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心が根こそぎ囚われた瞬間 3
しおりを挟む「…お疲れだねぇ。まあ仕方ないか」
「…」
「僕みたいにもっと女の子に対して軽く受け流せれば良いのにね」
どうやらフェリウスは女性関連でお疲れのようだ。
「適当に返して時には適当に発散させれば良いのに」
「気色悪い」
「そう?ある程度性欲は発散させとかないと。僕らにはまだ番の相手も居ないんだから。見つけられるかどうかも微妙だけどね」
「興味ない」
イリエはいつもの如く耳の神経を鋭く研ぎ澄ませながらも、店の片付けや注文をこなしていく。
「まあ、昔付き合った子からあれだけ執着されて周りにも被害が及ぶくらいに揉めれば嫌にもなるかー」
「…」
「どれだけ夢中にさせたんだよ」
「知るか」
お付き合いしていた相手のことでトラウマ…これだけの美貌と高貴な身分だ。それくらい当然のことと言えばそうなのだがフェリウスの隣で幸せそうに微笑む誰かを想像した時に、胸にヒヤリと凍るような嫌な感覚が広がり、イリエは彼らの見えない方向に顔を向けて眉を寄せた。
「まあ…どうしてもの時は娼館とか、…あと、セフレとか?」
「…」
「体だけの気楽な関わりとかだけなら有りじゃない?」
「興味ない」
「まあフェリウスの場合ってさ、相手を沼らせる素質がどこかにあるんだろうね。流石の僕もあのレベルの干渉や束縛はちょっと無理」
「もう黙れ」
「大事な親友として心配しているんだよ。ご両親は番同士で仲が良い。勿論フェリウスもそうであって欲しい。でも雄としての欲はある程度は発散しないとー」
フェリウスのご両親は番同士。
そして獣人は誰しもが唯一無二の番を求めている。
イリエの胸がつきんと痛む。
(今この場に居て何も起こらない時点で、私は番ではない…)
そう。今もしもフェリウスの番がイリエだとするならば初めて会った時点で――――
「出来上がったぞ」
店主の声にびくっと体を揺らしたイリエは「はーい只今!」と返し、接客モードに入った。
「おまたせしました。こちらがBランチの海鮮類のフリッターです」
「お、美味そう。ありがとね」
「いえいえ。そしてこちらAランチの煮込みになります」
ことんとプレートを置いてもフェリウスは視線も上げず無言だ。そのことにイリエは勝手に落胆する。
「相変わらず無愛想でごめんね、こいつ」
「いえいえ、ごゆっくりー」
イアンの言葉に笑顔で返し、店を去った客が居たテーブルの片付けに向かう。
(無愛想無関心はいつものこと。それよりも、…私はもう本当に彼のことが好きになってしまっているのだわ)
それは先程から何度も痛くなる胸…心の軋みが証明していた。
フェリウスと直接関わるのはここの食堂に来た間だけ。それでもイリエは自分では信じられないほどに彼に夢中になっていた。そんなイリエもフェリウスが毛嫌いしているだろう異性と変わりないのだろう。
(私は番避けの薬を飲んでいない)
番避けの薬は人族専用で既に大事な相手がいて番の紋印を刻んでいない場合や、その気が無い時など番の相手に振り回されないように防止で飲んだりするものだ。ただしあまりに長期間飲み続けると止めても番が気づかなくなるほど効果が強くなってしまうので、現状のイリエは飲んでいなかった。
そして彼らの話から番消しの薬を服用していないことは明白だ。番を見つけるのは極めて困難なので好きになった相手がそう上手く番である可能性は奇跡に近く、それでもこの時点でフェリウスがイリエの番ではないことに、身勝手にもショックを受けていた。
(そんな上手い話がある訳ないのに…、何様なの私は)
そう思っても落胆する気持ちは浮上しない。
(成就する恋愛なんてそうそう無いのよね。こうやって時折来てくれる時だけラッキーだと思って、――――――)
そう思った時にふと先程の二人の会話を思い出す。
(娼館…は無理。……でも、…もしセフレ…なら?)
セックスフレンド。
性交する為だけの相手。
欲を発散するだけの相手。
番ではないイリエにとってフェリウスと、何かしらの繋がりをどうしても持ちたいなら。
「ご馳走様ー」
イアンとフェリウスが会計場所にいたので、はっとして急いで向かう。
「毎度ありがとうございます」
イリエは接客モードに再度切り替えてお釣りを渡す。
イアンに渡しフェリウスにも渡すが、他の女性と同じと思われたくなくて、咄嗟に触れない位置からお釣りをちゃりんと失礼のない程度に彼の手のひらに落とした。そのことに無関心に目もくれずフェリウスはさっさと外に出ていき、じゃあねーとひらひら手を振りながらイアンも出て行った。
ただの店員と客。
それ以外の何者でもない。
二人が歩き去っていく姿を見ていたイリエの頭の中には、先程閃いた考えが何故かとても良案かのようにじわりと脳内を侵食していく。
番絆にはなれなくても、お互い好意を寄せて共に寄り添い恋人になって番縁を目指す可能性もある。でも先程の彼らの会話とフェリウスの女嫌いレベルと言うほどの言動を踏まえると、イリエはその一歩を踏み出せない。
それにもし告白して断られた時、居づらくてもう食堂に来なくなってしまうことも大いにあるのだ。
(どうせ…どうせ番でないのなら。想いを伝えたとしても成就する可能性が低いのなら)
普通の恋愛ではない思考になってしまっている時点でイリエはもうフェリウスに溺れているのかもしれない。ここまで溢れる想いを消化させることは直接関わっていくことでしか無くならないような気さえする。
(番の相手が現れるまででも良い…体を重ねるだけの相手としてなら可能性はある…?束縛も何も一切せず彼が不愉快にならないように努力したら、束の間の相手として選んでもらえる?)
そう思い始めると、もうその思考は止まらなかった。
都合の良い女だろうが欲の捌け口だろうが、その間だけでもフェリウスが自分の傍に居てくれるのなら。
(どんなことになったとしても私は彼が欲しい。傍にいる権利が欲しい。それが例え一時のものでも)
恋人としてでもなく、会う理由が性交だけだとしても、イリエは満たされるのだろうか。
(だって…番、ではない、から)
頭の中で何度繰り返しても、その思考を少しでも留める自分の声はない。
(私自身は求められなくても、体だけでも求めてもらえるなら…)
友人のララに話したら真っ向から反対されるのだろうが、今のイリエには他に選択肢がないような気がした。
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