。

「まずい、飯田の奴が気づいたかな」
「え、見つかったらまずいんじゃ……」
「やばいな、隠れよう」
「ここ隠れるとこないけど⁉」

 あぁ、デジャヴって言うんだっけ。今日は何回誰かから身を隠そうとしなければいけないのだろう。ハラハラするのはもうたくさんだな。

「あー、繋……一緒に説教受けような」
「なんでだよ!」

 キラリと眩しい笑顔で言った北原に思わず声を荒げる。説教なんてごめんだ。ましてや、受験まで残り少ないというのに。こんなところで問題行動を起こしていたら、お先真っ暗だ。
 頼むから別の部屋へ行ってくれ。
 その願いも虚しく、扉は勢いよく開かれた。

「た、大変なの!」

 スパンッと音を立てて開いた扉から転がり込んできたのは、珍しく焦ったソプラノの声だった。

「な、なんだよ、あずか……」

 音楽室に駆け込んできたのは、ひどく慌てた様子のあずだった。
 壁に手をついて肩で息をするあずを見て、北原が力なく笑った。

「ずいぶん焦っていたみたいだけど、どうかしたの?」
「あ、あのね、思い出したの!」
「思い出した?」

 あずが頷いてこちらに駆け寄ってくる。髪を結う赤いリボンが揺れ、少しだけ髪が乱れた。

「たぶん、あの紙に書いてあった大切な記憶だと思う!でもあと少しで、あのね……!」
「あ、あず、ちょっと落ち着きなって」

 興奮した様子で訴えかけるあずの肩に手を置き、北原が落ち着かせようとする。あずは一言謝罪して、北原に言われるままに深呼吸をした。

「ご、ごめん、私ったら……」
「別に大丈夫だよ。それよりあず、大切な記憶を思い出したって本当?」

 俺が訊ねると、あずは二度首肯した。

「私ね、お兄ちゃんがいたの」
「お兄ちゃん? あずって一人っ子じゃなかったか……?」

 北原が不思議そうに眼を瞬かせる。
 俺もあずに兄弟がいるという話は聞いたことがない。確か以前、一人っ子だから兄弟がほしいって本人が言っていたような気がする。

「それがね、今までずっと忘れていたの。ひどいよね……でも、お母さんもお父さんもそんな話一度もしてくれなくて……それが何でかは分からないの」

 あずは目を伏せがちに泣きそうな声で言った。
 家族の存在を隠蔽するって、一体どんな事情があるのだろう。そのうえ、あずの記憶から消された兄の存在。
 ますます謎が増えたような気もするが、これであずはこの世界を抜け出す条件が揃いつつあることは喜ばしいことだろう。

「でも、お兄ちゃんがいたっていうことしか思い出せなくて……私、お兄ちゃんとずっと一緒にいたはずなの。でも、お兄ちゃんとの思い出が何一つ思い出せなくて……」
「じゃあ、お兄さんとの記憶がきっとあずにとって一番大切な記憶なんだね」
「そうだと思う。なんだか、温かい気持ちだから」

 あずは胸の前で手を握りしめ、不器用に微笑んだ。

「よし、あずの手伝いすっか。あと少しで思い出せそうなんだろ?」
「う、うん……!」
「繋、アンタも協力してくれる?」
「もちろん。一人でも大切な記憶を思い出せれば、何か進展があるかもしれないしね」
「さすがリーダー、頼りになる」
「まだそれ続いてたんだ……」

 リーダーという呼び名に少しばかりくすぐったい気持ちになりながら、苦い笑みを浮かべた。
 協力すると約束すれば、あずがふわりと嬉しそうに笑った。あずまで「ありがとう、リーダー」なんて呼んできて、なんだか照れくさい。面倒だと思いながら、このポジションをなんだかんだ気に入っている自分がいるんだろうな。

「あず、ちなみに兄ちゃんのことはどこで思い出したんだ?」
「えっとね、どこでっていうか……写真を見たの」
「写真?」
「うん。靴箱に写真が入ってたの」

 あずはそう言うと、ブレザーのポケットから一枚の写真を取りだした。

「慌ててたからそのまま突っ込んできちゃったんだけど……これ」

 俺と北原は差し出された写真を覗き込んだ。そこには、小学生くらいの小さな女の子と、学生服に身を包んだ中学生くらいの男の子が写っていた。
 二人とも満面の笑顔で映っている。二人は目元とか笑い方がそっくりだった。女の子の方は、多少だがあずの面影がある。

「たぶんね、私が小学校に入学した時に撮った写真だと思うの」
「誰に撮って貰ったか覚えてる?」
「うーん……お父さんだと思うけど、なんかしっくりこなくて」

 あずは困ったように眉を下げた。

「でも写真は撮った覚えは何となくあるし、隣にいるのがお兄ちゃんだってこともちゃんと分かるんだよね。……今まで全く覚えていなかったのに、写真を見た途端思い出したの」
「あずの兄ちゃん、家には居ないのか?」
「うん。一度も見たことがないや」

 あずが寂しげに笑んだ。
 兄が家にいるのを見ていない。それは、あずの記憶にある範囲でだ。
 家族のことだからあまり深くは聞けないけれど、あずの両親は再婚しているとかはないだろうか。こう考えるのは失礼かもしれないが、養子とか。
 このどちらかなら、父に撮られたかどうか曖昧なのも、家に兄が居ないのも一応説明がつく。

「どっか行っちまったのかなぁ?」
「分かんない。もう少しいろいろ思い出したら分かるかもしれない……」
「それもそうだね。何かあるか探しに行ってみようか」

 俺が提案すると、二人は頷く。
 誰があずの靴箱に写真を入れたかは分からない。普通ならば家族か撮った人しか持っていないようなものなのに、どうして突然靴箱に入れられたのだろう。
 やはり、誰かが俺たちの行動を誘導している?
 そんな気がしてならなかった。
 少しの不安を抱えながら、俺たちは音楽室を片付けて戸締りをし、バレないように鍵を職員室に戻した。案外バレないもので、正直この学校の不用心さを心配した。

「チョロいもんだな」
「み、雅ちゃん、台詞が悪役だよ……」
「いや~なんか楽しくなってな」
「それは分かるけど……」
「まぁ、こんな機会そうそうないしね。学生は規則とか破って何かしたくなるものだし」
「常識人な繋からそんな言葉を聞く日が来るとはね」
「俺別に常識人ではないと思うけど……」

 俺が常識人だったら、こんな風に皆と一緒に調査などしていない。受験勉強に追われて今頃は机に向かっているだろう。
 俺たちはとりあえず校内を歩き回ることにした。靴箱に写真が突然放り込まれたなら、どこか別の場所でも手がかりが得られるかもしれない。それこそ、廊下に何か落ちていたりだとか。
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