【完結】エリート産業医はウブな彼女を溺愛する。

花澤凛

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プロローグ

理不尽な八つ当たり2

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 それから三週間後のこと、同じ会議室の同じ椅子に私は座っていた。その代わり今日は隣に獅々原さんがいる。

 それだけでも非常に心強かった。心に余裕ができた。そのうえ、会って早々に千秋先生から謝罪の言葉があった。

 「先日は大変失礼いたしました。福原さんにも嫌な思いをさせましたね。申し訳ありませんでした」

 この三週間、私は獅々原さんと宇多川さんを交えて何度も何度も話合いをした。従業員の健康管理や職場環境の改善などを目的とした特別な産業衛生チームも作り、支社の状況をあらためて確認した。そして現在の問題と今後の課題を洗い出し、中長期の目標を立てて資料を作成した。
 それを宇多川さんから千秋先生にお送りしてもらい、あらためてこうして面談の時間を設けられたのだ。

 「資料を拝見しました。たった三週間でここまで具体的なことを考えられていることに驚きました。同時に非常に嬉しく頼もしく思います。貴社のように本気で従業員を大切にしてくれる企業様はまだまだ少ないですから」

 千秋先生は苦笑した。

 これだけ世間が健康やメンタルに敏感になっているのに、年々増えているメンタル不調者に対してまだまだ「別の人間を雇えばいい」と考えている経営者も多いというちぐはぐさ。

 しかし国の問題として少子高齢化が急速に進んでおり、万年人手不足に悩む企業も増えている。つまり従業員の変えが効かなくなっており、地方では人手不足による倒産や買収合併がもはや当然になりつつあるという。

「経営者にとっていち従業員かもしれません。彼らに給与を支払っている分対価として労働力を求めます。しかし一人ひとりに人生があります。彼らが日々健康に生活できるよう、業務に取り組めるよう我々産業医は企業様への支援を惜しみません。しかし、肝心の企業様がそれに対する具体的なプランや将来的なビジョンが何もなければやる意味はありません。ただ法律を守るだけでは意味がない。それだけは伝えさせてください」

 千秋先生はもう一度頭を下げた。獅々原さんはひとつ頷いて返事をする。

「先生のおかげで目が覚めました。蔑ろにしていたわけではなかったのですが状況をきちんと確認していなかった私の落ち度です。うちの子たちは非常に頑張ってくれています。彼らが健康でいてくれないと私も困りますし、できるだけ同じパフォーマンスを維持してほしいです。そして欲を言えば長く勤めてもらいたい。そのための投資は惜しみません」

「ええ。そのあたりは今後の課題となるでしょう。具体的な計画についてお話しを進めてもかまいませんか」

 千秋先生がホッとして話を切り出す。獅々原さんが「もちろんです」と力強く返した。

 宇多川さんと目が合い軽く頭を下げる。この三週間の頑張りが認められた気がしてホッと胸を撫で下ろした。
 
 
 
 「それでは、明日には契約書をご送付しますね」

 これは非常に珍しいことのようで、両者からその場で契約の合意が取れた。

 あの後、獅々原さんと千秋先生が実は同級生だと知り(もちろん出身地も卒業大学も違う)なんとなく気安い空気が流れ業務のことも含めて話していた。

 その場にいた私と宇多川さんが(ここに居ていいですか?)と目配せしたぐらいだ。初回と打って変わって和気藹々とした時間を過ごせて私も力が抜けた。 

 だからそう、気を抜いていたのだ。

「千秋先生。実は福原がこの間衛生管理者を取得したんです。しかも一種を」

 衛生管理者とは国家資格のひとつであり、法律で常時使用する50人以上の選任義務のある事業場では必ず選任しないといけないと決められている。これまでは退職してしまった前任者が選任されていたのだけど、他に誰も資格をとっている人がいなくて二週間孟勉強して先日なんとか取得した。

 ちなみに衛生管理者には一種と二種と種類があり、有害業務を行わない事業所であれば二種で十分なのだけど、その違いを確認しなかった私は「一種」の方が明らかに資格として上だろうという理由で「一種」を取得した。

「え?!この短期間ので取得したんですか?!」

 これには宇多川さんがとても驚いていた。おまけに「俺、三回落ちて四回目でようやく受かったのに」と唖然としている。千秋先生も目をまん丸にしていた。

「あ、あの。は、い…。実は…」
「…凄いですね。おめでとうございます」

 ふわっと花が咲いたように千秋先生が笑った。唇が横に広がり頬がキュッと上がる。それなのに眉は下がって目尻も下がった。その表情が屈託なく笑う無垢な少年のようでとても可愛らしい。

 (ちょ、ちょっとまって。千秋先生が、可愛すぎる……!)
 
