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愛でたいを掲げて好き放題 2
「父上、元から開けっぴろげなスーランさんを何最強に仕立て上げているんですか」
「…違う。そうではなく―――」
「まあ言いたいこと言えるのは良いですよね。勿論バウデンもですよね?」
「え」
「スーランさん、それはそうです。相手には言わせて自分は言わないなんてある訳ないじゃないですか」
そして何か前にも似たような流れになったと思い出したバウデンは内心焦り始める。
「そっか。バウデンもね、流石に公爵家の当主だから皆の前ではしゃきっとしているけど、二人の時は子供みたいなところもあるんだよ」
その言葉は今この食堂で必要だったのか。
皆の前で常に平静を保つ当主が実は子供みたいだなどと明かしてしまうスーランに目を剥くが、バウデンの血を継ぐキリウはその瞬間を迅速かつ的確に受け止め見逃すことはしない。後継は安泰だ。
「そうなんですね。でも僕も使用人の皆も普段当主として素晴らしい人物だとは理解していても、人らしい父上をもっと知りたいと思う気持ちもあるかもしれませんね」
「!」
「そうなのかな」
「いや、スーラン―――」
「今までずっと公爵家を支えてきた父上のまた新たな一面を知られたら僕も屋敷の皆もとても嬉しいと思います」
間髪入れず言葉を重ねてくるキリウにバウデンはきっと睨むが、面白いくらいに目が合わない。
「確かにそうかもね」
「はい。隠しごとをするなと言うくらいですから何でも話して欲しいのだと思います」
「キリウ!」
「いいよ」
いいよ、ではない!とバウデンがスーランを見やるが、その瞬間にぱくんと口に小さく千切られたシナモンロールが入ってきてバウデンは何も言えなくなってしまった。スーランもそのままパンを千切り今度は自分の口に入れて「これ美味っ」と呟いている。
そしてゆっくりこの先を見たい聞きたいとばかりに紅茶や珈琲を手際良く入れ直してくる給仕達が、さも喉を潤して覚悟しろ的な錯覚に見えたバウデンは戦慄いた。
「そう言えばバウデンはお酒好きだけど、このシナモンロール好きですよね?」
「…!」
「他のパンより沢山食べているイメージ」
スーランの言う通りバウデンは甘いものをあまり食べないが、公爵家の料理人が作るシナモンロールは絶品でほんのり苦みのある珈琲風味が入っているのが好みだ。
「珈琲の苦み?これ美味しいですよね。バウデンと同じものが好きなのって良いものですね。夫婦だと好みが似てくるんでしょうか」
スーランの飾らない真っ直ぐな言葉にバウデンは胸がとくりと鳴り目を丸くする。
「あ、だからかな。バウデンは始めこそ慣れていないとか関心が薄いって言っていたけど、気持ち良いことが好きな私とそこも似かよってきてますよね」
スーランの本当に飾らない率直過ぎる言葉にバウデンは胸がドクドクと高速連打し瞠目した。
これにはキリウも飲んでいた紅茶を噴き出し、それに素早く対応したグェンは何故か自分のハンカチで拭いてしまい、ドリスは持っていた茶器をカチャリと鳴らし、イーガンに至っては珍しく、ぷっと噴き出したが何とか佇まいを取り繕っていた。
そして通常仕様であり、誰よりも気にもかけていないスーランはまたシナモンロールを千切って呆然としていたバウデンの口にぽいっと入れた。
「美味しいですね」
「……ああ。―――だが」
ここで再度シナモンロールをスーランから給餌されたバウデンはパンを噛み締めてふと感じる。
「…確かにお前からもらったシナモンロールは、より美味しく感じた。スーランがこうして傍に居てくれるのも理由の一つなのだろうな」
なんとなく心から湧き出た言葉を出したバウデンに、スーランは眠そうな目をぱちりと開けた。
どうしたのかと首を傾げていると、スーランの頬が仄かに赤くなって目を伏せてしまい、そっぽを向いて残りのシナモンロールをちびちび千切りながら食べ始めるではないか。
見たことのないスーランのその態度にバウデンだけでなくキリウ、そして屋敷の者は驚愕した。
照れるんだ!
誰もが思ったであろう。
普段堂々と露骨で無遠慮な言葉を出してくるスーランがもじもじしながらパンを摘んでいる姿にバウデンは口元を覆い悶え、キリウは噴き出して渡されたナフキンで顔を覆い、使用人達は皆ニヤつきたいのを我慢して己の仕事を全うした。
バウデンは図らずもスーランの羞恥攻撃に無意識に一矢を報いることになったのだった。
後に時たまバウデンの言動や行動で、スーランがもじもじモードに発展する時が稀にある。
普段は眠そうで気怠そうな表情なのに、その変わり様が可愛らしすぎて屋敷の使用人の間では、だるでれ、即ち普段怠そうなのにたまにデレるの言葉が密かに流行ったのだった。
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