青空の彼方にて

鈴原りんと

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第三章:青空のその向こうへ

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 外に出ると、真っ青な青空が俺達を出迎えた。卒業を祝福するかのように、校門に咲き乱れた桜が舞い踊る。

「おわっ、桜だ!」
「綺麗だな。こんな満開なの見たことないかも……」
「私も……なんか、皆がお祝いしてくれてるみたいだね」

 旅立ちに相応しい光景だった。
 学校の正門までは、もう五十メートルもない。桜が並ぶこの道を歩いていけば、この世界の出口がある。
 もっと思い出に浸っていたい。そんな気持ちもあるけれど、終わりへ向かう物語は急速に時を進めていく。
 俺達五人は、青空が広がる門の前に並んでいた。

「……いよいよ、だね」

 卒業証書が入った筒を握りしめ、呟いた。生温い春風が、桜色を纏って俺達の間を吹き抜ける。

「迷ってても仕方ねぇ! 行くぞ!」
「何でアンタはこういう時だけ決断が早いの」
「なんだよ、雅は怖ぇのか?」
「んなわけあるか!」
「ふ、二人共……最後くらい喧嘩はなしにしようよ」

 正門前で夫婦漫才宛らの言い合いをする二人に、あずがいつものようにおどおどしながら仲裁に入る。最後の最後まで何も変わらないなと、俺はその光景を見て少し嬉しくなってしまった。

「こころ、此処から出ればもう別の世界なのか?」
「そうよ。私たちは大切な記憶を取り戻したし、卒業式も行った。だから、その門をくぐれば、本当の意味での旅立ちになるわね」
「だよなー……」
「なんだ、アンタもやっぱ怖いんじゃん」
「怖くはねぇよ。やっぱ、寂しいもんは寂しいなって」

 一吹は頬を掻きながら言った。

「でも、会えないわけじゃないよね?」

 あずが、皆に向けて微笑んだ。

「なんかね、皆とならまた会える気がする。生まれ変わった世界で、またこうして何でもない話をして笑い合っているような気がするんだよ」
「あ、分かるわ。アタシら、生まれ変わっても何も変わらなさそうだもんな」

 あずの言葉に北原が頷く。
 俺もあずの言葉には同意だった。根拠はないけれど、皆とはまた会えそうな気がする。またこうして、平凡な学校生活を送っている様子が、容易に想像できた。

「そう言われたら、今すぐこの先に行ってみたくなったな」
「お、じゃあ一人で先行けよ」
「え、皆は行かねぇのかよ!」
「一吹が行ったら行こうかなぁ」と俺が冗談混じりに言えば、一吹はしばし考えるような顔で唸った。
「じゃ、オレが一番に行ってやるよ」
「……やっぱ先越されるのは癪だな」
「雅は何でそんなオレに喧嘩売るんだよ!」
「なんとなく」
「雅ちゃん……」

 三人が正門へと一歩踏み出し、覚悟を決めたように晴れやかな顔つきになった。

「さて、行くか! あず、こころ。生まれ変わってもまた三人で女子会しような!」
「もちろん! 雅ちゃんもこころちゃんも、また一緒にお話しようね」
「えぇ。楽しみにしているわ」
「約束だからな」

 涙ぐみながら、北原が思い切りあずと夕凪を抱きしめた。三人とも、泣きそうな顔で別れを惜しんでいる。

「いいなぁ、女子どもは。オレらもああしとく?」
「嫌だよ気持ち悪い」
「辛辣! ……なぁ、生まれ変わってもまたオレとダチになってくれるか?」

 一吹が照れくさそうに訊ねてきた。

「当たり前。一吹みたいな明るいヤツがいないと、楽しくないしね」
「つ、繋~!」
「抱き着くのはナシ」
「冷てぇ!」

 目を輝かせて飛びついてきそうな彼を止める。むくれた顔をしていたが、さすがに抱き着かれるのは勘弁だ。

「……また絶対会おうな、繋」
「うん、絶対」

 俺はそう笑って一吹とハイタッチを交わした。

「それじゃ、オレは一足先に行くとしますか!」

 一吹は卒業証書を片手に、大きく伸びをした。

「……一吹」
「先に行ってる。……ちゃんとこころと話してこいよ」
「え、何で……」
「見りゃわかるっつーの。細かいことはわかんねぇけど、何かあるんだろ?これが最後なんだからちゃんと話してこいって」