 胸の奥がトクンと高鳴った。

 整った顔立ちの先生に微笑みを向けられれば誰だって勘違いしてしまうぐらい破壊力抜群の笑顔。不意打ちを喰らった私は平静を装うことで必死だった。

 トクトクトクと心臓が速まる。顔が急に熱くなった。

 (わーっわーーーーっわぁーーーーーーーっ)

「あ、あのでも、その、点数が本当にギリギリで」
「そんなこと言わなければ分かりませんよ」
「そ、そうですけど」
「福原は業務しながら動画聞き流していたもんな」

 げ、バレてた。

 獅々原さんに突っ込まれて視線が泳ぐ。嘘をついても仕方がないので素直に白状した。

「う、は、はい。すみません」
「責めてないよ。それだけ必死にやっていたと千秋先生に伝えたかったんだ。問題集も付箋を貼っていたし二週間しか使っていないとは思えないほど使い込まれていた。ちゃんと努力していただろう?この短い間によく頑張ったと思うよ」

 獅々原さんがそこまで見てくれているなんて。
 嬉しいけど恥ずかしい。こうして褒められることに慣れていないせいかどうリアクションすればいいかわからない。



 「福原さん、今すぐ弊社で働けますよ。もし転職考えるなら」
「どさくさに紛れて何てこと言うんですか」

 宇多川さんのナイス発言?のおかげで少し救われた気分になる。
 返さなくて良くなった。ホッとして獅々原さんを盗み見た。

 そんな獅々原さんは宇多川さんに呆れていた。この二人もこの三週間の間に随分仲良くなった気がする。こんな軽い冗談を言い合えるぐらいには気心が知れていた。ちなみに宇多川さんも獅々原さんと同級生だ。33歳。見えない。
 
 「非常に頼もしいです。福原さん、これから頑張りましょう」

 千秋先生から手を伸ばされた。ただの握手だとわかっている。それでもそれ以上の邪な気持ちが顔を覗かせてしまうのはなぜだろう。
 
 (て、手汗が…!)
 
 「え、あの、その。不束者ですが」

 ズボンの後ろで手のひらを拭いて差し出された手に両手を伸ばす。

 「福原さん、それ結婚するみたいだから」

 しかし言葉をミスったらしい。獅々原さんに苦笑されてさらに慌てた。

 「?!あ、間違えました?えっと、…未熟者ですが?」
 「あんまり変わらないでしょ」
 
 獅々原さんの的確なツッコミに顔が熱くなる。千秋先生が楽しそうにクスクス笑っていた。その笑顔がまた反則並みに素敵だ。

 (ちょ、笑いすぎじゃないですかね?!可愛いですけど!!)
 
 「失礼します」と言いながら千秋先生の手に両手を添える。
 
  「よ、よろしくお願いしま…っ」
 
 しかし千秋先生からしっかりと握手が返ってた。
 手のひらがしっかりと包まれてしまう。

 (う、うわぁー、手が!手が…!お、大きい!ってちがーう!!)

 一瞬のことだったはずなのに数秒以上に感じたのはきっと胸が高鳴るせいなのか。

 頬が熱くて仕方ない。胸が弾けそうになるぐらいドキドキしている。

「ダメダメ」だと思っているのにもう少しこのままで、とか思ってしまった自分が恥ずかしい。手が解かれた瞬間サッと手をひいた。
 
 まだ手のひらに千秋先生の手の感触が残っている。胸の辺りがキューーンとするのは気のせいか。うん気のせいだよね。

 (気のせいであって…!!)

 何度も呪文のように言い聞かせたのに、それが気のせいじゃなかったと認めるのは次に千秋先生に会ったときのこと。
 
 前回会った時以上にエフェクトがかかっていてキラキラ眩しかった。ソワソワして落ち着かない。どれだけ「違う」と否定しても目の前の神々しさは消えてくれなくてもう無理だと諦めることにしたのが色んなことの始まりだった。
 


 

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