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番外編:使用人は見た!公爵家夫妻の情事と癒しの現場【限定婚姻編】3
「抱っこ」
過去公爵家当主のバウデンに一端の大人でこんな台詞を言えた者は当然一人も居ない。
嫡男のキリウですら七歳を超える頃にはもうしっかりと公爵家後継者として弁えており自分がどう見られるのかどう行動すればかを理解していた。
「抱っこ」
だが期間限定婚姻で公爵家に住んでいる齡二十七歳のスーランにはその常識というものが一切当てはまらない。
先日庭で居眠りをしていたスーランをバウデンが抱っこしてあげてからというものの、味をしめたのか眠くなった時、かったるい時に公爵家当主を移動手段に使うという物凄い行動を悪気無く堂々と実行する。
「バウデンさん。もう動けなくなりました。抱っこ」
「お前な…どうしてそこで力尽きる」
その日は夕食の後、とてんとてんといつもより緩慢な動きで戻ろうとしていたスーランが二階に上がる階段の数段目で力尽きたように座っていた。
「思ったより食事のボリュームというかあとからお腹に溜まったのでしょうか。もう歩けません。そしてお腹が満たされれば眠くなります」
「…お前なぁ」
肩を落としながらも、バウデンは少し屈み軽々とスーランを抱き上げる。スーランはすぐに首元に手を回しバウデンの肩にこてんと頭を乗っけて「頭使うと重たくなるんですよねー」と本日休みだったのにも関わらずしれっと宣っていた。
その後案の定スーランを部屋に連れて行ったバウデンがすぐに出てこなかったので、食後の運動云々で丸め込まれて捕食されてしまったのだろう。
スーランの行動は最早わざとなのか通常なのか分からない。
だが一刻後にやれやれという顔で出てくる当主の表情はすっきりしていて、機嫌も悪くないのだからそれなら良いのかを使用人一同は思わざるを得ない。
またある日には応接室のソファでいつの間にか眠ってしまったスーラン。
イーガンやグェンが起こしても寝返りは打っても一向に起きなかったのに、帰宅後のバウデンが肩を諌めながら声をかけるとスーランは手を伸ばし「お帰りなさーい。バウデンさん抱っこ」と宣う。
そして誰もがまたもや主が捕食されてしまうのかと思っていたが、何故かすぐにバウデンが降りてきたのでイーガンは片眉を上げた。
「おや。すぐに食事でよろしいでしょうか?」
「ああ」
「スーラン様は?」
「部屋で寝ている」
「珍しいこともありますね」
そんな日もあるのかとグェンが呟くと「…私の部屋で寝ている」と補足した返しを聞き、二人して「…ああ、なるほど」と納得してしまった。
だよな、と。
流石に遅くに帰ってきたバウデンに対しての最低限の配慮はあるのだと。
そんな我が主は溜息を吐きながらも食事をいつもより少し速いペースで食べているのをイーガンとグェンは何となしに顔を見合わせて厳かに頷いた。
******************
ボーグは寒さが本番になる前にある程度一通りの植物の剪定を終えた。これで最低限の栄養分で植物達は冬を越せるだろう。
ずっと屈みながら仕事をしていたので、ゆっくり腰を上げぐっと逸らす。陽が少し傾き始めていたので、道具を仕舞い手を洗って屋敷に戻ろうとした時のことだ。
(…おやおや)
栽培している薬草の区画の近くで敷物の上で厚めのブランケットを被ってスーランがいつものように昼寝をしていた。
そしてそこには早めに仕事から戻ったらしいバウデン。
陽を遮らない位置に立ち声をかけているようだがスーランが起きる気配は無い。
そのまま立ち去るかと思いきや、バウデンがその場にしゃがみスーランの解けた琥珀色の髪を一房摘みくるくると指に巻き付け、それを繰り返している。
バウデンは元々興味がないこと、時間を無駄にしない為余計なことに時間を割くことはしないイメージだ。
ボーグは気づかれないように屋敷に沿って静かに玄関から入ると扉付近にイーガンとグェンが居た。
「ボーグ。剪定の方は?」
「大体終わりました。明日もう一度確認して今年はもう問題ないと思いますよ」
「お疲れ様です」
グェンから労いの言葉とタオルをもらい、イーガンは一つ頷き玄関の近くにある小窓から外を覗いている。
「旦那様は基本無駄な時間を過ごされませんよねぇ」
「そうですね」
「今の旦那様にあの時間は無駄ではないんでしょうねぇ」
「…そうかもしれません」
「今日はスーラン様がなかなか起きませんね」
そう言いながら外を見つめ続けているイーガンの目は優しい。グェンも面白そうに小窓から覗いている。
バウデンが幼い頃からずっと共にいるイーガンだ。
バウデンの人となりを誰よりも知り、イーガンの表情が何を物語っているのか代々ここで庭師をしているボーグにも何となく理解できる。
「我が主は今まではあまりに…公爵当主として、統括総帥としての役割だけで邁進されていた。――――今ようやく自分の為にと、…最近感じるようになりました」
「ですね。スーラン様に振り回されながらも楽しそうに見えます」
「はは!確かに」
笑いながらボーグも小窓から外を見る。
ようやく起きたらしいスーランはまだ眠いらしくバウデンに背を向けているのをバウデンがスーランの正面でわざと陽を塞ぐようにしゃがんだ。
そしてスーランが両手を差し出し、がくりと肩を落としたバウデンが軽々とスーランを抱き上げている場面に何故か三人ともほっこりする。
そしてイーガンとグェンは屋敷に向かう主を迎える準備に入り、ボーグはひと風呂浴びる為に部屋に戻った。
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