 一吹は俺の肩をポンと叩くと、正門へと歩き出した。一吹には俺の記憶に関することは結局話せなかったけれど、彼は察していたようだ。

「……ありがとう、一吹」

 泣きそうな声で礼を言えば、一吹は、眩しい笑顔でグーサインを出した。

「じゃ、アタシらも行くか!」
「うん。雅ちゃんが一緒なら私も怖くないから……!」

 北原とあずも、一吹の隣に並ぶ。

「……一吹くん、北原さん、東屋さん。本当にありがとう」

 夕凪が正門を超えようとしている三人に礼を言って頭を下げた。

「こちらこそ。それじゃ、また来世で!」

 一吹が眩しい笑顔で手を振った。

 またね。
 三人はそう告げて、門の向こうの青空へと歩いていった。その姿が光に溶けるまで、俺と夕凪は見送っていた。

「……行っちゃったね」
「えぇ……そうね」
「俺たちも行かなきゃ」

 俺は手にある卒業証書を撫で、門の向こうに無限に広がる青空を見つめた。
 長居はできない。俺達もこの門を抜けて、三人の後を追わねばならない。
 その前に、俺は夕凪と話をしなければならない。そうでないと、彼女がここにずっと留まり続けた意味がなくなってしまう。

「……俺さ、ちゃんと全部思い出したよ」

 隣に立つ夕凪にそう言って、俺は目を伏せた。

「毎日のようにお見舞いって、いろんなことをしたよね。折り紙したり、絵を描いたり、漫画の話をしたり……。俺、すごく楽しかった」
「……思い出してくれたのね」
「時間がかかってごめん。でも、夕凪のお蔭で思い出すことができた」

 俺は夕凪に向き直って、彼女の手を取った。

「久しぶり、

 あの時呼んでいたように、名前を呼ぶ。そうすれば、夕凪は泣きそうな顔で微笑んだ。

「……私、繋くんとまた会えて良かったわ」
「俺も。死んじゃったのはあれだけど、こうしてまたこころに会えたから、それでいいや」

 死んで良かったとは思わないけれど、死ななければ一吹たちとも会うことはなかったし、こうして夕凪と再び会話をすることもなかった。
 これは、いろんな奇跡が重なって起きた出来事。もう二度とおとずれることのない瞬間だ。

「……私はね、ずっとこの青空の下で繋くんと過ごしてみたかった」

 夕凪が、舞い散る桜を一つ手に取ってそう呟いた。

「貴方がこの世界に来た時から、もうそれは叶っていたの。……皮肉なものね、死んでから願いが叶うなんて」

 花弁を青空へと散らし、夕凪は複雑そうに笑みを零した。

「でも、ありがとう。繋くんのお蔭で、私は何の後悔もなくこの門をくぐることができるわ」
「良かった。俺もこころとまた話せたから、特別後悔はないや」

 ただ目先に広がる未来を見つめた。それは今まで見たどの青空よりも澄み切っていて、俺達を祝福しているように見えた。

「さ、行こうか。この先どうなるかは分からないけど、俺はまたこころと会えるような気がする。……そう、信じてる」

 俺は夕凪に手を差し出して思い切り笑った。きっと、また会える。信じていれば、きっといつか。

「えぇ、私も信じているわ。必ず、また会いましょう」

 夕凪は見た事のないくらい幸せそうに笑って俺の手を取った。
 未来への一歩を踏み出す。
 何も恐れることはない。俺達は、行くべき世界に行くだけだ。
 夕凪は、おそらく心の中でこの世界に幕を下ろしたはずだ。青空に溶けるように、俺達が過ごした学び舎の姿と桜吹雪が消えていく。
 俺達は、いつか叶えたかった願いのように、二人で手を繋いで門をくぐる。

 青空のその向こうへ、最後の卒業生はみんな旅立っていった。
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